04
「く……このままじゃ、分が悪いわね! こ、この場は、一時撤退するわよっ、小鳩!」
心底悔しそうにそう言って、体を翻すセーラ。その拍子に、さっき着させられてしまった幹部のマントがフワッと揺れる。
「えー、まだ諦めないのー?」
一人でその場に残るのも嫌だと思ったのか、しぶしぶという感じでついていく小鳩。しかし、その間も自分の主を煽ることは忘れない。
「せっかく逃げるなら……『覚えてなさい!』とか、『次こそは、思い知らせてやるんだから!』とか言わなくていいのー?」
「い、言わないわよっ、そんな、アニメの悪役みたいな負け犬ゼリフなんて!」
「セーラちゃんって、結構自分のこと分かってないよねー? セーラちゃんは普通に、負け犬のかませ犬だよー?」
「う、うるさいのよアンタはーっ!」
「のじゃ⁉」
「あららー?」
騒いでいたせいで、ミコちゃんたちも二人が逃げようとするのに気づいたようだ。
「なんじゃ! せっかく姿を変えて準備を整えてやったのじゃから、大人しく妾に始末されんかっ! けしからん奴らめっ!」
そう言って、逃げるセーラと小鳩に向かって、黒いお祓い棒を振りかぶる。
そして……ちょうど鳥居――ミコちゃんの能力には関係なく、元からその神社にあるもの――をくぐって境内に進もうとしていたセーラたちに向かって、その棒を振りおろした。
「逃げるでないわっ! あやつらを逃がすことなぞ……妾は『嫌』じゃ!」
次の瞬間、『黒い鳥居』がその本物の鳥居に向かって飛んでいき、その立体の鳥居を「鳥居の絵が描かれた平面の壁」に変えてしまった。
「ぐべっ!」
鳥居をくぐろうとしてその壁に思いっきり激突したセーラが、無様な声をあげて弾き飛ばされる。
「ぷ……ダッサ」
少し遅れてついていったのでぶつかる直前に止まることが出来た小鳩は、そんなセーラに嘲笑を向ける。
「ほんとじゃー! ダサいのじゃー!」
ミコちゃんも、まるでコミカルなアニメを見ている子供のように楽しそうにキャッキャと笑う。
「も、もおうっ!」
しかし、セーラはすぐに気を取り直して、「平面の鳥居」の横を通って、境内へと向かってまた走り出した。
「むむむ⁉ まだ逃げるか、こしゃくな! それでは……狛犬どもよ、そやつらを止めるのじゃ! むざむざ逃がすなんて……妾は『嫌』じゃぞっ⁉」
そう言ってミコちゃんがまたお祓い棒を振ると、さっきと同じ『黒い鳥居』が今度は二つ同時に境内の一対の狛犬に向かって飛んでいき、その狛犬像たちを門にくぐらせた。すると、それらがみるみるうちに巨大化して、境内への道を塞いでしまった。
しかも、ちょうどその二匹の狛犬の間を走っていたセーラは、その巨大化された狛犬の間に挟まれてしまう。
「ぐ、ぐぐぐぐぅーっ! し、死ぬぅーっ!」
「ちょ、ちょっとセーラちゃん⁉」
流石に慌てた小鳩が、引っ張ってその狛犬の間から救出してくれたので、セーラはなんとか難を逃れた。そして、巨大化した狛犬たちの隙間をくぐって、また先を急いだ。
それからも……。
「参道の真ん中は、妾の通り道じゃ! おぬしらが通るのなんて、『嫌』じゃ!」
「ぎゃー! 突然落とし穴が出来たわーっ⁉ 小鳩、早くワタシを引き上げなさいっ!」
とか。
「手水舎より先には、行かせんぞ⁉ そんなの『嫌』じゃ!」
「ひぃー! 手洗い場からコーラが吹き出してきたわー! ベトベトするーっ!」
とか。
「まだまだいくぞよっ! 社殿の鐘よ! そやつらが近づいてきたらその音で耳を潰してしまえ! さもないと……妾は『嫌』じゃぞー!」
「ぎ、ぎゅわーっ! こ、今度は…………ん?」
……。
「それから、この神社の神は何をしておるか⁉ 最高神である妾に味方して、妾の敵であるそやつらの邪魔をせんと……『嫌』なのじゃー!」
「ぼ、ぼへーっ⁉ 神社の建物から、巨大なビスケットの怪獣がーっ⁉」
とかとか……。
自分の淑女能力を使って神社のそこかしこを作り変え、セーラたちの逃亡を妨害しようとするミコちゃんだったが……。
「あー、もおうっ! 単純に、ウザったいんだよ!」
さすがにやられっぱなしで苛立ってきていた小鳩が、最後に神社の本殿から出現した「怪獣の形をした巨大なビスケット」をミコちゃんたちの方に蹴り飛ばして、逆に彼女たちを一時的に足止めしたことで……セーラたちは、なんとかその場を逃げ切ることが出来たのだった。
「はあ……はあ……はあ……」
全力で走ってきて、息を切らせているセーラ。
大きく呼吸をして肩を揺らす度に、悪役幹部のマントも揺れる。片目の眼帯や、頭につけられていた何の意味があるかわからないヤギの角のアクセサリーは、邪魔になってとっくに外してしまっている。
「はーあ……」
そんなセーラの横には、呆れた表情の小鳩がいる。
二人がいる場所は、さっきの神社の御社殿の裏手側。ミコちゃんたちが巨大なビスケットの塊に押しつぶされているうちにそこに隠れたので、セーラたちがそこにいることは、きっとまだ気づかれていないだろう。だが、距離としては目と鼻の先だ。さっきのビスケットがなくなったら、すぐに見つけられてしまうことは間違いない。
「もう、諦めて降参すればー?」
小鳩が、だるそうにつぶやく。
見た目によらず少しは運動が出来るらしく、ゴスロリ衣装に厚底靴という走りにくそうな格好の割に、彼女の息は切れていない。
「逃げるのやめたってことは、セーラちゃんだって、もう敵わないって思ってるんでしょー?」
相変わらず主を煽るそんな言葉に、メイドらしさはない。セーラも、もういまさらそんなことは気にしない。
「あ、諦める……ですって……?」
乱れた息を整えながら、そう言って、静かに微笑んだ。
「だってそうでしょおー? セーラちゃんも自分で言ってたみたいに、相手のあの子の能力って、セーラちゃんの能力と相性悪いじゃーん? あれじゃあ、どれだけ頑張ってもセーラちゃんが勝つのなんて無理だし。ここはさっさと負けを認めといたほうが、これ以上、恥ずかしい思いしなくていいじゃーん?」
言葉だけなら、セーラを心配してくれているようでもあるが……実際には、ただこの戦いが面倒になっているだけ。その証拠に、小鳩はそのセリフをセーラのほうではなく手元のスマートフォンを見ながら言っているし、「ってか私、まじで超絶ダルいんだけど」なんてつぶやきも付け足している。
しかし、今のセーラは、それもやっぱり気にしていない。
「バカを言うんじゃないわよ、小鳩」
「ええー?」
「やっと……ようやく……このワタシの見せ場がやってきたっていうのに……。この戦いに勝ち目が見えてきたっていうのに……降参なんか、するわけないでしょっ!」
「……うわ」
うんざりするような表情の小鳩を無視して、息を整えていつもどおりになったらしいセーラが、大声で言った。
「さっき、あの子が連続して能力を使って私たちの妨害をしていたとき……一度だけ、その能力が発動しなかったときがあったわ! あれはつまり、あの子の能力はいつでも好きなときに使えるわけではないということ……あの能力には、何か使うための『制限』があるってことよ! ってことは、その『制限』を突き止めて能力を封じてしまえば、あんなのただのクソガキで、何も怖くない! ワタシたちは、この戦いに勝てるってことじゃないの⁉ ふっふっふっ、見てなさい! ここからがワタシたちの反撃の開始よ! あの忌々しいマリーを見返すためにも、ワタシたちがあんな相手、簡単に捻り潰してあげるんだからねっ! オーホッホッホーッ! オーホッホ……げほっ、ぐほっ!」
やはりまだ息がきれていたらしく、最後はむせてしまった。
しかし、そんなふうにやる気満々の彼女を見て、パートナーである小鳩もさすがに情熱を取り戻した……なんてことはなく。
「わー、すごーい。さっすがー。しらなかったー。そーなんだー。へー」
全然感情のこもっていない声でそんな言葉を言ってから、
「でも、『ワタシたち』じゃなくて、やるならセーラちゃんだけでやってねー? 私、そんなメンドくさそうなのパスだからー」
と、またスマートフォンをいじりはじめてしまうのだった。




