02
二組の淑女とメイドたちがいたのは、小鳩や瑠衣たちが通う学校からは少し離れた場所にある、郊外の小さな神社だ。
樹齢百年以上はある立派な枝垂れ桜がある以外は、特に有名な見どころがあるというわけでもない。神主も常駐しておらず、近所の住人も、何かの行事でもなければめったに訪れることはない。
「わーいわーい、チョコレートおいしーのじゃー」
「もおう、ミコちゃんったらー。お口をこんなに汚しちゃってー」
そんな、本来は静かで厳かであろう場所で、ピクニックでもしているかのように楽しげにお菓子を頬張るミコちゃんと、その世話をする陽守。
「ってかさー……」
小鳩が呆れた様子で話しかけた。
「ヒモちゃん先生がこの戦いに参加してたのって、ちょっと意外だったんだけどー? えー? いつもおっとりしてて『争いごとは嫌いなのー』って感じなのに、実は何気に優勝とか目指しちゃってる感じー?」
「あらー?」
比較的年齢が近いこともあって、日頃から生徒と友達感覚で接しているのだろう。「ヒモちゃん」呼びの馴れ馴れしい態度の小鳩のことを特に気にした様子はなく、陽守は応える。
「そんなことないわよー? むしろあたし、先生としてみんなが危ないことしないようにと思って参加したのー。当然でしょー? 大事な生徒が危険な目に合わないように守るのが、先生の仕事だものー。監督責任よー」
「ふーん。でもそんなこと言って、本当のところは、どうだか……」
「あらー? 小鳩ちゃんったら、怖い顔ー」
だがやはり、若いとは言ってもそこは大人だ。余裕がある。小鳩の本性の性悪さも知っているらしいが、それでも陽守は落ち着いた態度を崩さない。
「……ふん」
そんな彼女を相手にするのはやはり調子が狂うようで、小鳩もそれっきり対戦相手に興味をなくして、ぷいっと顔をそむけてスマホをいじり始めてしまうのだった。
「って……『興味をなくして』、『ぷいっと顔をそむけてスマホをいじ』ったりしてるんじゃないわよーっ! 他人事じゃないんだからね⁉ もっとやる気出しなさいよーっ!」
もちろん……相変わらずメイドの自覚が微塵もない小鳩には、主のセーラは金切り声をあげてわめき散らしていたのだが。
「ん? おい、そこのおぬし! もう、さっきのお菓子が終わってしまったみたいじゃぞ⁉ もう一度何か作って、妾に献上するがよい! 妾がぜーんぶお菓子に変えて、美味しく食べてやるからのー」
「は、はあぁぁーっ⁉」
そこで、ミコちゃんがまた『わがままお嬢様』っぷりを発揮し始めた。さっきセーラが自分の能力でぶつけてきた苦い野菜の塊――をお菓子に変えてしまったもの――を、すっかり食べきってしまったらしい彼女は、今は陽守に口元をハンカチでぬぐってもらいながら、ただでさえ高ぶっているセーラの感情を逆なでするようなことを言う。
「ほれほれ、早くせんかー! おぬしなぞ、妾にお菓子を献上するくらいしか取り柄がないのじゃから、チンタラするでないわ! あ、あと、今度はお菓子と一緒に甘ーいジュースも飲みたいのじゃー」
どれだけセーラが『自分の嫌いなもの』を出そうとも、それらをすべて『好きなもの』に変換できるミコちゃんは、もはやセーラのことを「お菓子製造機」くらいにしか思っていない。完全にナメてかかっている。
「こ、こんの、クソガキがぁ……」
顔に浮き出た血管が破裂寸前のセーラは、そんな彼女の態度に我慢の限界のようだった。
「子供だから、ちょっとは手加減してあげようと思ってたのに……もう、知らないからね! このワタシを怒らせたことを、後悔するがいいわっ!」
「ちょっとー……またソレやんのー?」
彼女のやろうとしていることを察した小鳩が、うんざりした表情でそう言って、後ろを向いて「ソレ」を見ないようにする。と、ほとんど同時に、
「受けてみなさい! これが本気の……『敵者生存』よ!」
そんなふうに、これまでのように自分の能力名を叫んで、セーラは両手をミコちゃんの方に向ける。すると、今度は空中に無数のガラスの破片が現れ、余裕ぶっているミコちゃんの方へと飛んでいった。
それは、『その場にいる誰かの嫌いなものを作り出す』というセーラの淑女能力で「パートナーの小鳩が嫌いなガラスの破片」を作り出す攻撃。『悪役お嬢様』の奥の手、いわば超必殺技だ。
ガラスが苦手な小鳩が動けなくなってしまうというデメリットはあるが、その攻撃力に関しては間違いない。相手がどんな能力を持っていたとしても、ガラスの破片を突き刺されて無事でいられるはずがない。だから、本当なら一度発動してしまえば状況を一変してしまえるくらいに強力で、凶悪な技なのだ。
それに何より……今回の相手に対して言うならば、「ガラスを嫌いなのは小鳩」だという部分がなによりも有効であると思えた。
「オーホッホッホー! 避けられるものなら、避けてみなさい! そんなこと、出来ないでしょうっ⁉ だってアンタの能力は、『自分の嫌いなものを好きなものに変える』こと……『小鳩の嫌いなもの』は、アンタの能力じゃ変えることなんてできないはずなんだからっ! ワタシは自分の能力を使うとき、その場にいる人間の嫌いなものが分かるの。当然、アンタが嫌いなものも全部分かるってことで……それってつまり、アンタが別にガラスを嫌いじゃないってことも、分かってるってことなんだからね⁉ このワタシにナメた態度をとった報いよっ! そのガラスで、八つ裂きに……」
「のじゃー?」
しかし、ミコちゃんは動じない。
自分に向かって無数の鋭利なガラスの破片が飛んでくるというのに、少しも焦っている様子がない。
それどころか……。
「おぬし……もしかして、バカなのかのー?」
「なっ、なんですってっ⁉」
ミコちゃんは、飛んでくるガラスたちがもうすでにキャンディにでも見えているかのようにヨダレを垂らしながら、言う。
「確かに、妾は別にガラスのことは嫌いではない。むしろ、そういうキラキラしてるものは、結構好きじゃー。でもなー……だからといって、『ガラスが体に刺さること』まで、好きじゃと思うかー? 『自分が痛い思いをすること』を好きなやつが、この現世におるわけないじゃろー? むしろ妾は、ガラスが刺さったり怪我したりして『血が流れてるのを見ること』が……すんごくすんごく、『嫌』なのじゃー!」
そう叫ぶと、またしても彼女の前に『黒い鳥居』が現れる。
そして、セーラが飛ばしたガラスの破片たちがその『鳥居』をくぐると……それらは一瞬にして、さっきの野菜のように、キャンディやジュースに変わってしまったのだった。
「そ、そんな、バカな……」
「あらあらー?」
自分の全力の攻撃が無効化され、目を見開いて愕然としているセーラ。彼女を憐れむような表情で、巫女メイドの陽守が説明してくれた。
「あのねー? 実は、ミコちゃんの能力の『嫌いなもの』ってー……物理的な物以外にも、『血が流れるような状況』とかー、『痛い思いをしそうな雰囲気』とかー、そういうフワっとしたイメージ的なものでも、大丈夫みたいなのねー? ミコちゃんが、ちょっとでも『嫌い』でさえあれば能力の対象にできちゃうんだから、ほーんと、『わがままお嬢様』よねー? えーっとー、セーラちゃん……だったかしらー? あなたの能力も、そういうことじゃないの? あら、もしかしてー、あなたの能力はもっと条件が厳しいのかしらー? だとしたら、ごめんなさいねー? 先生、最初にちゃんと言っておいてあげるべきだったわねー?」
「ア、アイツがちょっとでも『嫌い』なら、それを、好きなものに変換出来るですって⁉ な、何よ、それ! そ、それじゃ、ワタシの能力でどんな攻撃をしても……その気になればアイツには、全部無効化できちゃうってことじゃないのよっ⁉」
さっきまでのように強気な態度で、いまいましげに相手のミコちゃんを睨みつけているが……。あまりにも自分の予想を裏切られる事態が起きすぎて、口の端をヒクヒクと動かし、体を震わせているセーラ。今の彼女はもはや、負け犬そのものと言った感じだ。
そんな、ある意味悲壮感すら感じる彼女に対して、更に追い打ちをかけるのは……やはりパートナーの小鳩だ。
「おー? やったじゃん、セーラちゃーん」
彼女は、言葉の内容とは裏腹の、感情のこもってない口調で言う。
「あの子の能力、完全にセーラちゃんより格上って感じだねー? これで、この勝負に負けても、誰にも文句言われないよー?」
「く……ぐぬぅぅ……!」
そんな小鳩の煽り言葉にも、セーラは何も言い返すことができないのだった。




