07
そこでユーリアはおもむろに懐から、手に収まる程度の小さな白いボールを取り出した。
「さっきもちょっと言ったけどよ。『物が白い』っつーのは、『すべての光を乱反射させる』っつー意味なんだよ。だから、さっきみてーに人間の眼球を白くすると、外からの光が乱反射されて目の中まで届かなくなって、何も見えなくなっちまうわけだ。……じゃあ逆に、光をその『白』の中に閉じ込めることが出来たら、どうなると思う?」
そのボールは、明らかにユーリアの能力で白くされたものだろう。完全に真っ白で、中がどうなっているのかは分からない。ただ、ユーリアの持ち方を見る限り、それほど重いものではなさそうだ。
「あ、あれって……」
瑠衣は、そのサイズ感や、表面にある微妙な出っ張りの形に見覚えがあったので、そのボールの正体に気づいた。
「ああ。こいつは、どこにでもあるガチャガチャのカプセルだよ。もともとは安っぽい半透明のプラスチックだけど、今は俺の力で白に変えてる。ま、『俺らの目的』に使えりゃ何でも良かったんだけどよ。ガチャがあるとこに行けばタダでいくらでも手に入るから、ちょうど良かったんだ」
ユーリアは、その白いカプセルを軽く振る。すると、中で何か小さなものが当たるようなカチャカチャという音が聞こえてきた。
「俺の能力は『ものを完全に真っ白に』して、『すべての光を乱反射』させる性質を与える。っつーことは、こうやって白くなった物の中に光を閉じ込めることができれば、その光はどこにも逃げることが出来ずに、その白い物の中にとどまるっつーわけだ。……実はこのカプセルの中には今、ヒャッキンで買ったLED光源が入ってる。そのLEDから出てきた光は、白くされたカプセルの外に出ることも出来ず、ケースに吸収されることもなく、このケースの中で永遠に乱反射し続けてるわけだ。しかも、その間も光源から光はどんどん供給され続けるから、このカプセルの中の光エネルギーもどんどん高まっていく、っつーことなんだけどよぉ……」
「エ、エネルギーが高まるって……ま、まさか、ば、爆発するとか……」
ブルブルッと体を震わせる瑠衣に、ユーリアは笑って首を振る。
「へへっ、そんなビビんなくても大丈夫だぜ? 残念ながら、実際には光の波長同士でぶつかり合って減衰し合ったりもするらしぃから、そこまでやべーことにはなんねぇみてーだからな。……ただ、それでも普通には考えらんねぇほどの強力な光のエネルギーが、このカプセルの中に出来上がることは確かだぜ? んで。もしも俺がそんなふうにエネルギーを蓄えたカプセルの、針で開けた穴みてーな、ほんの小さな一点だけを能力を解除して透明なプラスチックに戻したとしたら……? その一点の穴から、とんでもねぇ光のエネルギーが一気に外に飛び出してくることになるわけなんだけどよぉ……すると、どうなるかっつーと……」
「っ⁉」
そこでユーリアは、ニヤリと微笑む。彼女がやろうとしていることに気づいたマリーが叫ぶ。
「いけないわ、瑠衣! 目をつぶりなさい!」
「……みんな大好き、レーザー砲になるっつーわけだぜっ!」
その瞬間、ユーリアの持っていた白いカプセルから、閉じ込められていた光が飛び出してきた。
その光はまっすぐに瑠衣の顔面……目の位置に向かって行く。もちろん、その速度は光速だ。気づいてから反応しても、避けられるはずもない。
「うっ!」
カメラのフラッシュを間近で受けたように、瑠衣の視界が一瞬真っ白になる。しかし実際のそれと違うのは、いつまでたってもその視界は治らず、むしろ何も見えない真っ黒になってしまったことだ。
幸いだったのは、その光をもろに受けてしまったのは瑠衣の右目だけで、左目はまだうっすらと見える程度には症状は軽かったことだろう。さっきマリーが声をかけてくれた瞬間に顔を動かしていたので、直撃をまぬがれたのかもしれない。
だが、ユーリアにとってはそのことも想定内だったようだ。
「レーザーポインターの取説とかに書いてある、『レーザー光を直接肉眼で見ないでください』ってやつだな。……まあ、っつっても適当に作ったレーザーだから失明するほどじゃねぇ。二、三分もほっときゃ、また見えるようになると思うぜ? ただそんな状況じゃあ、まともに戦うことなんて出来ねぇけどな。二、三分もありゃあ、何も見えねぇお前らから俺らがこっそり指輪を奪うのには、充分だしな」
その言葉の通り、ゆっくりとだが瑠衣の右目も色や輪郭を取り戻していくようだ。だが、ちゃんと見えるようになるにはまだもう少し時間がかかるだろう。かなりの不利な状況には変わりない。
しかも……。
「ち……また、油断したわ」
ぼやけた左目を凝らして見てみると、瑠衣の隣でも、マリーがそんなことを言って自分の目元をおさえてうずくまっていた。
「さっき言ったろ? ガチャのカプセルのいいところは、タダでいくらでも手に入るとこだって。なぁ、ステラ?」
「……うん……」
地下鉄駅地上階のコンビニエンスストアの前には、敵メイドのステラがいる。そこにはガチャガチャの筐体が何体か並んでいて、その近くにあった空カプセルを回収するための箱の中には、真っ白になったカプセルが何個もあった。
「……戦いが始まる前に……この中に隠しておいた、の……。……そうすれば……戦いが始まったあとも、持ち越せるから……」
彼女たちは、事前に空カプセルにLEDを入れてユーリアの能力で真っ白に変えたものを、このフロアに隠しておいた。そしてさっきユーリアが話していたときに、メイドのステラが気づかれないようにそれを周囲にばらまいていた。
それらから同時に発射された簡易レーザー砲によって、マリーは両目の視力を奪われてしまったのだった。
「この技……『白い手のイゾルデ―派生技・SHINING LINE☆』のいいところは、さっきの『見にくいアヒルの子』とは違って、直接相手に触らなくても視力を奪うことが出来るっつーとこだよな。しかも光の速さで攻撃出来るわけだから、相手がこの攻撃を避けんのは無理だ。つまり、技を発動する条件さえ揃っちまえば、あとはほぼ確実に、対戦相手の二人の視力を同時に奪えるってことなんだよ。……あっあー、ズリぃとか言うなよ? 俺だって、さっきみてーに狙った方向にレーザーの光が飛ばせるようになるまで、今日までかなり練習してきたんだからな?」
ステラがまた、瑠衣たちの周囲に白いカプセルを転がす。
ぼやけた視界で確認できただけでも、その数は十個以上。その全てが、最後に残った瑠衣の左目を狙っているレーザー砲台だ。死角はない。そのうちの何個かだけならば、オーラをまとった瑠衣の右手で簡単に破壊することが出来るだろう。だが、それでも残ったものが放った光は瑠衣の左目に直撃することになる。そうなれば、マリーと瑠衣、二人の視界は完全に奪われて、彼女たちの指輪を奪われてしまうのは避けられない。
万事休す。
そんな言葉が、瑠衣の頭の中に浮かんでくる。
「悪ぃけど、このフロアに来た時点で、お前らの負けは決まっちまってたんだよ。……っつーか、お前らがこのフロアに逃げてくることさえも予想して、戦いの前からカプセルのレーザー砲を準備しておいたステラの頭脳に勝てるわけがなかった、っつうことだな」
「……違う、よ……ユーリアちゃんの能力が、すごいから……だよ……」
「ま。俺らの『絆の力』がすげぇから、ってことにしとくか」
そう言って、ステラに笑いかけるユーリア。ステラもそれに、はにかみ混じりの笑顔を返す。その様子は、ユーリアが自分で言っていたように、二人の間に確かに強い『絆』があることを伺わせた。
しかし……それでも瑠衣は、諦めなかった。
(確かに二人には、強い『絆』があると思う……。その力は、この淑女とメイドのタッグマッチにおいて、すごい武器だと思う……でも……)
瑠衣は頭の中で、強く宣言する。
(でも、私たちだって……私とマリー様にだって……『絆』があるんだ! 今までの時間で積み重ねてきた、大事な『絆』があるんだ!)
瑠衣は、この戦いには絶対に負けたくなかった。強い絆で結ばれたユーリアとステラに、どうしても勝ちたかった。この戦いに勝って、自分たちにも彼女たちの『絆』に負けない強い『絆』があるということを、証明したかった。
だから、彼女はさっきマリーの作戦を拒絶したのだ。
強い『絆』の力で結ばれたユーリアとステラを攻略するには、ステラを先に倒してしまえばいい。その作戦は当然で、否定の余地がない、ある意味では定石とも言える考えだろう。
しかし、瑠衣にとってはそれは同時に、ユーリアたちの『絆』の力を認めてしまうこと……自分たちの『絆』ではユーリアたちの『絆』には勝てないと、認めてしまうことと同じと思えた。だから彼女は、その作戦を実行することが出来なかった。
逆に、自分たちの『絆』がユーリアたちの『絆』よりも優れていることを証明するために、最後まで二対二のままで戦いたいと思ったのだった。
「じゃあ、そろそろ行くぜっ……くらいやがれっ!」
ユーリアが、周囲に散らばった無数の真っ白なカプセルたちそれぞれの、ほんの小さな一部分の『白』を解除する。それに伴って、カプセルに閉じ込められていたLEDの光が一斉に放出される。その方向は事前の計算と入念な練習によって、正確に瑠衣の左目めがけて飛び出していく。
もう、勝負は決まってしまったかのように思えた。
しかし……、
「う⁉ ぐぁっ!」
次の瞬間、両目を押さえてうめき声を上げたのは、瑠衣ではなくユーリアだった。
「…………」
瑠衣は、顔を隠すように覆っていた両手の指の間から、無傷の左目でそんなユーリアの姿を確認している。
「そ、そんな、バカな……」
目を押さえながら瑠衣から逃げようとするユーリア。しかし、自分たちが仕掛けたカプセルの光に両目を潰されていたので、それはうまくいかない。周囲の障害物や、その場に散らばるカプセルに足をとられて、床に倒れてしまう。そんな彼女を瑠衣が、ゆっくりと追い詰める。
「ユーリアちゃんたちと同じように……私たちにだって、『絆』がある。だから私、準備することが出来たんだよ……」
そう言った瑠衣の左手――さっきまで、彼女の左目を覆っていた手――には、キラキラと輝く鏡の破片が握られていた。
「さっき、私が真っ白に変えられてエレベーターにのせられちゃったとき。下の階で一人になっちゃったマリー様がピンチだ、って思って……すごい焦ったんだ。それで、なんとかマリー様を助けなくちゃ、って思って色々考えて……そのときに思い出したんだ。『ものを白くする』っていうユーリアちゃんの能力のことを、マリー様が『光の物理的特性を操る』って言ってたことを。だから……それが『光』に関係する能力なら、もしかしたら役に立つかもしれないと思って……。それで私、下の階に戻る前に、トイレに寄って洗面台の鏡を割ったものを隠し持ってきたんだ」
さっきの攻撃で、周囲のすべてのカプセルは瑠衣の左目を狙ってきていた。つまりそれは逆に言えば、左目の前に鏡をかざせば、そのカプセルから発射された光を残らずすべて反射させることが出来るということだ。
その反射した光がユーリアの目に当たったのは、瑠衣にとっても計算外の幸運だった。しかし、それでも瑠衣のそんな読みが、ユーリアたちの一歩先を行っていたことは確かだ。瑠衣は、強い絆で結ばれたユーリアたちの作戦に、打ち勝ったのだ。そして、戦いが苦手でなにかにつけて不器用な瑠衣がそんな読みをすることが出来たのは、彼女がマリーの話をしっかりと聞いて、それを覚えていたから。
彼女とマリーの間にも、確かに強い絆があったからに他ならなかった。
拳を振りかぶる瑠衣。
「これが、私とマリー様の力……ユーリアちゃんたちにも負けない、『絆』の力だよっ!」
そして瑠衣は、未だに視力を失って無防備なユーリアに向かって、オーラをまとった拳を振り下ろした。




