05
「な、なんだとっ⁉」
突然おかしなことを言い出したマリーに驚いて、ただでさえ『清純お嬢様』に不釣り合いだった表情を更に乱すユーリア。
しかし、マリーのほうは止まらない。
「まあ、貴女たちもよくやったほうだとは思うわよ? この私をここまで追い詰めるなんて、ザコの割には頑張ったわね。褒めてあげるわ」
「うるせーよっ! なんでこの状況で、そこまで上からものが言えんだよ⁉」
「……お、落ち着いて、ユーリアちゃん……」
「で、でもよ、ステラ⁉」
「ただ、やっぱり戦いを挑む相手が悪かったわね? 自分の能力が最弱だと分かっていたのなら、それに見合ったザコを相手にして、我慢していれば良かったのに。自分の力量をわきまえず、こともあろうに、真の最強である私に勝負を仕掛けてくるなんて、愚かな思い上がりだわ。見ていて、かわいそうになってしまったわね」
「ほらっ! こいつ、こんなこと言ってるんだぜ⁉ もう勝ち目がねーからって、俺たちのことをバカにするようなこと……」
「……ちがう……何か、変……」
「よかったら、今からでも貴女たちにお似合いのザコを紹介しましょうか? 私たちが最初に戦った、あの……なんて言ったかしらね? 興味なかったから名前を忘れてしまったけれど。彼女たちなんて、ちょうどいいと思うわよ? ふふ……暇つぶしに最適、という意味でね」
白い壁際に追い詰められながら、つらつらと、『傲慢お嬢様』全開のセリフを続けるマリー。その様子は、まったくもっていつもどおりの彼女だ。
しかし敵メイドの幸島ステラは、こんな状況でもそんなふうに『いつもどおり』でいられる彼女に、何か違和感を感じ始めていた。
「……マリーちゃん……急に、饒舌になった……? ……時間稼ぎ……? ……何かを、待ってる……?」
ぼそぼそとつぶやきながら周囲を見回すステラに、感心するように片眉を上げて微笑むマリー。
「あら? そっちのメイドはウチのと違って、なかなか頭が切れるみたいね?」
そうつぶやいた彼女は、また、ステラに指摘された不自然な饒舌さに更に拍車をかけた。
「そもそも、今回の戦いの舞台としてこの地下鉄駅を選んだのも、きっとそこのメイドのアイデアでしょう? ザコで無力な人間の割には、よく考えられていたと思うわ。だって地下なら、私の淑女能力で強化された瑠衣でも、そう簡単に壁や床を破壊することが出来ないものね? 貴女たちが、今まで私たちがどうやって戦ってきたのかを直接見ることは出来なかったはずだけど……でも、もしかしたら私たちが倒した他の淑女やメイドたちから、話を聞いてきたのかしら? そうやって貴女たちは私の淑女能力の概要を事前に理解して、メイドの瑠衣がこれまでに何度か、壁や床を攻撃して建物を破壊することで勝ってきたことも知った。だから、今日みたいに壁や床を破壊しづらい地下の建物に私たちがやってきた瞬間を狙って、勝負を仕掛けてきたのでしょう。用意周到で、悪くない作戦だったわ」
マリーの話は、当たっていた。
ステラとユーリアは、自分たちの能力が他の淑女よりも劣るということを認め、それでも互角以上に戦えるようにと、無数の『派生技』と作戦を考えてきた。この地下鉄駅でマリーたちを待ちかまえていたのも、その作戦の一環だったのだ。
だが、今の彼女たちはそれをマリーに指摘されたことなんて、どうでもよかった。それよりも、彼女の様子のおかしさのほうが気になっていたから。
「……何を、待ってる……の……?」
「ス、ステラ……何言ってんだよ? この状況で、あいつが待ってるもんなんて何もあるわけねーっていうか……。いや、あるとしたらあいつに決まってんだけど……」
ユーリアたちは、何度も後ろを振り返る。エレベーターや、上階へとつながる上り階段を見る。しかしそこには、何もさっきと変わったところはない。
「でも、でも、だぜ? そんなことが、あるわけが……」
「ふふふ」
マリーはそんな彼女たちの様子にまた微笑む
「そんな抜け目のない貴女たちにとって、唯一の誤算だったのは……自分たちが選んだ戦いの舞台が、よりにもよって、この駅だったということね」
「ああん⁉」
そして、それまでの自分の発言の答え合わせをするように、言った。
「この駅は、貴女が言ったようにただの『ボロくせー駅』……少なくとも、私や貴女たちにとっては、それが真実でしょう。でもね。たった一人あの子にとっては、ここはただの『ボロくせー駅』なんかじゃなかったのよ。電車から見る風景が好きな彼女にとってこの駅は……その、『好き』が始まる特別な場所。今まで何度も利用して、そのたびに幸せを感じていたはずの場所。彼女にとって、とても思い入れがある場所。だから、視力をなくしていたとしても、問題なかったのよ」
「……あ……」
そこで、ステラが何かに気づいて声をあげる。しかし、すでに遅かったようだ。
その直後、「チン」という機械音とともに、マリーが背にしていた白い壁がゆっくりと、扉のように左右に開いた。
いや。ユーリアの能力で真っ白にされていたせいで分かりにくくなっていただけで、その壁は実際に、扉だったのだ。地上階へと通じる動く小部屋への扉……すなわち、
「う、嘘だろ⁉ そこもエレベーターだったのかよっ⁉」
完全に開いたエレベーターの扉の奥には、瑠衣がいた。
さっき眼球を白くされ、エレベーターで無理やり隔離させられてしまった瑠衣。視界を失った彼女は、地上階でずっと途方にくれていたわけではなかった。
何も見えない状態だったが、彼女は記憶と手探りだけを頼りに地上階フロアを移動した。そして、ちょうど地下階でマリーがいたあたりの真上の位置にあったもう一つのエレベーターまでやってくると、そのボタンを操作して地下に戻ってきたのだった。
一方、地下階で壁を背にして追い詰められていたマリーは、壁の中から駆動音が聞こえたことで、自分のすぐ近くにエレベーターがあること、そして、今それが動いていることに気づいた。もちろん、この状況でそれが動く理由なんて瑠衣以外にはありえない。だから、彼女が地下階まで到着するまで時間をかせぎ、エレベーターの駆動音をユーリアたちに気づかれないようにするために、わざと饒舌に話をしていたのだった。
「瑠衣! そのまま五メートル前進して、拳を振り回しなさい!」
「え? あ、は、はい!」
深く考えてエレベーターを使ったわけではないため、突然マリーに命令されて驚く瑠衣。しかし、何も考えていなかっただけに、その命令に素早く従った。
「うわぁーっ!」
真っ白な体で、紫色のオーラをまとった右手を振りかぶって、エレベーターから飛び出してくる。そして、ちょうどユーリアたちがいるあたりで、マリーに言われたように腕を振り回した。
「うおおいっ⁉」
「……あ、危な……!」
視界を失った瑠衣の大ぶりの攻撃だったが、能力で強化されていて一撃でも当たれば致命的な攻撃力を無視することは出来ない。態勢を崩しながら、二人はそれを避ける。しかし、
「瑠衣! 次は、右側に拳を振り下ろしなさい!」
「はい!」
「……ちょ、……」
「お、おい⁉」
「そこから右斜め前に中段、更に一歩踏み込んで下段……次は正面から左に向かって大きく振りかぶるように!」
「……ま、待って……」
まるで、夏の浜辺でスイカ割りでもしているかのように。
マリーが随時指示を送ることで、目が見えなくなっている瑠衣でも的確な位置に攻撃を繰り出して、ユーリアとステラを追い詰めることが出来ていた。
「そのまま、正面に向かって正拳突きよ!」
「お、おりゃーっ!」
「……ひ、ひぃ……!」
ステラの顔のすぐ横を、オーラをまとった瑠衣のパンチがかすめる。
慌てて駆け寄り、ステラをかばうように前に立つユーリア。
「バ、バカ! やめろ!」
何も見えない分、瑠衣の攻撃には躊躇がない。
もしも、さっきの攻撃がステラの顔面にヒットしていたら、とても無事ではいられない……というより、顔がぐちゃぐちゃになるくらいの衝撃を受けて、壁に向かって吹き飛ばされていたことだろう。
たとえ、戦闘が終わればその間に受けたダメージは帳消しにされるとはいえ、そのときの苦痛は耐え難いもののはずだ。自分のメイドがそんな目にあうことが許せないユーリアは、瑠衣を鋭くにらみつけている。
「え? っと?」
しかし視界を失って、ただマリーに指示されるままに体を動かしているだけの瑠衣には、そんなことは何も関係ない。ユーリアの深刻な叫び声の理由もわからず、キョトンとしているだけだった。
「ふふふ。これが、私たちの絆の力、ってことかしらね」
「え? え? え? マリー様、今これ、どういう状況です?」
「て、てっめーらぁ……」
「この状況なら、瑠衣が何も見えないことは、それほど問題にはならなそうね? むしろ迷いとか手加減がない分、当たればとんでもないことになりそうだけど?」
ユーリアを煽るように言うマリー。
「どうする? このまま続ける? それとも……?」
「……くっそっ!」
次の瞬間、真っ白になっていた瑠衣がもとの状態に戻った。
「わわっ! やった、もとに戻れたっ!」
視界を取り戻して、自分を見ているユーリアの様子に気づく瑠衣。状況がわからなかったので、マリーのそばに戻る。
「え? え? あ、あの……ユーリアちゃんがめちゃくちゃ睨んでる気がするんですけど……? 何があったんです?」
「ふふふ」
マリーは詳細を説明せず、ただ『傲慢』に微笑んでいるだけだ。
そして。
「あんま、余裕ぶっこいてんじゃねーぞ? こんなもん、ただ状況が元に戻っただけなんだからな?」
「あら、そうかしら?」
「……」
「マ、マリー様……」
マリーと瑠衣、ユーリアとステラ。二組の淑女とメイドは、お互いをけん制しあいながら相対する形になった……のだが。
「瑠衣、一旦引くわよ!」
「え? あ……はい!」
気付かれないように、壁のボタンを押していたらしい。また、マリーの近くのエレベーターの扉が開く。
マリーが素早くその中に入り、瑠衣もそれに続いた。
「あ、待てコラ! てめーらっ!」
ユーリアがそれを追おうとするが、瑠衣がちらつかせる右手を警戒するうちに、エレベーターの扉は閉まってしまった。
「くっそ!」
マリーたちに逃げられてしまった形のユーリアが、悔しそうに床を蹴る。それに対して、メイドのステラはまだ落ち着いていた。
「……やっぱり……マリーちゃんと瑠衣ちゃんは……強いね……。……これまでずっと、勝ってきただけある……ね……」
「そ、そんなこと言うなよ! 俺は、まだやれるって! あんなやつらに、負けたりなんかしねーから……」
「……分かって、る……」
ステラはユーリアと向かい合い、彼女の両手を握る。
「……戦いが始まる前に、地上階の準備はもう済ませてる……でしょ……? ……次の作戦こそは、うまくいくよ……。……そしたら、私たちの勝ちだよ……」
そしてステラは、ユーリアに対して可愛らしい微笑みを向けた。
「ス、ステラ……」
シルクのように真っ白な頬を、赤く染めるユーリア。
しばらく戸惑っていたが、やがて、勇気を振り絞って目の前のメイドを抱きしめた。
「ああ、そうだな。俺たち二人が揃えば、最強だ。どんな相手にだって、負けるわけねーよな」




