04
「と、とぉりゃーっ!」
「うぉっ!」
「……う、うわ……」
「うおぉーっ!」
「く、くそっ……」
「……あ、ユーリアちゃん……危な……」
白いシルエットとなっているユーリアとステラを、右手のパンチで攻撃し続ける瑠衣。運動が苦手で格闘技の経験もない瑠衣だったが、ユーリアたちは回避一辺倒となってしまっている。
それは、瑠衣のパンチが『極上の使用人』の能力で強化された一撃必殺の攻撃で、一度でも当たればその瞬間に負けが確定してしまうということ。そして、淑女のユーリアは動きづらそうなドレス姿、幸島ステラは慣れないメイド服姿で、攻撃を避けることに集中するしかないということが主な原因のようだ。
誰の目にも瑠衣のほうが優勢で、この調子であればそのうちユーリアたちを追い詰めて、勝負を決めてしまうことさえ出来そうだ。
そして、そのタイミングはすぐにやってきた。
「おめー、意外とやるな……」
白くなった人影の一つを、真っ白な壁際まで追い詰めた瑠衣。相変わらず壁と一体化して薄っすらとした輪郭しかわからないが、その声から、『清純お嬢様』のユーリアであることは間違いない。
何度も攻撃を繰り返したせいで、瑠衣は息が上がってしまっている。しかし、あともう一撃を繰り出すくらいならば、問題ないだろう。
「はあ……はあ……。もう、逃げられないね……」
拳を振りかぶる。
「降参してくれるなら、私も、これ以上攻撃しなくても済むんだけど……」
「あ? ナメたこと言ってんじゃねーよ」
「そ、っか……じゃあ、仕方ないね……」
瑠衣は、実は今まで自分の拳で直接誰かを殴ったことはない。しかし、だからといって、その覚悟がないわけではなかった。勝負に勝つにはそれは避けては通れないし、どんな怪我や傷も、この戦いが終われば治ることは分かっている。だから、遠慮せずに一撃で決めるつもりだった。
「あーあ、やっぱ能力だけで言ったら、分が悪ーよなー……」
そこでユーリアが、ぐちをこぼすようにつぶやき始めた。
「俺の能力は、『触ったものを白くする』こと……本当に、それだけなんだ。まあ正直なところ、おめーらが言うようにたいした能力じゃねーよ。一応、白くしたものをもとに戻すのとかはいつでも好きなときに出来んだけどよ。それにしたって、まともに戦って勝てるような能力じゃねー。もしかしたら、この戦いに参加してるやつの中でも、最弱の能力なんじゃねーか?」
「え……っと……?」
突然彼女が何を話し始めたのかわからず、キョトンとしている瑠衣。
「でもな……」
そこからユーリアの口調が、だんだん自信に満ちたものになっていく。
「そんな最弱の能力でも……俺のツレのステラは、諦めたりしなかったんだよ。主従の『契約』をしたあとで、自分の能力がこんなショボいもんだって分かって絶望してた俺に……ステラは、さっきみてーな『派生技』をいくつも考えてくれた。そんで、『この能力だって充分に戦える』、『ユーリアちゃんは全然弱くなんかない』って言って、俺を励ましてくれた。俺は自分で自分自身を諦めちまってたってのに……ステラはそんな俺を信じてくれたんだ。こんな俺でも一番の淑女になれるって……ステラにふさわしい女になれるって、思わせてくれた。俺に、希望を与えてくれたんだ。そんなステラのためにも、俺は、負けるわけにはいかねー。……いいや、負けるはずがねーんだよ」
ゆっくりと、握手でもするように、瑠衣に向かって白い右手を伸ばしてくるユーリア。その行動の意味がわからず、瑠衣もマリーも反応が遅れる。
ユーリアは、またさっきのような邪悪な笑顔を浮かべて言った。
「知ってるか? 『ものの表面を白くする』っつーのは……『すべての光を乱反射させる性質を与える』ってことなんだってよ? つーことは、今の俺やステラみてーに人間を白くするっつーのは、そいつの全身が白くなって、体のすべての部分が光を反射するようになるっつーことなんだ。その人間の爪の先から髪の毛一本一本はもちろん……眼球さえもな。俺やステラを白くしたときは、実はその直後に眼球だけは能力を解除して、もとに戻してるんだよ。けど、敵相手にまでそうしてやる道理はねーよな?」
ユーリアの右手が、油断している瑠衣の体に触れる。それと同時に、ようやく彼女の狙いに気づいたマリーが叫ぶ。
「し、しまっ……瑠衣! 今すぐその子から離れなさい!」
しかし、すでにユーリアは、その右手で自分の淑女能力を使っていた。
『清純お嬢様』の『触ったものを白くする』能力で瑠衣の全身を……眼球を含めて、完全に真っ白に変えてしまっていた。
「眼球が白くなって光を反射しちまうってことは、周囲の光がそいつの網膜まで届くことはない……つまり、おめーの目はもう役立たずのピンポン玉ってことだよ!」
「……え? あ、あれ? あれれ? ……み、見えない。目を開けてるのに、何も、見えない?」
「これも、俺とステラで考えた無数の『派生技』のうちの一つ……名付けて、『白い手のイゾルデ―派生技・見にくいアヒルの子』だぜ!」
「え? て、停電……? 急に……。み、みんな……ど、どこですか……? あ、あのー……」
瞳が、真っ白なプラスチックのように塗りつぶされてしまった瑠衣。もはや周囲のあらゆる光は彼女の眼球で反射されてしまって、視神経が光の信号を脳へと伝えることはなくなった。結果として今の彼女は何も見えなくなり、まぶたを閉じているときよりもずっと深い闇の中に、包まれてしまったのだった。
まるで歩き始めたばかりの赤ん坊のように、フラフラと手探りで歩き始める瑠衣。しかし、やはり周囲が全く見えていないからかその方向はまるで見当ハズレで、ユーリアたちからどんどん離れていってしまう。
しかも……。
「……瑠衣ちゃん……ごめん、ね……!」
視力を失ってスキだらけの瑠衣の背中を押す、敵メイドの幸島ステラ。
「え⁉ 何、なになに⁉」
驚いて、瑠衣は腕を振り回す。だが、周囲が全く見えていないので、その攻撃がステラにあたるはずもない。ステラはそのまま瑠衣の体を押し続ける。
「……えいっ……」
そして、あらかじめ呼んでおいたらしくドアが開いていた、地下鉄駅の地上階へと向かうエレベーターの中に、瑠衣を押し込めてしまった。
「お、おわっ……ど、どこ⁉ え? 動いてる⁉」
そのエレベーターはすでに上ボタンが押してあり、瑠衣が入ったのと同時にドアが閉まる。そのまま彼女だけを連れて、上の階へと向かっていってしまった。
「な、なんてこと、なの……」
パートナーの瑠衣から隔離され、一人にされてしまったマリー。どうにか途中で彼女を助け出したかったのだが、その余裕はなかった。彼女の前には、右手を構えたユーリアが立ちふさがっていたからだ。
「へへへ。これで、二対一だ。しかもそっちは能力で強化されてたメイドがいなくなって、ただの淑女のおめーが残っているだけ。俺らだって別にそれほど戦いは得意じゃねーけど、流石に二人がかりなら、一人の凡人から指輪奪うくれーは出来んだろ?」
「……だめ、ユーリアちゃん……まだ油断しないで。……まずは、マリーちゃんのことも白くして、視界を奪ってから……」
エレベーターが地上階に向かったのを確認したステラが、ユーリアの隣までやってきている。
「ああ、分ーってるよステラ。お前がくれた希望を、焦ってみすみす無駄にするようなことはしねーって」
ユーリアもステラも、すでに白くなっていたのを解除して、もとの状態に戻っている。あとは二対一の状態でマリーから指輪を奪うだけ、しかもマリーの淑女能力は『メイドに力を与える』というものなので、彼女自体の戦闘力は普通の人間と変わらない。
だから、もう壁に紛れる必要もないということなのだろう。
じりじりと、ユーリアとステラが逃げ道を塞ぎながらマリーを追い詰めていく。ユーリアの右手を警戒しながら、マリーは後ずさりする。もしもその手に触れられてしまえば、たちまち瑠衣と同じように視力を奪われてしまう。そうなれば、もはや自分たちの敗北は確定する。
「く……」
圧倒的に不利な状況を認めざるを得ず、ただ逃げるしかないマリーだった。
「俺、思ったんだけどよお……」
勝利を確信したのか、ユーリアが、今度は余裕げにつぶやく。
「この、『お嬢様とメイドの戦い』ってやつはさ……つえー能力とか、個人の力とかは、実はあんま関係ねーんだよな? この戦いを勝ち抜くうえで一番重要なのは……たった一人の自分のパートナーを信じて、お互いの力を十二分に引き出せるような関係性を作ること……つまり、主従を超えてお互いを信頼する、絆の力なんだよ」
「……」
「ステラは、こんな俺を信じてくれた。『ものを白くする』だけのショボい能力でも勝てる方法を、一緒になって考えてくれた。俺よりも俺のことを信じて、こんな俺でも、誰にも負けない力を持ってるって思わせてくれた。俺の最弱の能力を、最強にしてくれたんだ。そんな強い絆で結ばれてる俺とステラが、おめーらなんかに負けるわけねーよな?」
「……ユーリア、ちゃん……」
そっとユーリアの手に、自分の手を添えるステラ。
それだけで、他のどんな言葉がなくても、二人が通じ合えているということは明らかだった。
この戦いで重要なのは、絆の力。それは、かつてマリーが言った言葉でもある。
ただし彼女は、すぐにそれを「嘘」だと言って否定してしまった。それが自分の本心だと認めることが出来ず、誤魔化してしまった。
しかし、眼の前のユーリアは今、恥ずかしげもなくそれを言っている。『清純お嬢様』の純粋さで自分の気持ちに正直になって、強い信頼関係を自分のメイドと築いている。
「……ちっ」
そのことに、後悔と悔しさのような気持ちが湧いてくるマリー。
もはや彼女は勝機を失って、ただただ舌打ちを繰り返しながら、勝負が決するときを待つばかりとなって…………いや。
そんなはずはなかった。
彼女はあくまでも、どこまでも、飽きもせずに、圧倒的なまでに、『傲慢お嬢様』だったのだから。
「ふっ。あんまりこの私を、笑わせないでもらえるかしら?」
「……ああん?」
マリーは背筋を伸ばして、ユーリアたちをはるか上空から見下ろすように、上から目線で言った。
「貴女たちの絆の力が強いから、私に勝てる、ですって? 冗談じゃないわ。この私の前で、よくも、そんなことがことが言えたわね?」
「バ、バカ言ってんじゃねーよ。てめー、今の状況分かってねーのか? げんにおめーらは、強い絆で結ばれた最強の俺らの作戦にハマって、今にも負けそうなことになってんのに……」
「ふん。この程度で、最強? やれやれ……これだからザコは困るわね。いいわ、仕方ないから教えてあげる。本当の最強は、私たちだってこと。貴女たちに出来て、私たちに出来ないことなんて何一つないってこと……貴女たちなんか足元にも及ばないほどの、私と瑠衣の絆の力をね!」




