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ドォーンッ!
ゴォーンッ!
それからも、しばらくは同じような状況が続いた。
レイニャの淑女能力によって操られている瑠衣は、自身の主であるマリーに対して攻撃を繰り返していた。マリーの方は、すでに相当の疲労が蓄積されているようだったが、それでも何とかその攻撃を避け続けていた。
レイニャから与えられた『自分の主人を攻撃しろ』という『命令』に、瑠衣は逆らうことができない。しかし実は、その『命令』に従おうとする分には、ある程度自分の裁量で行動することも出来た。反発せず、あえて自分からマリーを攻撃しようとすれば、そのタイミングや攻撃を放つ場所をコントロールしたり、それを事前にマリーに伝えたりすることが出来たのだ。
それもあって、「攻撃する瑠衣と、それを避けるマリー」というある意味で硬直状態ともいえる構図は、これまでずっと続いていた。そして……それこそが、彼女たちの狙いだった。
「……そろそろ、かしらね?」
何十発目かという瑠衣のパンチをかわしたマリーが、そんなことをつぶやく。
「ええ、そうですね。そろそろ、だと思います」
何十発目かという空振りをした瑠衣も、そう言って微笑む。
彼女たちは今、博物館展示室の入り口付近にいた。
「ニャー、ニャッ、ニャッ、ニャッ! ようやく諦めたかニャン⁉ 往生際が悪すぎて、レイニャはちょっと飽きちゃってたとこだニャン!」
一方のレイニャは、瑠衣たちとは対角線上。室内の、入り口とは最も遠い位置にいる。計算して瑠衣のパンチを避けていたマリーが、自分と相手の立ち位置がこうなるようにコントロールしていたのだ。
「さっさとレイニャの『命令』に従って、その攻撃を食らっちゃえばいいニャン! そんで、負けを認めるニャン!」
相変わらずレイニャは、余裕たっぷりだ。一方のマリーも「ふん……この私が、負けを認めるですって? 冗談じゃないわ」と言って、得意げな態度でその部屋の出口の前に立った。
「んニャ?」
それに気付いたレイニャが、バカにするように言う。
「おまえ、もしかして逃げる気かニャン! ぷぷーっ! そんニャの無駄だニャ! レイニャの『命令』はまだ実行されてねーんニャから、どこに逃げたっておめーのメイドが追いかけて……」
そんなレイニャを無視して、マリーは落ち着いた様子で言った。
「貴女の『能力』、それに人間離れした運動能力はなかなか驚異だった。それは、認めるわ。多分、これまでの誰よりも強力で……まともに戦っていたら私たちだって負けていたと思うもの」
「ニャー、ニャニャニャ! ニャーンだ! やっぱり降参するって話かニャン⁉」
「いいえ」
またそこで、瑠衣がマリーを攻撃する。当然のようにマリーがそれを回避したことで、パンチを空振りした瑠衣は、そのままの勢いでマリーの背後……レイニャがドアを破壊して開けっ放しになっていた出口から、部屋の外に出て行ってしまった。
「私は優しいから、最後に貴女に教えてあげてるのよ。これから貴女が、どうして負けるのか……貴女の、敗因をね」
そう言いながらマリーも、ゆっくりと部屋の外に向かって歩き出してしまう。さっきまで瑠衣から逃げていたのとは逆に、今度は彼女が瑠衣を追いかけているかのようだ。
「んニャ?」
その様子に、ようやくレイニャは少しの疑問を感じる。しかし、ジャングル育ちの彼女では、その答えは出せない。
マリーは優雅に歩きながら、背中を向けているレイニャに話を続ける。
「貴女の敗因は……最初に私たちが戦った相手と同じで、いたって単純なもの。つまり、『自分のパートナーを頼らなかった』ことよ。もしもここがジャングルなら、多分貴女は、一人でも充分だった。ジャングルの王者の貴女は最強で、私たちを簡単に倒せてしまったはず。……でも、実際にはここはジャングルじゃないのだから、貴女は絶対に一人で戦ってはいけなかった。絶対に、自分のメイドと協力しなくてはいけなかったのよ。気が合わないとか、気持ち悪いとか思っていたとしても……『命令』でどこかに行かせたりせずに、最後まで彼女をここにいさせるべきだったのよ」
「ニャー? おめー、自分が今どんな状態か、わかってるのかニャー? おめーはもう、終わってるんだニャ! さっきからずっと、自分のメイドに殴られそうになってるくせに、レイニャに偉そうなこと言うんじゃねーニャー!」
ボロ……。
展示室の壁から、小さな破片が崩れる。これまで何回も何十回も瑠衣のパンチが破壊していたので、周囲の壁は相当もろくなってきているようだ。
それをチラリと見て、マリーは小さく微笑む。そして、結論を言った。
「もしもここに貴女のメイドがいれば、彼女ならきっとすぐに気づく事ができたはず。ジャングル育ちじゃなく、こういう建物が普通に存在する現代社会で育った人なら……瑠衣が何度も何度も攻撃を空振りさせて、わざと壁を壊していたっていうこと。そして……そんなに壁を破壊してしまったら部屋がどうなってしまうのかっていう当然の未来を、予測出来たはずなのよ。貴女の身体能力とメイドの知性……二人が協力すれば、本当に無敵だったはずなのに。貴女たちは、それをしなかった。それが、貴女たちが負ける理由……貴女たちの敗因よ」
部屋を出ていくマリー。
「……ニャ⁉」
そこでようやく、レイニャも気づいたようだ。
自分の周囲の異変。
瑠衣の強化されたパンチで破壊された展示室の壁が崩れ、部屋の天井が斜めになっていたことに。
もろくなった展示室の壁は、一箇所が崩れると、まるでドミノ倒しのようにどんどん崩壊が周囲に伝播していく。一面の壁が崩れ、それが隣接する二面の壁を崩壊させ……結局周囲の四面全てが崩れ落ちてくる。壁が崩れれば、当然、そのぶん天井が落ちてくる。壁に囲まれた部屋で、天井が迫ってくる状況だ。唯一の逃げ道は、部屋の出口のみ。
「ニャ⁉ ニャニャニャニャ!」
だが、出口と一番遠い場所に誘導されていたレイニャがどれだけ焦っても、すでに間に合わない。
ズゥゥゥ……ン。
「……ぐ、ニャ」
展示室の壁が完全に崩れ落ちて、部屋の天井がレイニャの体を押しつぶした。
「あ……」
部屋の外の瑠衣は、自分の体が自由になったことで作戦が成功したことを理解する。
「や、やった……?」
「……みたいね」
同時に、部屋を出て瑠衣のもとにやってきていたマリーも、それを確認して小さくうなづく。
「よ、良かったぁ……」
瑠衣は、自分が主のマリーに殴りかかっていた状況から解放されたことに心から安堵して、そんなため息混じりの言葉を漏らした。
「あ、あれ⁉ 私への能力が解除されて……も、もしかして、ぱん……レイニャちゃん、倒されちゃったんですかっ⁉ そ、そんなっ⁉ 負けちゃったんですかぁーっ⁉」
博物館の外まで出されていたらしい山寺日枝奈も、自分にかけられていた『命令』が解除されたことで戻ってきたようだ。
「ま、まさか……その部屋の天井に押しつぶされて、気絶しちゃってる、ってこと⁉ そ、そん、そんなのって…………つ、つ、つ、つまり今なら、ぱんつ見放題ってことですかぁーっ⁉ ま、待っててレイ……ぱんつちゃん! 今すぐ私があなたを助け出してあげますからねっ⁉ そして、気絶している今のうちに、普段は出来ないようなあんなことやこんなことを…………うげっ」
気持ち悪いことを言いながら、壁が破壊されてバラバラになった瓦礫の中から自分の主を探し始めていた彼女は……遅れて崩れてきた天井の一部に押しつぶされ、勝手に自滅していた。
「あ、あれ? もしかして……山寺日枝奈さんが部屋に残っていようが、出ていこうが、どっちにしろ何も結果は変わらなかったんじゃあ……?」
「……」
一瞬、そんなことを考えてしまった瑠衣。だが、すぐに正気を取り戻して、のびている対戦相手たちから指輪を奪った。
やがて……瑠衣のメイド服が私服に戻る。瑠衣が破壊した博物館の壁や恐竜の模型も、元通りになる。博物館内には、入館者たちの姿が現れる。
二人がこの勝負に勝利したことは、確かだった。
「ま、まあとにかく……。よくやったわ、瑠衣。もうここには用はないし、帰りましょう」
「……は、はい」
気持ちが落ち着いてくると、瑠衣にまた、さっきの自分の情けなさがぶり返してくる。
「マ、マリー様……さっきはごめんなさい。操られていたとはいえ、私がマリー様を傷つけるようなことをしてしまって……」
「そんなこと、別に気にしなくてもいいわよ。だって結果的にいえば、貴女が彼女の能力に操られてくれたおかげであの子の油断を引き出して、勝利のきっかけが作れたわけだし」
「そ、そんな……」
優しい言葉をかけてくれるマリーに、瑠衣に瞳に涙が浮かぶ。
「だから、瑠衣……。体を操られていたときのことは、本当に気にしなくていいのよ?」
「マ、マリー様ぁ……」
感動して、体を震わせる瑠衣。その感情にまかせて、マリーのそばにかけよろうとする。しかし、
「そ・れ・よ・り・も、」
マリーはそこで、ギロリと瑠衣を睨みつけた。
「瑠衣……貴女さっきこの私のことを、バカ呼ばわりしたわね?」
「え……?」
「たかがメイドの貴女にバカなんて呼ばれるのは、本当に心外だったわ。そのことだけは、どうしても許せないわね」
「い、いや……。確かにさっきは勢いに任せてそんなこと、言っちゃったかもしれませんけど……。あ、あれは、レイニャちゃんを騙すために、とっさに言っただけで……ほ、本心なわけないじゃないですかぁ⁉」
「そうかしら? 日頃から私のことをバカにしているから、とっさのときに出てしまったんじゃないの?」
「そ、そんなわけないですよっ⁉ わ、私は、いつだってマリー様のことをすごいって思ってますし、尊敬していて……」
「信じられないわね。それが本当だって言うなら、行動で見せてもらわないと」
「え、行動、って……一体何を……?」
「さて、何をしてもらおうかしら? とりあえず、まずは休憩がてら紅茶の一杯でも用意してもらって……ああ、それとなにか一緒に甘い物でもあるといいわね。そのあとは、今日はすごく動いたからマッサージと……あとは、なにか退屈しのぎに一発芸を……」
「そ、そんな一度に言われても……」
「あら? この私の言うことがきけないの? やっぱり、心の底ではバカにしてるってことなのかしら?」
「あーもうーっ! わ、わかりましたよっ! 全部やりますから、ちょっと待っててくださいっ!」
「二分以内でお願いね?」
「ちょっ⁉ そ、そんなにすぐに⁉」
「本当に私のことを尊敬しているなら、出来るはずでしょう? それとも、バカの言うことはきけないってことなのかしら?」
「わ、わかりましたってばーっ!」
そう言って、とりあえず近くの喫茶店に走る瑠衣。
特別な能力などなくても、はじめから自分はマリーの命令に逆らうことが出来ないと、思いしらされる彼女だった。




