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主従戦線レイディ × メイド!  作者: 紙月三角
第三戦 無邪気と邪…下着は横縞? vs 天然お嬢様
34/98

09

……………………………………………………


 瑠衣のパンチが、ターゲットの淑女に向かって放たれる。その淑女は、エレガントな(・・・・・・)ドレス(・・・)を翻しながら、かろうじてそれを避ける。


 ドォーンッ!

 空振りしたパンチは博物館のコンクリート壁にヒットして、破壊音とともにその壁を大きくえぐる。


「ご、ごめんなさいっ! わ、私……」

 壁に突っ込んだ自分の右手を引き抜きながら、そんなことを言う瑠衣。その瞳からは、ボロボロと涙がこぼれている。しかし、彼女にはそれを拭う事はできなかった。

「こ、こんなつもりじゃあ……なかったのに……。私、こんなことになるつもりじゃあ……」

 泣きながら、瑠衣はまた右手を振りかぶる。そして、今の彼女のターゲットになっている淑女……自分の主人であるマリーに向かって、殴りかかっていった。



「ニャー、ニャッニャッニャッ!」

 一時は完全に追い詰められたかに見えたレイニャは、少し離れた位置から、その様子を見て高笑いしている。

「ざまぁーねーニャン! 自分で自分の仲間に殴りかかって、バカみたいだニャン!」

 「おすわり」のポーズで、手についたカラーボールの塗料をペロペロと舐めている彼女。それは少し体に悪そうだが――少なくとも、さっきまでのピンチだった状況からは完全に脱している。いや、それどころか今の彼女は、完全に自分の勝利を確信しているようだった。

 それも、そのはずで……。


「はあ、はあ……さ、さすがはレイニャちゃんの淑女能力、『百獣の女王の(ライオネス・)勅命(コーリング)』っ! 『相手に命令したことを実行させる』なんていう超絶チートな能力で、不利に見えた状況をあっさり覆しちゃうなんてぇぇーっ!」

 興奮気味のメイドの山寺日枝奈が、高級そうなビデオカメラをローアングルに構えながら、そう言うように。

 今の状況は、レイニャの能力によるものだった。


 塗料入りの防犯カラーボールによって隙を作った瑠衣は、レイニャに不可避のパンチで攻撃した。しかし、その直前で彼女はレイニャの淑女能力で、『自分の主のマリーを攻撃しろ』と『命令』されてしまったのだ。その能力の効果により、今の瑠衣は体の自由を奪われ、ひたすらマリーに攻撃を繰り返していたのだった。


「ライオン、ゾウ、ハイエナ、ジャガー、ゴリラ……そんな恐ろしい猛獣たちでさえも、レイニャちゃんの『命令』には大人しく従わざるをえない! アフリカ育ちの百獣の女王様のレイニャちゃんにふさわしい、さ、さ、さ、最強の能力ですぅぅっ!」

「ニャー、ニャッニャッニャッ! 当然だニャッ! レイニャは、最強なんだニャ!」

「し、し、し、しかも……その能力の対象にすることができるのは猛獣たちだけじゃなく……ええぇ⁉ わ、私たち人間もっ⁉ じゃ、じゃあ、もしもレイニャちゃんが私に『命令』したら、それがどんなことでも、私は絶対に実行しなくちゃいけないんですねっ⁉ そ、それが、どんな恥ずかしい『命令』でも……。で、でも、レイニャちゃんの『命令』なら、わ、わ、私、どんないやらしくて、ハレンチな『命令』でも……」

「……んニャ?」

「あ、ああ……そ、そんな⁉ いくら『命令』でも、いきなりそんなマニアックなプレイを⁉ で、でも……ジャングル育ちのレイニャちゃんのワイルドさを、求めてしまっている自分もいる……!」

「……」

「さ、さあ、レイニャちゃん! その能力で、この私にしてほしいことを言ってくださいっ! 野獣のように、この私を、めちゃくちゃにしてくださぁぁーいっ!」

「……おまえ、気持ち悪いからもう『どっかいけ』ニャ」

「え? あ、あれ? ちょ、ちょっと? レイニャちゃん……? レ、レイニャちゃーんっ⁉」

 レイニャの能力によって、自分の意志とは無関係に、日枝奈は自動的に歩き出す。そして、強制的に部屋の外に出されてしまった。

「さてと……無駄に時間と能力を使っちゃったニャン。そろそろ、あいつらの決着はついてるかニャア?」

 気を取り直して、瑠衣たちの方に目を向けるレイニャ。

「……ニャー。まーだやってるニャン。めんどくせーから、さっさと諦めろニャン」

 しかし、彼女たちの状況は、まだ変わっていなかった。

 体の自由を失い、主に向かって攻撃を続ける瑠衣。そんな彼女の攻撃から、マリーはずっと逃げ回っていたのだ。



「ご、ごめんなさい……私、私……」

 さっきからずっと、同じ謝罪の言葉を繰り返している瑠衣。涙はすでに枯れて、目は赤く腫れている。抵抗しようとして強く握りすぎた右手と、食いしばった唇からは、血が滲んでいる。

 それでも、レイニャの『命令』が実行されるまで――すなわち、瑠衣の攻撃がマリーに当たるまで――、彼女は攻撃を止めることができない。それが、レイニャの淑女能力の恐ろしさだった。


「わ、私なんかが出しゃばったばっかりに……こんな、こんなことに……」

 後悔の言葉をつぶやきながら、ひたすら殴りかかってくる瑠衣。そんな彼女の攻撃を、マリーは避け続ける。

 そんなことがこれまでも何度も繰り返されてきた展示室の中は、もはや、瑠衣の空振りしたパンチが作った凸凹だらけだ。

「……」

 正直なところ、運動能力の低い瑠衣のパンチを避けることは、それほど難しいことではなかった。それが、マリー自身の能力によって強化されているとはいえ、当たらなければ意味はない。そういう意味では、状況は硬直状態にも見えたが……。

「全く……」

「私なんかが、何かできるはずなかったのに……私の考えなんて、うまく行くはずなかったのに……。これまでと同じように、私はただ、マリー様の言うことを聞いていればよかったのに……」

「瑠衣、貴女って人は……!」

 攻撃を避けるマリーの動きは、時間がたつにつれて徐々に鈍くなっている。

 最初はある程度余裕をもって攻撃を避けられていたのが、だんだんギリギリになっていく。

「マ、マリー様⁉ あ、危ないっ⁉」

「……ふんっ!」

 避けるのが一瞬遅れたのか、今までより相当近くまで瑠衣のパンチを近づけてしまったマリー。あと数センチずれたら、顔面にヒットしてしまうような位置だった。


「も、もう……やめましょうっ!」

 攻撃を休めることが出来ない瑠衣が、さらなる一撃を繰り出しながら叫ぶ。

「わ、私、こんなの耐えられない……。私が、マリー様を傷つけてしまうのなんて、我慢できませんっ! お願いです、どんな罰でも受けますから……降参して、レイニャちゃんに指輪を……」

 もはや、それはマリーに対するお願いではなかった。

 彼女の悲痛な魂の声。心からの叫び。

 もしも、彼女が自分の指輪を対戦相手に差し出す事ができたなら、瑠衣はとくにそれをしていただろう。あるいは、マリーの代わりに自分を傷つける事ができるなら、迷うことなく自分を攻撃していたはずだ。そのくらい、自分がマリーを傷つけようとしている今の状況は、耐え難いものだった。

 それに対して、彼女の主は……。

「瑠衣、貴女って……本当に、バカね」

 攻撃を避けながら、そう冷たく言い放った。


「そ、そうなんですっ! 私がバカだから、こんなことに……」

 もはや瑠衣の心には、その言葉を疑う余地なんてなかった。マリーに言われるまでもなく、自分の愚かさを嫌というほどわかっていた。

「こんな私なんて、マリー様のメイドに、ふさわしくなかったんです! それなのに、マリー様に認めてもらえたと思って、舞い上がっちゃって……。私なんか、本当は最初からマリー様のメイドにならなければ……えっ⁉」

 そこで、マリーが瑠衣に足払いをかける。彼女に格闘の心得はなかったが、運動音痴の瑠衣相手になら、どうにか成立したようだ。意表を突かれた彼女は、その場に倒れてしまった。

「瑠衣! バカならバカなりに、言葉遣いに気をつけなさい⁉」

 マリーは、転ばせた瑠衣を見下しながら、高圧的に言う。

「そんな言葉、この私の前で二度と言わないで! 不愉快だわ!」

「で、でも……」

 瑠衣は、ゆっくりと立ち上がる。その様子は、倒しても倒しても起き上がってくる、映画のゾンビのようだ。


「私のせいで、こんなことになっちゃって……。私がマリー様のメイドじゃなければ、きっとこんなことには……マリー様に迷惑掛けるようなことには、なってないはずなのにっ!」

 言いながら、またマリーに殴りかかる瑠衣。

 体の自由がきかない分、悲痛な気持ちがすべて表情に現れている。その様子は、あまりにも痛々しい。


「瑠衣、だから貴女は、バカだって言うのよ!」

 その攻撃も、マリーはなんとか避ける。しかし、

「……ぐっ⁉」

 空振りした瑠衣のパンチは、また博物館の壁をえぐっていた。そのえぐった壁の一部が跳弾のように跳ねて、避けたはずのマリーの背中にヒットしてしまったのだ。その衝撃に、その場に崩れ落ちるマリー。

「マ、マリー様っ⁉」

 心配する瑠衣の声。

 しかしその体は声とは対称的に。まるで、「トドメをさす絶好のチャンスがやってきた」とでもいうように、彼女の前に立って拳を構える。

「い、いや……こんなの……。こんな終わり方なんて、やだ……」

 必死に首を振って抵抗する瑠衣。しかし、『命令』に逆らうことの出来ない体は、このチャンスを逃すつもりはない。ゆっくりと、拳を動かす。

 瑠衣の瞳に、枯れたかと思っていた涙が流れる。


 そこで、背中の苦痛に耐えながら、マリーがこんな事を言った。

「瑠衣……本当に貴女、バカなのね? どうしてわからないの? この私が……いいえ、この私たちが、こんなところで負けるわけないでしょう? というか私たち……もうほとんど、勝ってるようなものなのよ?」

「え?」


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