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主従戦線レイディ × メイド!  作者: 紙月三角
第三戦 無邪気と邪…下着は横縞? vs 天然お嬢様
29/98

04

「やあぁぁーっ!」

 対戦相手のレイニャに、強化された右手で殴りかかる瑠衣。

「ニャッ……と」

 しかし彼女は、ストレッチでもするように身体をひねって、その攻撃を軽々とかわす。そしてまた瑠衣の右手の指輪に、自分の手をのばしてきた。

「うわっ⁉」

 慌てて右腕を引っ込める瑠衣。その反動でバランスを崩してしまって、身体が後ろに傾く。その隙をついて、レイニャは足を突き出す。ただし今度のは、さっきマリーと一緒に食らったような鋭い足払いではない。チョン、と優しく小突くような、明らかに瑠衣をバカにしたような態度の攻撃だ。それでも、バランスを崩していた瑠衣には充分すぎた。

「……ぐぁぅっ!」

 彼女は体勢を持ち直す事が出来ず、床に倒れこんでしまう。なんとか倒れつつも右手を自分の身体で隠して、さっきのように指輪を抜き取られないようにガードするのが精一杯だった。

「ニャー……やっぱ、期待ハズレかニャー? 実力差がありすぎて、ぜんぜん相手にニャンねーニャー」

 「おすわり」のポーズでアクビをするレイニャ。今の彼女が、瑠衣に対して本気を出していないのは明らかだ。


「あぁーっ!」

 それでも瑠衣はまた起き上がり、懲りずに殴りかかる。しかも、今度はレイニャ本人ではなく、その近くの壁を殴った。

「ニャ?」

 一瞬、その意味が分からずにレイニャは首をかしげる。

 拳があたった壁はバラバラになってえぐれる。そのまま瑠衣は勢いを緩めず、壁をえぐったその拳を斜め下に向けて振りおろす。そして、バラバラになった破片が、レイニャめがけて飛んでいくように仕向けた。

「ニャハ!」

 感心したように、小さく笑うレイニャ。しかし、

「でも、意味ねーニャーン」

 とつぶやくと、彼女めがけて飛んでくる無数の壁のカケラたちを全て、あっさりとかわしてしまうのだった。

「う、うそ……」

 渾身の作戦が失敗してうろたえる瑠衣に対して、レイニャは、相変わらず全く危なげなさそうだ。

「言ったはずニャ? レイニャは百獣の女王……つまり、ジャングルの動物たちの頂点なんだニャ。だから、木の枝から飛んでくる毒蛇だって、至近距離からゴリラがうんこ投げてくるのだって、全部余裕でかわせるんだニャ? まして、おめーみたいニャどんくさい人間の攻撃ニャンて、避けられねーわけねーんだニャ?」

 力の差は、歴然だった。


 しかも、更に凄まじいことには……、

「はあ、はあ、はあ……あ、あと少し……。も、もう少しで……レイニャちゃんの、ぱんつが……み、み、み、見えっ……ないっ! あ、ああん! 今、絶対見えたと思ったのにぃっ!」

「……」

「い、今っ! 今見えたっ⁉ 見えましたよね⁉ 黒いレースの……あ、違う。ただの陰……か」

「……」

 全力の瑠衣とレイニャが戦っているかたわらで、何故かずっと、主のスカートの中を覗こうとして一喜一憂しているメイドの日枝奈。レイニャは、彼女には「絶対に自分の下着が見えない」ように脚やスカートを動かしていたのだ。


「ニャーッ、ニャッニャッニャッ! レイニャは、『天然お嬢様』なんだニャ! お嬢様が、他人にそんなに気安く自分のパンツ見せるはずがねーニャン!」

「そ、そんなあぁぁー! レイニャちゃんのイケズ! ……じゃ、じゃあせめて、どんなデザインかだけでも、教えてくれません? げ、げへへ……王道の水玉? フェチズムをくすぐる横縞ストライプ? ま、まさか……動物繋がりで、クマさんとか⁉」

「……」

「はっ⁉ ちょ、ちょっと待ってくださいよ? さっきから、私がこれだけ必死に覗いているのに、その端っこすら見えないってことは……ま、まさかレイニャちゃん、最初から履いてないとか……⁉ そ、そのボロボロのスカートの下は、まさかまさかの、ノ、ノ、ノーパ……」

「バーカ、ふざけんじゃねーニャ。ノーパンなんて、お嬢様にはもっとありえねーニャッ。レイニャはちゃんと、子供の頃にジャングルでライオンに拾われたときから、ずっとおんなじパンツを履いてるニャン!」

「子供のころから同じパンツって……そ、それ、何年物の熟成品なの……? ダ、ダメ……わたしもう、鼻血が止まんなくて……しゅ、しゅ、出血死するぅぅーっ! ……ぶーっ!」

「敵も倒すし、パンツも見せニャい! 両方やるのが、百獣の女王の『天然お嬢様』なんだニャッ!」

「くっ……」

 そんなバカバカしいやり取りをする二人に、瑠衣はツッコミの一つも入れたいところだったが……今はとても、そんなことが出来るような余裕はなかった。それだけ、瑠衣とレイニャの間には、埋めようのない大きな実力差があったのだった。



「う、う……あああぁぁぁーっ!」

 それでも、何もしないでいて事態が好転するはずもない。瑠衣は覚悟を決め、もう一度相手に殴りかかろうとした。しかし、

「瑠衣、ここは一旦、退くわよ! こっちに来なさい!」

 そこでマリーが声をあげて、瑠衣を引き止めた。

「え……?」

 振り返る瑠衣。マリーはさっきまでの場所から移動していて、この戦いが始まる前にいた、動物の剥製がある展示室の入り口にいる。

「で、でも……」

 確かに、今のまま戦っても勝機は少ない。とりあえず距離を置いて、態勢を立て直すものは悪くないかもしれない。でも。

「バーカ、逃がすわけねーニャン。おめーらはここで、レイニャ様の獲物として仕留められるんだニャ!」

 これまで見てきた対戦相手の運動能力だけ考えても、簡単に逃げ切れるなんて思えない。しかも、たとえなんとかマリーのところまで行けたとしても、それで事態が好転するとも言い難い。

 今、瑠衣やレイニャたちがいるのは博物館中心の吹き抜け部で、ここから他の全ての展示部屋に繋がっている。各展示部屋から別の場所に移動するときも、一旦吹き抜け部分に出なくてはいけない構造になっているのだ。

 つまり、マリーがいる展示部屋は行き止まりのようなもので、部屋に入ったら最後、吹き抜け部からやってくるレイニャに追い詰められてしまう。まさに袋のネズミだ。

 そんなことを思ってしまって、瑠衣は少しためらっていた。



「いいからっ! 私を信じて、とにかく来なさい!」

 しかし、主のその言葉を聞いたら、そんな小さな瑠衣のためらいはすぐにどこかに行ってしまった。

(そ、そうだ……。マリー様が「来い」って言ってるのに、メイドの自分が何を迷う必要があるんだ……!)

「は、はい!」

 そして、瑠衣はすぐにレイニャたちに背中を向け、マリーのもとに向かって走り出した。

「血に飢えた獣を前にして背中を見せるニャンて、バッカだニャーン! そんなの、食ってくれって言ってるようなもんだニャーン!」

 その言葉の通り、獣のように四つん這いになって、瑠衣を追いかけてくるレイニャ。そのスピードは、本物の野生動物と同じくらいに速い。まして、相手は運動が苦手な瑠衣だ。まるで、動物ドキュメンタリーで手負いのインパラを追いかけるライオンのように、二人の距離はあっというまに縮まっていく。


「あ、ああぁぁぁーんっ! レイニャちゃん、私も追いかけてぇーん! そ、そして……美味しく召し上がってぇーっ! ……グエッ!」

 なぜか、瑠衣を追いかけている途中のレイニャに、体当たりでもするように抱きつこうとするメイドの日枝奈。だが、相変わらずそんなことなんて邪魔のうちにも入らないとばかりに、レイニャは軽くジャンプして日枝奈をかわす。むしろ、そのついでにジャンプ台代わりに彼女の顔を踏みつけて、さらにスピードを速めて瑠衣を追いかける。


 ようやく瑠衣が、さっきマリーがいた展示室の入り口まで到着したというところで……レイニャもあと数センチで瑠衣の背中に手が届く、というところまで近づいてしまっていた。

「瑠衣、足元を狙いなさい!」

 一足先に部屋の中に入っていたらしいマリーの声だけが、瑠衣に聞こえてくる。

 それを聞いた瑠衣は、迷いなく動く。

「はいっ!」

 一瞬の躊躇もなく、素早くその場で百八十度回転。そして、すぐそこまで迫っていたレイニャの足元めがけて、『極上の使用人(メイド・イン・ヘブン)』の力で強化された右手の攻撃を叩き込んだのだ。

「無駄ニャッ」

 しかし、その攻撃もあっさり空振りしてしまった。


 瑠衣が振り返って右手を構えた時点で、レイニャは、さっき日枝奈を踏みつけたときのような隙の少ない小ジャンプをしていた。そして、瑠衣が狙っていた足元への攻撃を回避してしまったのだ。

 しかも、その回避動作から一切の無駄なく最小限の動きで、反撃に転じる。まだジャンプから着地していない空中で、自分の右手を「招き猫」の手のような形にして瑠衣を殴る攻撃――ようするに、ジャンピング猫パンチ――を繰り出していたのだった。

「ひっ⁉」

 足元を狙っていたせいで、しゃがむような体勢になっていた瑠衣。見上げた先に、猫パンチとともに飛びかかってくるレイニャの姿がある。既に彼女の強さを身を持って思い知っている瑠衣は、本能的に恐怖で目をつぶってしまった。

「これで終わりだニャン! ジャングルだと、おめーらみたいに自分の力をわきまえないヤツが、一番最初に死ぬんだニャーン!」

 そんな言葉とともに、レイニャは瑠衣に向かって強力な猫パンチを放った。

 しかし……。


「あら、そうなの? でも残念だけど……ここって、ジャングルじゃないのよね!」

 展示室の中から、マリーのそんな言葉が聞こえてくる。

 レイニャがそちらに視線を向けた瞬間……彼女は、レイニャに向けて構えていた手持ちの消火器(・・・)を放射した。


「ンニャッ⁉」

 それは、女性でも簡単に使えるような軽さの、消火剤入りの水溶液を圧力で噴射するタイプの消火器だ。白い粉を吹き付けるものに比べると、威力は弱い。だが、それでもいきなり顔面に勢いよく水を吹き付ければ、どんな相手だってひるまずにはいられないだろう。

 たとえ、ジャングルで猛獣に育てられ、人間離れした身体能力を持っていたとしても。日常的に毒蛇やゴリラの投擲を避ける訓練を積んでいたとしても。

 わざと狭い展示室の(・・・・・・)入り口に(・・・・)誘導されていた(・・・・・・・)うえに、足元への攻撃を(・・・・・・・)避けるために(・・・・・・)ジャンプさせられて(・・・・・・・・・)身動きがとれない状態では、避けようがない。


「え……?」

 下段攻撃をするためにしゃがんでいたおかげで、消火液の噴射には当たらなかった瑠衣。気づいたら周囲が水浸しになっていて、自分を追いかけていたはずの対戦相手が、部屋の外まで押し出されている。

 その状況が把握出来ず、しばらくキョトンとしていると。

「瑠衣、何をボケっとしているの! 早くそこの扉を閉めるのよ!」

 そんなマリーの声が届いて、強制的に正気に戻された。すぐにその指示通りに、自分たちがいる展示室の入り口にあった、夜間施錠用の金属扉を閉める。そして、近くの重そうな物を片っ端からその扉の前に置いて、展示部屋と吹き抜け部を隔離して……見事に、「一旦退く」ことに成功したのだった。


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