02
「ふうん。やっぱり本で読むだけと、実際に実物や模型をこの目で見てみるのでは、得られる経験値のようなものがだいぶ違うわね。上っ面だけをなぞっただけの知識が、補完されていくような感覚があるわ」
施設三階の、世界中に生息している動物の剥製が展示された部屋で、そんなことをつぶやくマリー。
セリフだけなら、興味深く感心しているようでもあるが……実際のその表情には、言葉で言っているほどにはポジティブな様子はない。今にもアクビでもしそうな退屈そうな表情で、たんたんと順路を進んでいる。
「……」
そして、そんな彼女のあとをついていく瑠衣も、顔をうつむかせて何かを思い詰めたような複雑な表情だ。
「このあとは……四階が絶滅してしまった動植物を特集したコーナーで、地下一階には期間限定の特別展示があるんだったかしら? どっちもあんまり、ここまでと代わり映えがしない気もするけど……。まあ、この街の博物館程度ならこんなものなのかもしれないわね」
三階の展示部屋を全て見終わったあとマリーはそう言って、四階への上り階段へと通じる建物中央の吹き抜け部までやってきた。しかし、下を向いて何かを考えごとをしていたらしい瑠衣はそのことに気づかず、展示部屋の中で立ち止まったままだ。
「……はあ」
その瑠衣の様子に、マリーは躊躇なくため息を漏らす。そして、階段付近まで行っていたところを彼女の目の前まで戻ってきて、睨みつけるような険しい表情を作った。
「瑠衣」
「……え?」
「貴女ね……。ただでさえ、そんな貧相な顔のつくりをしているっていうのに、自分から更にそれを強めるような貧乏くさい表情をするんじゃないわよ。見ているだけでこっちまでひもじい気分になってきて、不愉快だわ。今すぐやめなさい」
「あ……は、はい……」
マリーの言葉にも、いまだに、どこか心ここにあらずと言う雰囲気の瑠衣。マリーは、そんな彼女にまた大きなため息をついてから、尋ねる。
「一体……なんなのよ?」
「え? な、何がです? 私、別に何も……」
「瑠衣。貴女さっきからずっとそんな感じじゃないの? 何か言いたそうなくせに、いつまでたっても、何も言わずにただウジウジウジウジしちゃって。この私が、そのことに気づいてないとでも思ったの?」
「う……。そ、それは……」
「何か私に不満でもあるのなら、さっさと言ってちょうだい。そういう思わせぶりな態度、好きじゃないわ」
「そ、そんな……別に、不満ってわけじゃないんですけど……」
マリーに問い詰められ、観念した様子の瑠衣。それから、恥ずかしそうにポツリポツリと話し始めた。
「そ、その……。昨日のことで私、マリー様に嫌われちゃったのかな、って思って……。結局、昨日うちに泊まっている間も、ほとんどお話とか出来なかったし……。お風呂も、別々だったし…………って、そ、それは別にいいんですけどっ! そ、そうじゃなくって……」
「……」
「こ、この前のカチューシャちゃんたちを見たこともあるんですけど……。あれほどじゃなくても、せっかくなら私たちも仲良く出来たほうが、いいのかな……っていうか。せっかくマリー様のメイドになれたから、私ももっとマリー様のことを知れたら……。マリー様にも、私のことをもっといろいろ知ってもらえたら……って、思ってたのに。今日のこの博物館のお出かけなんか……本当なら、それにちょうど良かったかもしれなかったのに。お互いのことをもっとよく知れる、いい機会になったかもしれないのに……。私、今までろくに友だちとか出来たことなかったので……休日に友だちと遊ぶのって、こんな感じなのかなーって、ちょっと舞い上がっちゃってたところもあったんですけど……。でも、私が昨日バカな態度とったせいで、マリー様は私と一緒にいても全然楽しくなさそうで……。それが、辛くて……」
「……はああ」
また、今までよりも一際大きなため息をついたマリー。そんな彼女に、自分が言ったことを再確認させられた気がして、更に落ち込む瑠衣。
そこに追い打ちをかけるように、マリーはまた瑠衣の両頬を掴んでヒョットコ顔にして黙らせてから、冷酷に言った。
「勘違いしないで、って……一体、何度言えば分かってもらえるのかしら? 貴女と私は、淑女とメイド。ご主人様と、それに仕える使用人の関係なの。だから当然、私たちは友だち同士なんかじゃないし、別に仲良くする必要もないのよ?」
「うう……は、はひ。そうですよね……」
間抜けな顔の瑠衣は、今にも泣きだしそうだ。
「す、すいません、変な事考えちゃったりして……。私なんか、ただのマリー様のメイドなんだから、黙ってお嬢様のあとをついていけば……」
「というか……」
そこで、マリーは瑠衣から視線を外して、気まずそうな顔を作った。
「……え?」
「今日は別に……もともとそういうつもりではなかったのだから……そんなことを期待して勝手に落ち込まないで、ってことよ」
「……へ?」
マリーは、瑠衣の顔をヒョットコにしたまま。自分の顔は瑠衣から隠すようにうつむかせて、ポツポツと、とぎれとぎれで話す。
「今日は私……純粋にここに、調べものをしに来ているの。だって、この前にも言ったでしょう? この『淑女とメイドの戦い』を仕組んだ『主催者』を突き止めるためには、私たちには、それを上回るような知識が必要なのよ。だから、時間の許す限り、図書室だけでなく他のいろいろな場所に行って知識を高めていかなければいけなくて……。そういう意味で今日は、『主催者』にあだなす淑女とメイドとして、本を読むだけでは得られない情報を求めて、ここにやってきているわけで……つ、つまり、そこに楽しさなんて求めてないのよ。だから、私がつまらない顔をしているのだって、別に、当たり前で……。そ、そもそも、貴女がそれ以上のことを求めていたこと自体が、おかしいって言ってるのよ。別に貴女が、友人として私と親交を深めたいっていうなら、日を改めて別の機会をもうければいいわけだし。最初から言ってくれれば、私だって、それ相応の態度で望むことだって、出来たわけだし」
「そ、そ、それって……。つまりマリー様が、別の日に私とデートしてくれる、っていう……? マリー様も、してもいいって思ってるっていう……?」
「ねえ、瑠衣?」
そこでマリーは、瑠衣に視線を合わせる。
すでに、彼女の表情からは気まずさや困惑は消え、いつもどおりの凛とした自信に満ち溢れたものになっている。そんな彼女を見ているだけで、瑠衣は胸の鼓動が高まっていくのを止められない。
(ああ……この人やっぱり、普通にきれいだな……。いつも強気で見下した態度だから、それどころじゃなくなっちゃうけど……。黙っていれば、私が見たどんな人よりも美人で、魅力的で……。そんな人が、今、私だけを見ていてくれて……)
瑠衣の落ち込んでいた気持ちもどこかに消えてしまって、眼の前の淑女への憧れと、体の奥から湧いてくるような強い想いに満たされていく。
マリーは瑠衣に目を合わせたまま、ニッコリと微笑んで言う。
「今日のその服……とても似合ってるわよ」
「そ、そんな……」
思いもよらない言葉に、瑠衣は涙が溢れそうになる。
「そんな、そんな……。マリー様がそんなこと言ってくれるなんて、私、思ってなくて……」
乱暴に涙をぬぐう。そして目をはらした笑顔で、大きく頷いて応えた。
「は、はい! そ、そうなんです! 実は今日の服、私が持ってる中でも一番高級な、今年のお年玉を全部つぎ込んで買った一張羅で……完璧なマリー様のメイドをやるなら、私もこれくらい着ないとって思って、メイドになった日にネット注文したのが昨日の夜やっと届いて…………って、あ、あれーっ⁉」
しかし……マリーが褒めてくれた自分の格好を見て、瑠衣は気づいてしまった。
既に今の彼女の服装は、さっきまでとは違っていた。
今日、彼女が家から着てきた服――フランスモチーフのマリーに合わせてわざわざネット注文した、フランス人デザイナーの人気ブランド服――ではなく。これまでにもいつの間にか勝手に着させられていた、メイド服になっていたのだ。
「ちょ、い、いつの間にーっ⁉」
「ふふ……やっぱりメイドの貴女には、その服装がよく似合っているわね」
とっくにその事に気づいていたマリーは、またそう言って、ニッコリと微笑む。その笑みが、自分を小馬鹿にする嘲笑だと分かるのと、ほとんど同時に……、
「はっ⁉」
瑠衣は、さっきマリーが進もうとしていた博物館の四階へと通じる階段に、自分たちを見ている二人の少女がいるのに気づいたのだった。
そのうちの一人は、長くてウェービーなヘアスタイル……端的に言うなら、ただ単に手入れを怠っているだけのボサボサ髪。服装も、作られた当初こそは上等なドレスだったのだろうが、何故か今は、まるで猛獣によって爪や牙で引きちぎられたかのようにボロボロになっている。トイレットペーパーでも身体に巻いていたほうが、まだマシというレベルだ。その服からのぞく肌は真っ黒く日焼けしていて、全身に大小、新旧、重軽傷様々な傷跡がある。
精一杯瑠衣の持ち合わせていた常識に照らし合わせて想像するなら、「たまたま道端で出くわした数十匹の野獣に襲われてしまった異国の少女」なんて言うことも出来なくもないかもしれないが……。
こんな街中の建物の中に、人をここまでボロボロにするような野獣なんているはずがない。何よりその少女自身が、犬や猫が「おすわり」するときのように、腰を落として両手を床につきながらこんなことを言ったので、瑠衣はその『正体』を見誤ることはなかった。
「見つけたニャッ! レイニャの獲物たちを、やーっと見つけたニャン!」
「え、獲物……って……」
「レイニャは『天然お嬢様』! ちっちゃいころからアフリカのジャングルでライオンたちに育てられた、百獣の女王だニャッ! おめーらみてーニャ、ぬるい環境で育った『養殖お嬢様』ニャんかひと噛みでぶっ殺してやるから、覚悟しろニャッ!」
「い、いや、あの……えっと……」
あなたたち、いつからそんなところに? とか。
せっかくマリー様と大事な話してたのに、途中で邪魔するな、とか。
『養殖お嬢様』って何? そんな言葉ある? とか。
ライオンに育てられたのに語尾「ニャ」ってどういうこと? それだと、むしろネコじゃない? ……とかとか。
今の瑠衣には、彼女に言いたいことが山ほどあった。
しかし、そんな諸々を全てスルーして、彼女はそのとき最も言うべきだと思ったことを、全力で叫ぶのだった。
「いや……『天然お嬢様』の『天然』って、そういうことじゃないでしょっ⁉」




