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「つ・ま・り!愛人確定〜!」
右手をあげて人差し指でレイジを指しながら、シズクが陽気に言うと、レイジは力なくしゃがみこんだ。
「嘘だ、、、」
頭を抱えるレイジの肩をショーコがぽんぽん、と優しく叩く。
「レイジはママさんに夢見過ぎ。水商売やってるあんな綺麗な人がさ、レイジが思うような純白な人なわけないじゃん」
悟すようにショーコはレイジに言った。
「それ慰めてんの?」
「現実を教えてるの。目、覚まして欲しいから」
「そもそもなんでレイジはそんなにサンに拘んだよ。もう45だぞ、サン。母親より年上なんじゃねーの」
シズクは言いながら、頭を抱えてしゃがむレイジと、それを見下ろすショーコを写メった。
カシャ、とスマホから音が鳴る。
「ちょっと、何撮ってんの?」
鬱陶しそうに、ショーコがシズクに言う。
「後でサンに見せてやろうと思って。憧れの熟女の裏の顔を知った若者の姿」
シズクは悪魔の笑みを浮かべて、言った。
「性格悪、、、」
ポツリと、力なくレイジが呟いた。
「今私も写したでしょ?消して。撮るならレイジだけにして」
ショーコに突かれて、シズクはうっせぇな、と言いながらも、写真を編集してレイジだけが映るようにした。
「ほい、これでいーだろ」
スマホの画面をショーコに向けて、シズクは言った。
「え?なんで素直に言うこときくの?怖っ」
そう言って、驚きと警戒心が混ざった表情でショーコはシズクを見た。
「私なりの謝罪だよ」
「あれは謝っても許さない」
ショーコは言葉を被すように、口早に言った。すぐにメイドカフェのことだとピンときた。
かつて働いていたメイドカフェに、明らかに冷やかしで、シズクがやってきた。にたにた笑って自分を見ていたシズクをショーコは無視していたが、シズクはわざわざ立ち上がって声を掛けてきて、面白気に、写真撮ってもいーですか?、とスマホを向けてきたのだった。
ショーコはブチ切れて、スマホをシズクの手からはたき落とし、エプロンを床に叩きつけて店を飛び出し、そのままメイドカフェを辞めた。
「まだ根に持ってんのかよ。お陰で不毛な労働から解放されたんだから、感謝されてもいーんだけどな」
シズクは言って、ハハッ、と嘲笑した。
「あーやっぱムカつく。最低っっ」
イライラとショーコは言い、蹲っているレイジを蹴った。
「痛っ。八つ当たりすんなよ」
「元々はレイジが私があそこで働いてる事喋ったからでしょ!絶対言わないでって言ったのに!」
「言ってないし。たまたま写真見られて、シズクちゃんがそこから鬼検索でカフェつきとめたんだって」
「怖っ。嫌がらせの執念半端ねぇ」
ベンチでタバコを吸いながら3人のやりとりを眺めていた拓馬が、思わず声をあげた。4人は今、喫茶サンから少し離れた公園にいる。
「ありがとうございますぅ」
悪魔の笑みを浮かべて、シズクは拓馬に頭を下げた。
「褒めてないって。わかってんでしょ。怖いな、ホント」
苦笑しながら拓馬は言って煙草を吸い、そして煙を吐いてから、続けた。
「にしても、シズクちゃんのお父さんも運ないよな。愛人の所に娘が転がり込むなんて」
「悪いことはできませんなぁ」
言って、はっはっはっ、とシズクは笑った。
「どの口が言うんだよ」
可笑しそうに拓馬が言った。
「シズクちゃん、ホントに何も知らないでここに来たの?」
蹲ったまま顔をあげて、レイジが言った。
「知るわけないじゃん。私もそこまで性格悪くねぇよ」
「でも、愛人ってわかったからって、引っ越したりもしないんでしょ?」
ショーコが、シズクを睨みながら、言った。
「睨むなよ。昨日修羅場になるようなら、考えたけどな。まぁ案外上手くやれそうだし、サンも何にも言ってこないし」
「ママさん、どんな気持ちなんだろ。相手の家庭の子供預かるなんて」
同情した様子で、ショーコは言った。
「そこだよなぁ、でもママさんのシズクちゃんに接する態度って、どっちかって言うと他人って感じじゃなくて、ホントの娘にするみたいだよな」
拓馬の言葉に、3人はハッと押し黙って、それから拓馬を一斉に見た。
「それだ!シズクちゃん、ママさんの実の娘説!」
勢いよくレイジが立ち上がり、言った。
「それならすべてが繋がる!ママさんが愛人なわけない!」
「でも、そんなことある?そうだとしたら、シズクさんの年齢なら、もう話してもいい気もするけど」
「まぁ実の娘だからって、愛人の可能性は消えないけどな」
冷静に拓馬が言い、レイジはしゅんとなった。
「ああ、そうだなぁ。愛人ってだけじゃなくて、子供まで作っちゃったらもう駄目だよなぁ」
レイジは意気消沈して、また蹲った。
「いや、ねーだろ。どんな偶然だよ、生き別れた母親の店に辿り着くなんて」
サバサバとシズクは言った。
「シズクちゃんは、何にも感じないの?ママさんと接してて」
拓馬に言われ、シズクはうーん、と考え込んで宙を見上げた。
「どっちが母親かって言われたら、マザーの方がしっくりくるな。あの親にしてこの子って感じだし。捩れた性格とか。サンの娘って言われてもピンとこねぇな。私の母親にしては、真っ直ぐ過ぎるだろ、サンの性格」
「確かに」
レイジは頷いたが、拓馬とショーコは黙って何も言わなかった。
「あーやめやめ。ないない。あるわけねぇよ、そんなクソつまんねぇドラマ見たいな話」
シズクがそう言ったので、4人はその話をやめにした。
夕方の閉店間際、最後の客も帰り、喫茶サンの店内はサンとりえ、それにカウンターでスマホをいじっているシズクの3人だけになった。
りえが店先の看板を片付けに行くのを見て、シズクはサンに話掛けた。
「あのさぁ〜、サン」
「なーに?」
洗い物をしているサンが手を止めないまま、こたえた。
「いや、やっぱいいや」
「何よ。気になるから言って。昨日のこと?」
「違う。昼間話してたんだけどさ、拓馬がサンが私に接する態度が母親みたいだって、言うんだけど」
「何それ」
冗談を言われたように、サンは笑みを浮かべた。
「ないよなー。他人から見たらそう見えんのかな?」
「まぁ、お客さんにはよく娘さん?って訊かれるけど、上に住んでるからだろうね」
「ちなみに私を娘だと思って接したことある?」
「ないわよ」
サンはまた冗談を言われたように笑った。
カランと、ドアが鳴って看板を抱えたりえが戻ってきた。りえは看板を置くと、掃除道具を取りに、また外へ出ていった。箒やモップ等の掃除道具は、サンの拘りがあって店内には置かず、シズクが暮らす2階に置いてある。
「しっくりくるのはマザーなんだけど、母親らしいのはサンなんだよなぁ」
「やめてよ。別に私は普通に接してるだけだから」
「だよね。私とサンが親子なんて変だよね、どう考えても」
「そうよ」
シズクは心の奥底で切なさが動くのを感じた。抱いていた淡い期待。サンがもしそう思っていてくれたなら、もっと甘えたりして、自分は変わっていけたんじゃないかと、ふと思った。
シズクは、幼い頃から精神的に両親に甘えたことはなかった。子供の頃から、両親は自分を望んでいないと、何処かで感じていた。
店内を静寂が包んだ。サンが洗い物をする音だけが響く。
シズクは何故か懐かしい気持ちになるのを感じた。サンと以前もこうして静寂の中で過ごしていたような。満たされていて、不安など何もない、幸福な時間。
サンを見ていると、不意に涙が溢れそうになった。
カラン、とドアが鳴り、りえが戻ってきた。箒とモップ、バケツにちりとりを入れて持って、入ってきた。
シズクは視線を落とし、スマホを見た。溢れてきた感情が何なのか、シズクにはわからなかった。