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「先生なんて言ってたの?」
メンタルクリニックから出るなり、サンはシズクに訊いた。
外はひんやりした夜で、シズクとサンは通りを駅に向かって歩いている。
「えーいつも通り。当たりざわりない会話しただけだよ。別に症状酷くなったわけじゃないし。今日はサンに連れてこられたって言った」
シズクは言いながら、すれ違う人々の会話を聞かないように意識を散漫にさせていた。
「やっぱりそうなの?さっき呼ばれた時、特に変化は見られません、って言われたけど」
「だろ。あれはさ、この世界の仕組みを言ったようなもんでさ、別に症状とは関係ないんだよ」
「面白いことを言いいますね、て言われたわ」
サンは拍子抜けしたように息を吐き、眼を細めて夜空を見上げた。
「よくわかないけど、それほど変なことでもないのね」
「神経質なんだよ。病気じゃなくても同じようなこと言う人は山ほどいるし」
「ああいうこと言う人は病気なんじゃないの?」
「すっごい偏見。それならウチのくそオヤジなんて病気の末期じゃん」
シズクは言って、ハハッと笑った。
「あれは売れる為の演出で言ってるんじゃないの?」
「いや、本気だよ。じゃなかったらただのペテン師じゃん。まぁアメリカのハゲのパクリだけどな、ほとんど。あ、結局ペテン師か」
「ハゲって、この前の動画の?あれはまともなこと言ってた気がするけど」
「まぁ動画によるよ。他の動画は頭の固いサンには理解しがたいかもね」
シズクが皮肉っぽく言ったので、サンは眉を寄せた。
「いいわよ、別に。わからなくたって困りません、私は。それよりシズクには、世界の仕組みなんかより、自分の性格の悪さをわかってほしいわ」
大人気なく、サンはシズクに皮肉を返したが、シズクはまるで気にしなかった。
「私は善人になる為に生まれたわけじゃないからな」
シズクは、ははんっと笑い、続けた。
「ありのままでなくなったら不幸だろ。それに私の性格なんて可愛いもんだって。サンが真人間なだけで」
言われて、サンは歩きながら顔を横に向けて眼を細めてシズクを見た。心外、と表情が言っている。
「真人間なんかじゃないよ。私も色々やりました。だから変わることの大切さがわかります」
「それはサンの経験だろ。私にはあてはまんないよ。私が無理して良い子になって幸せなことある?それこそ気が狂う。ストレス死するよ」
「なんか高校生の時、りえが似たようなこと言ってた気がする。りえならわかるのか、シズクの矯正の仕方」
「人を変えたいならまず自分から変わるのが基本だろ。まぁ、私は私の為に生きてるから、誰かの為に変わることなんかしないけど」
「じゃあ私がどう変わればシズクは変わるの?」
「ただ私の存在に感謝していればいいんだよ。居てくれるだけで有難いと思えばさ、変えようなんて思わないだろ」
シズクは言って、ニッと笑った。
「また自分に都合良く言って」
「だって私が変わってサンが喜ぶとして、私はサンを喜ばす為に生きてるわけじゃないじゃん。無理があるよ」
「私が喜ぶとかじゃなくて、人としてそのままじゃさぁ」
サンは言って、はぁ、と溜息をついた。
「このままでどうなるかなんて、誰にも分からないよ。このままじゃ良くないことが起こるなんて、ただ恐怖心を煽る洗脳じゃん。そんな安っぽい手くらわない」
シズクがきっぱり言った所で駅に着き、2人は地下鉄への階段を降りた。