エピローグ
「ここだな」
8階建の団地を見上げて、シズクは呟くと、横で鼻を啜っているショーコに視線を移した。
「まだ泣いてんのかよ。別に無理にこなくてよかったのに」
シズクはバックからテッシュを取り出し、ショーコに渡した。
夏の日。強い日差しと蝉の鳴き声。
サンの死から1年半が経っていた。
葬式に参列したサンの母親を訪ねて、シズクとショーコは哲也に教えてもらった住所にきていた。
何かあったら、娘さんは私が面倒を見ます。葬式の日、別れ際にサンの母親は哲也にそう言ったらしい。
そのことを最近知ったシズクは、冷やかし半分、サンの母親がどんな人間か知りたい好奇心の半分で、サンの母親に会いに行くことにした。
電話で話した感じでは、礼儀正しく、どこかサンを思わせた。
「8階だったな、確か」
団地に入り、エレベーターの前に立ってから、シズクはスマホのメモを見た。
名前の佐々木香澄、住所、電話番号がメモしてある。804号室だった。
エレベーターは8階で止まっていた。
シズクはボタンを押すと、まだ隣でティッシュで鼻をかんでいるショーコを見た。
「泣きすぎだって。サンが死んだ時の私みたいじゃん」
「気持ちは同じだよぉ」
ショーコは言って、またシクシク泣きはじめた。
朝の情報番組で、ショーコとレイジ、それに皐月達が愛したMAYが1年前に逝去していたことが、報道されていた。
引退の時には既に余命を告知されていたらしく、最後はヨーロッパのどこかの国でホスピスケアを受けながら、亡くなったらしかった。
MAYの母親の出したコメントによると、引退ライブ後はヨーロッパ各地を2人で旅行してまわり、本当に余命が迫っているとは思えないほど、明るく元気に旅行を楽しんでいたらしい。だが逝去する2週間前、限界が来て、とある国で買い取っていた別荘に、雇っていた専属の医師と看護師を呼んでホスピスケアに移った。最後の1週間は母親も帰国させて、最後の瞬間も医師や看護師は部屋には入れず、1人で最後を迎えたということだった。
「なんで1人で死んじゃうのぉ?寂しすぎるぅぅ」
ビービー泣きながら、ショーコは言った。
「別にいいだろ、死に方なんかどうでも。どう生きたかの方が大事だって。1人で死ぬのが寂しくて不幸なら、サンだってそうだろ」
「あ、そうか、、、。でも突然死と自分から1人になるのは違うと思う。私がMAYの側にいたら絶対離れない」
「まぁ私もサンに死に際にどっか行ってくれって言われてもいかないな」
エレベーターが来てドアが開いたので、2人は乗り込んだ。
「でしょ?お母さんなんで帰っちゃったのー?」
「人にはわからない母娘の絆があるんだろ。私とサンだって、側からみたら変な関係だったし」
「でもだとしても、娘なんだしー。お母さんなら何言われたって側にいなきゃ」
「最後の瞬間なんて、人が泣きたい為に演出してるだけでさ、実際には大した意味なんてないよ。ずっと続くんだから、死んだ後だって。最近だって私、くそオヤジ通してサンと話したし」
「あっ、そうか!シズクちゃんのお父さんにMAYと繋がってもらえば話せるんだ!」
「いや、面識のない人とはどうなんだろ」
「駄目〜?MAYと話したい〜」
ショーコはぐずって、言った。
「わかったから泣き止め。帰ったらくそオヤジに頼んでみるから」
シズクがそう言った所で、エレベーターが8階に着いた。
「やった!じゃあ泣くのやめる!」
ショーコは言ってティッシュで鼻をかみ、涙を指で拭った。
「はいはい」
シズクは素っ気なく言い、エレベーターを出ると外廊下を歩きながら、部屋番号を確かめていった。
801、802、803、、、。
804号室。青いドアにはプレートが付けられ、SASAKIと名前が書いてある。
シズクは特にためらいもなく、呼び鈴を連打した。
ピンポンピンポンピンポンピンポン、と部屋に呼び鈴が響いているのが聞こえた。
「シズクさん、押し過ぎっ」
焦った様子で、ショーコが言った。
「あー、何にも考えてなかった」
「怒ったらどうするのぉ?」
「逃げればいいだろ。連打ピンポンドアが開いて怒ってたらダッシュ」
「えー、やられたらムカつく、地獄の果てまで追い回す」
「ショーコにはやんないよ」
レイジを追いかけまわした一件を思い出して、シズクは言った。
「あ、来た」
ドアの向こうで足音がして、ショーコが言ったのと同時に、ドアが開いた。
グレイヘアで黒色のヘアバンドをつけた、目の大きな60代の綺麗な顔立ちの女性が、シズクとショーコをまじまじと見つめた。
「どなたかしら?」
女性が言うと、シズクは間髪入れずに答えた。
「サンーーー、いや、杉友香の娘の宮崎雫です。昨日電話で話した。こっちは親友の水木翔子」
はじめまして、とショーコが挨拶すると、あー、と女性は頷いた。
「え?やだ、本気で来たの?いや、お葬式の時は、建前で面倒見るとは言ったけどさー。あんなの本気にされてもねー」
サバサバと適当なことを言う女性に、シズクは血の繋がりを感じた。
私の血はここから来てるな。
「お世話になります。お部屋あがってもいいですか?」
わざとらしく礼儀正しそうに、シズクは言った。
この娘なんか腹立つわー、と女性は思いながら、笑顔を繕った。
「ああ、まぁいいよ。入んな。散らかってるけどね。お友達の方もどうぞ」
女性がそう言ったので、ショーコはお邪魔します、と頭を下げた。
シズクは中に戻っていく女性の代わりにドアを押さえると、小声でショーコに囁いた。
「絶対金持ってるよ、あのババア。根こそぎむしりとってやる」
面白くなりそうだなー、と揚々と部屋に入るシズクの背中を、ショーコは目を丸くして見つめていた。
シズクさん、やっぱりおかしい!でも好き。
心で呟きながら、ショーコもシズクの後に続いて部屋にあがった。




