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コラボカフェの代行を終えたシズクは、部屋に戻って特典のコースターやBIG缶バッジ、代行して買った数十点のグッズを写メしてDMで送り、梱包した。
梱包が終わり、郵便局が閉まるまで余裕があったので、翌日発送の約束だったが、当日に済ますことにした。その旨をDMで伝えると、丁寧過ぎる感謝とお礼の返信が返ってきた。
こちらこそタダ飯ありがとうございます、と返信したい気持ちだったが、相手の地雷になるかもしれないのでやめにした。
シズクはダンボール箱をエコバッグに入れて、郵便局へ向かった。
夕方の人恋しい空気の中、自転車を漕ぐ。スーパーマーケットに向かっているであろうママチャリに乗った女性や帰宅中の女子高生らとすれ違う。
高架下の道を行き、国道に出ると、郵便局はすぐそこだ。
郵便局に入り、窓口で荷物を預けて外に出ると、丁度レイジがスロープを上がってきていた。
「お、シズクちゃん」
シズクに気付いたレイジが右耳だけ付けていたイヤホンを外しながら、言った。
「何してんの、今日バイトは?」
パーカーのポケットに両手を入れて、シズクは訊いた。レイジはスタジオで働いている。
「休みだよ」
「けっ。飛んでプーにでもなったんじゃないのか」
「シズクちゃんじゃないし。俺はそんなことしない」
「飛ぶほどの思いをしたことないなんて、甘っちょろいじんせーい」
ふてくされたように、シズクは言った。
「何ふててんの?」
「えー別にーなんともありませんよー」
「あっそ。シズクちゃんは何してんの?」
地雷だったのか、とレイジは思いながら、話を逸らした。
「代行したグッズ送りに」
「あー相手の欲しいもの引けるんだっけ」
「そう、今では私に代行任せる人が後を絶たない」
得意気にシズクは言ったが、後を絶たないは嘘だった。
「えーそんなになってんの。凄いじゃん」
「まぁな」
シズクはこんな嘘に引っかかるなんて、レイジは褒めたらすぐ機嫌なおった、と互いのことを単純だなと思った。
「あ、シズクちゃんこの後予定ある?」
「ない」
「じゃあ晩御飯食べにいかない?」
「奢り?」
「お金持ってるでしょ、俺より」
「誘っといて女に払わす気?」
「いや、ママさんも誘いたいから。2人っきりだと、なんかあれじゃん。シズクちゃん居てくれたら気ぃ楽だし」
「そんな理由なら尚更奢れ」
「ママさんはちゃんと奢るよ」
「2人共奢れよ」
「それは流石にきついなー」
「サンはどうせ自分で払うって言うだろ。だから私を奢れ。そしたら私が誘ってやるよ。私が誘えばサンが来てくれる確率はあがる。お前が誘ったところで軽くあしらわれるだけだ」
うーん、とレイジは唸った。
「悪い話じゃないだろ。なんならいい頃合いで抜けてやるし」
「わかった。でも抜けなくていい。2人きりはまだ早いから」
「よし決まりだ」
シズクは喜んだが、まぁでもサンは誘いに乗らないだろうな、と現実的に考えていた。
シズクとレイジが喫茶サンに行くと、店は既に閉店し、サンは店内の掃除をしていた。
カラン、とドアを鳴らし2人が入ると、ちりとりに箒でゴミを入れていたサンが、肩越しに振り向いた。
「何、2人して」
素っ気なくサンが言った。
「ちょっとね。サンこのあと予定ある?」
シズクが訊くと、サンは壁に掛けてある時計を見た。
「もうすぐりえが来るから、2人で飲みに行くけど、何?」
「あーそうなの」
シズクは言いながら、レイジの方を見た。
「どうすんの?」
シズクの問いに、レイジは少し考えてから、サンに言った。
「俺とシズクちゃんも一緒に行っていいですか?」
「えー、なんで?」
シズクとレイジの方に向き直って、サンは言った。
「なんでって、その、、、」
レイジが答えられずにいると、2人の背後でカランとドアが鳴った。
「おっ、何?どうしたのおふたりさん」
言いながら入ってきたのは、喫茶サンでサンと共に働くショーコの母親の、りえだった。サンと同級生の45歳。細目の美人で、黒髪セミロングをウェーブさせている。
「いやぁ、ちょっと」
半笑いしながら、レイジが言った。
「2人がさー、一緒に飲みたいって」
サンが2人の向こうから言うと、りえは2人を見た。
「えーなんで?まぁ私は別にいいけど。サンは?」
「いいけどさぁ、なんで私達と行きたいの?2人で食べにいけば?」
サンは2人に訊いた。
レイジは返事が浮かばずシズクを見た。シズクは私?と驚いたように目を大きくしてから、一瞬考えてサンを見た。
「人生の先輩2人に、人生とはなんぞやのご教授を」
「嘘下手ね。レイジ君はともかく、あんたそんな気さらさらないでしょ」
疑わし気にサンが言った。
「バレた?いや、レイジがサンとご飯食べたいって言うからさー」
シズクはあっさりレイジの真意をばらした。バラされたレイジは顔を赤くして、俯いた。
そんなレイジを見てシズクは、可笑しそうに笑った。
「いや、照れんなよ。さっき私をダシにして誘うとか自信ありげに言ってたじゃん」
「言ってない、言ってない。そんなダシとかシズクちゃんをエサにして釣るようなことは」
頭を振って、レイジは否定した。
「シズクじゃ私は釣れないよ」
苦笑いを浮かべて、サンは言った。
「言ってないっす。思ってもないです。シズクちゃんが居れば、ママさんも気が楽かなと思っただけです」
「別にシズクが居たからってーーー」
言いかけて、サンはシズクと目が合った。シズクは別に何も気にしていなかったが、サンにはシズクが物悲しげな眼をしたように感じ、言葉を切った。
「まぁシズクはお酒飲めないし」
「ああ、そうだっけ」
「元々飲めないし、今は薬飲んでるから禁止なんだよ」
「薬って、どこか悪いの?」
「いろいろー」
シズクがはぐらかしたので、レイジはそれ以上は訊かなかった。
「シズクちゃん、飲めないならお店変える?」
りえがサンに言った。
「え?別にいいよ、飲めなくても食べるし。何処行くつもりなの?」
シズクはサンの方を見た。
「向こうの通りのちょっと坂を上がった所の焼き鳥屋」
「ああ、2、3ヵ月前に出来た所?」
「そう。でも4人も入れるかな」
「行ってみなきゃわからないね」
時計をちらりと見て、りえが言った。
「じゃあ先に3人で行ってて。もう少し片付けたら私も行くから。入れそうになかったら、電話して。別のとこにしよ」
「了解。じゃ行くよ、おふたりさん」
りえは言って、カランとドアを開けた。
「あ、はい」
レイジは一瞬、店に残ってサンを手伝おうかと思ったが、あからさま過ぎる気がしてやめにした。
「よかったな。4人になったけど、目的は達した」
シズクはバシッとレイジの肩を叩いた。
「りえさんにもバレて、クソ恥ずかしかったけど」
「まぁいいじゃん。奢りなの忘れんなよ」
「わかってるよ」
レイジは言い、りえに続いて外へ出た。シズクもその後に続く。
外はひんやり空気が冷たく、夕闇だった。
焼き鳥屋に入ると、店内にまだ客はいなかった。いらっしゃませ、とマスターが愛想良く挨拶する。
りえが4人と指で示し、後から1人来ます、と伝えると、マスターは、こちらに奥から詰めてお願いします、とカウンターを示した。
「サンが奥ね。次は私。私の隣はシズクちゃん」
りえが言うと、レイジはえっ、と少し気落ちした表情を見せた。
「サンとちょっと話たいことがあるから。若い子は若い子で盛り上がって」
りえは冷静に言うと、肩から下げていたバッグを床のカゴに置いて、椅子に座った。
「なんかあからさまにママさんから離されてない、俺」
シズクの耳元で、ぼそりとレイジは言った。
「親友なら変な輩から守るのは普通だろ」
素っ気なく言って、シズクはりえの隣に座った。
「変な輩、、、」
そんなことはない。これは純愛だ、と心で誓いながら、レイジも椅子に座った。
りえはスマホを取り出し電話を掛け、サンと話しはじめた。座れたことを伝え、メニューを手に取り注文を聞いている。
シズクもメニューを見たが、どれから頼むものなのかよくわからないので、適当に盛り合わせとチキン南蛮と焼きおにぎりを頼むことにした。
「飲み物は?レイジ君ビールでいい?」
スマホを耳から離して、りえが訊いた。
「ああ、はい」
「シズクちゃんは?」
「ウーロン茶」
水でいいんだけどな、と思いながら礼儀としてシズクは注文した。
「すいません、ビール3つとウーロン茶お願いします。ビールは1つ来た時にお願いします」
りえは言うと、2人に先に頼んでと言って、再びスマホでサンと話しはじめた。
レイジがメニューを見ながら注文し、シズクも注文を終えると、りえもスマホを切って、自分とサンの分の注文をした。
それから少し待って、3人分の飲み物が出されると、とりあえずお疲れ様、と3人は乾杯した。
「レイジ君、本気でサンのこと誘う気だったの?」
レイジの方を向いて、シズク越しにりえは言った。
「ああ、はい。本気っす」
咎める感じではなかったので、レイジは少し安心して応えた。
「冷やかしなら出禁だよ。まぁ、どっちにしてもサンは相手にしないと思うけど」
りえは冷めた口調で言って、ビールを流し込んだ。
「っていうか、なんでサンなの?女友達いっぱいいんじゃん。ショーコもいるし」
シズクはそう言って、ハッと何かを察した表情になった。
「レイジ、マザコン?」
「違うし。なんでそーなるの?年上好きになっちゃ駄目なわけ?」
「年上っつっても離れ過ぎだろ」
「関係ないよ。俺はママさんのこと、初めて見た時から好きだった」
「初めてって幾つの時だよ」
「中2の時」
「やっぱマザコンじゃん」
同情した顔で、シズクは言った。
「なんで?」
「母親みたいに愛してくれる人がいいんだろ」
「そんなん思ってないし。普通に一目惚れ」
レイジはきっぱり言い、ビールを飲んだ。
「じゃあ何、ずっと一途に童貞守り続けてんの?」
シズクの言葉に、りえはハハッと笑い、レイジはビールを吹き出しかけた。
「そんなわけないだろ!」
レイジは勢いよく否定した。
「こわっ。それでなんでずっと一途に思ってますな雰囲気出せんの?」
「どういうこと?」
「いや、サンのことガキの頃から好きとか言っててさ、他の女とやることやってんじゃん」
「それと好きは別の話じゃない?」
真顔でレイジは言った。
「お前クズなの?」
「急に口悪っ。シズクちゃんこそ、そんな喋り方で純なの?」
「はぁー?私のどこが純ですかー?クズにクズって言っただけですけどー!」
「図星じゃん。っていうかクズじゃないし。普通だよ、普通。シズクちゃんが純なだけ。ですよね?りえさん」
レイジは同意を求めたが、りえは半笑いで微妙な顔をした。
「まぁ若者の感覚はわからないけど、今の話聞いてる感じじゃ、レイジ君は出禁ね」
「えーなんでー??」
「純じゃないからどぅえす!」
ガンを飛ばすようにレイジを睨みながら、シズクは言った。
「何怒ってんの?からみ酒?あ、ウーロン茶でしたね」
また何か地雷だったのか、とレイジは思いながら、ビールを飲んだ。
「あー馬鹿にしたな!酒飲めないの馬鹿にしたな!」
「してないよ。面倒くさいよ、シズクちゃん」
レイジがシズクをあしらったのと同時に、引き戸がガラガラと開いた。
レイジが肩越しに振り返ると、サンが引き戸に右手をあてて、顔を左に向けて何かを見つめながら立っていた。横顔が綺麗だ、とレイジは思った。サンは仕事中は束ねている髪を下ろしている。
いらっしゃいませ、とマスターが愛想良く言った。
サンは前を向くと、レイジには視線を向けず、こんばんは、とマスターに挨拶して、レイジを睨んでいるシズクの頭をポンポンと軽く叩いて、りえの隣の椅子に座った。
「マスター、ビールお願い」
りえが言うと、マスターは、すぐお出しします、と明るく返した。
「交差点に誰かいたみたい」
座るなり、サンはりえに言った。
「え?誰かって?」
要領を得ず、りえは訊き返した。
「タレントかな。若い子がキャーキャー言ってた」
「こんなトコに?」
「すぐタクシーに乗ったから誰かわからないけど、女の人」
「何してたんだろ、こんなトコで。誰か知らないけど」
「神社かな。それくらいしかないよね」
「夕方に?恋人でもいるんじゃないの、この辺に」
「だとしたら軽率だね」
サンが言ったのと同時に、ビールですどうぞ、とマスターがサンの前にビールを置いた。
ありがとうございます、とサンは言い、ジョッキを持った。
「みんなお疲れさまー」
サンは言って、ジョッキを持ち上げた。
それに合わせて、りえとレイジはジョッキを、シズクはグラスを持ち上げて、それぞれお疲れ様です、と言って、乾杯をした。