17
2人が喫茶サンに戻ると、まだ店の明かりはついていて、サンがカウンターの椅子に座って、スマホを見ていた。
仕事中は束ている髪を、ほどいている。
サンは肩越しに振り返って2人を見ると、おかえり、と言ってからまたスマホに視線を戻した。
「最悪だったよ、やっぱり追い出された」
シズクはいいながら、サンの下へ歩いて行くと、その隣に座った。
「そう。MAYさんのことは、好きになれた?」
「別に変わんない。よく考えたらMAYのファンと会ったって、意味ないよ。本人に土下座でもしてもらわないとさ」
「するわけないでしょ。シズクの逆恨みなんだから」
サンは苦笑しながら言うと、シズクの後ろで立っているショーコを見た。
「ごめんね、ショーコちゃん。せっかくみんなで集まったのに」
「いいんです。どうせDMでしかやりとりのない他人だし」
ショーコは答えると、シズクの隣に座った。
「冷めてるよな、ショーコ。ドライっつうの?」
ショーコの方を見て、シズクは言った。
「実際に関わる人を大事にしたいだけ」
「ネットも現実の繋がりじゃねーの?古風なんだな」
「新しいも古いもないと思う。直接会って感じることがすべてだし、私には。今日のみんなは、私が思ってたのとは違う感じだったし、やっぱりシズクさんの方が大事」
「あんたいつから、そんなに私のこと好きになった?」
悪戯に笑って、シズクは言った。
「えー、言わない」
「なんでだよ。ま、別にいいけどさ」
シズクは言い、サンの方に顔を向けてから、続けた。
「そういえば、レイジはあの後すぐ帰ったの?」
「帰ったわよ。ちょっと話してから」
サンはスマホに目をやりながら、言った。
「何話したの?」
「シズクのこと。シズク、パチンコに並んでる人達に、小声で悪態ついてたの?」
「ああ、だってクズの極みだろあの連中」
「やめて。いつか気づかれて喧嘩になるよ」
「大丈夫だって。そういう時は精神異常者振るから。奇声とかあげて」
「人に病気のこと話されるのは嫌なのに、そういうことはするの?」
ショーコが言うと、シズクは真顔になった。
「生きる術だよ。利用できる時は利用する」
「悪態吐かなきゃいいだけでしょ」
呆れた様子で、サンが言った。
「吐かずにいられる?朝から不毛な時間過ごすことに生き甲斐を見出してる連中を目の当たりにして。何もかも無駄にしてんじゃん。自分の時間も、パチンコがあるが為にそこで働くことになった店員の人生も。人の人生まで台無しにしてんだよ、ああいう連中は」
「別にやってる人達が作ったわけじゃないんだから」
「やらなきゃ潰れるんだから、やんなきゃいいだろ。考えもせずに座って手首回すことだけに金注ぎ込んでさ、どういう思考回路でああなるのかわかんねー」
「買ったらお金稼げるし、夢見てるんだよ」
ショーコが言うと、シズクは鼻で笑った。
「普通に働きゃいいだろ」
「転売してるシズクさんが言う?」
「私はいいんだよ。ちゃんと人生自分で創ってる自覚あるから。あの連中はただ惰性に流されてるだけじゃん」
「よくわかんない」
「とにかく、もう悪態は吐かないでね」
サンが割って入り、キツく言うと、シズクは、はいはい、と適当に返事をした。
「ああ、それからシズク。自分と同じ服装の女の子見て、どこかの組織が私のなりすましを作ってるとか変なこと言ったの?」
「半分冗談だって。本気でそう思ってた時もあったけど、症状ひどい時は」
「今は本気で思ってないのね?」
「大丈夫だよ。でもあれは髪型から持ってるバックまで私と一緒だったから、流石に気味悪かった。降りる駅まで一緒だったし」
「えー、ちょっと怖い」
ショーコが怖がって、言った。
「だろ?ほら、まともなショーコでもこうなんだから、病んでる私が見たら、変な妄想掻き立てられるのは普通だろ」
サンは、うーん、と唸ってから、またスマホに目をやった。
「さっきから何見てんの?」
訝し気に、シズクは言った。
「フリマサイト。5年くらい前にメジャーデビューしてすぐにいなくなった子のインディーズ時代のアルバムが出品されてて、迷ってるの」
「サン、邦楽聞くの?」
「ほとんど聞かないけど、この子はジャズ調で歌詞も英語だし、インタビューでお母さんが大好きって言ってて、こんな可愛い娘いたらなぁって思って応援してたから」
「いるじゃん、可愛い娘ならここに」
「そうでしたね」
素っ気なく、サンは言った。
「不服か、私じゃ」
「まぁ、理想とは違ったわね」
「自分で育てないからだろ。サンに育てられてたら、私もこんなに性格歪んでなかったよ、きっと」
「どうかしらね。私も若い時は、斜に構えた所があったから」
「だったら遺伝か、この性格も病気も」
言ってから、あっ、とシズクはショーコを見た。
「大丈夫。誰にも言わない」
ショーコは親指を立てて、キリッとした顔でシズクとサンを見た。
「まぁ、りえさんも知ってるし、いつかはショーコにはバレただろ」
「母も大丈夫です。口は固いから」
「それは知ってる」
サンは言って、溜息を吐いた。
「どうしようかな、明日から。12月は閑散期だから、1人でも出来ないことはないんだけど」
「え?母と何かあったんですか?」
「ちょっとね。喧嘩しちゃって」
「驚く勿れ。サンが原因でりえさんが犯されちゃったんだよ、高校時代に」
「ちょっと!!」
サンは思わず、シズクの肩を叩いた。
「いいじゃん、知っとくべきだって、こういうことは」
呑気にシズクは言った。
「ごめん、ショーコちゃん。こんな話、私達から聞きたくなかったよね」
ショーコは、ぽかんとした表情で、シズクとサンを見ていた。
「驚き過ぎて、声も出ないか」
シズクが言うと、ショーコは頭を振った。
「いえ、知ってました、父から聞いて、そのことは。原因は聞いてなかったですけど」
「なんだ。よく話したな、お父さん」
「母が異常に私の心配した時期があって、その時に見かねたのか、話してくれました。ただ、父も多分そういう目に遭ったんじゃないかって、あやふやな感じでしたけど」
「まぁ、言えないよな、普通は。引く男もいるだろうし、そんな話されたら」
「車が近くを通る時に異様に怖がったり、夜の雰囲気とかで、何となく気づいたみたいです」
「車で拉致されたのか。まぁー、エロ動画とかではあるけど、実際にあるんだな」
「何見てるの、シズク」
不安気にサンが言った。
「興味本位でちょっと見ただけだよ。連れ去られる所までで、最後までは見てない」
「絶対見ないでそんなの」
「見るわけないだろ。誰が好き好んで見るんだよ」
「そういうのが好きな男の人っていますよね。前の彼氏がそうだった」
ショーコがぽつりと言うと、シズクとサンは目を丸くした。
「男運ねぇな」
「別れて正解。絶対駄目、そんな男の人」
「別れ話したら、無理矢理されそうになって、逃げた後にレイジが来てくれて、怒鳴り込んで別れさせてくれたんです」
「サンに取り憑かれてなきゃ、良い男だな、レイジは」
「今は男らしさのカケラもないわね、レイジ君」
「そうですね」
「まぁ、ヤラレなくてよかったよ。母娘がそんな経験するなんて、シャレになんないしな」
「不幸な女は母譲りかなぁ」
ハハハ、と苦笑いをショーコは浮かべた。
「りえは不幸な女じゃないと思うけどね。私のせいで最悪の経験させちゃったけど、本来は不幸なんて言葉は似合わないくらいだから」
「どっかのお嬢様だったんだっけ?」
シズクがショーコに訊くと、ショーコは、うん、と頷いた。
「大物政治家の娘だったみたい」
「それが何でサンと同じ高校なの?」
「自由奔放な性格だったから、政治家のお父さんが自由な方がいいだろうって、普通の高校に通わせたんだって」
サンが言うと、ショーコも頷いた。
「へー。そんな感じしないけど、今のりえさんは。いかにもお堅いお嬢様がそのまま大人になりましたって感じがする」
「そうかな。確かに真面目だけど、家では結構ダラダラしてるよ。お酒も飲むし煙草も吸うし」
「あー、高校の頃からね、吸いはじめたの。最初はよくむせてたわ」
「不良じゃん」
「でも先生に見つかっても、何も言われなかった。よっぽどお父さんの権威が凄かったんだと思う」
「学校で吸ってたの?親が権力者だからって、舐め腐ってんな」
可笑しげに笑いながら、シズクは言った。
「えー、自分はそんなだったのに、私にはちゃんと働きなさいとか言うのなんかズルいー」
ショーコはふてくされた顔をした。
「親になったら子供にはみんなそうなるわよ」
微笑して、サンは言った。
「っていうか、だったらりえさんを襲ったヤツらって相当バカだよな。そんな権力者の娘襲って、タダで済まないだろ」
「多分、みんな学校退学になったと思う。よく覚えてないけど、表向きは万引きで捕まったからって話だった気がする」
「絶対復讐されてんだろ。ケツでも掘られてんじゃねーの」
悪魔の笑みを浮かべ、シズクは言った。
「子供の時に一度だけお祖父ちゃんに会ったことあるけど、そんなことするような感じじゃなかったけどなー」
ショーコが記憶を辿るように視線を上に向けて、言った。
「裏の顔なんてわかんねーって。政治家なんて特に」
「りえも私に何かするような馬鹿はいないからって、高くくってたから、本当に権力はあったんだと思うけど」
「よっぽどサンが憎かったんだろうな、その連中。サンへの腹いせにやったんだから。っていうか、サン何やったの?」
「別に、一度りえと放課後教室に居た時に、私達を襲おうと企んでる感じだったから、りえと逃げて、去り際に、レイプは考えただけで犯罪だからね!この街で女子に何かあったら犯人はあんたらだって言ってやるって、大声で言っただけ」
「それだけ?まぁ、鼻にはつくな」
「後は、その連中が女の子口説いてる時に、後ろを通って、この人達レイプが目的ですよー、って呟いたくらいかな」
「完全に喧嘩売ってんじゃん」
「当然だよ。あんな連中許せない」
「最低。言われて当然なのに、根に持って逆恨みでお母さん襲うなんて」
ショーコがやるせない様子で、言った。
「まぁ、サンが何も言わなきゃ、何にも起こらなかったかもしれないけど」
冷静にシズクは言った。
「関係なく、きっとあの連中はやってたと思う。私かりえか、他の誰かを」
半分自分に言い聞かせるように、サンは言った。
「まぁお父さんに復讐する力がある、りえさんでよかったと言えばよかったかもな。ヤられて泣き寝入りなんて虫酸が走るから」
「地獄を味わえばいい」
ショーコが怒りのこもった声で言った。
「りえはされた後、その足でそのまま警察に行ったって言ってた。完全な証拠をそのまま残す為に。私を守る為だって言ってた」
サンの声が涙声に変わった。目を潤ませている。
「されてる最中に耳もとで、あの女もヤってやる。ヤッてる時にお前のことヤッたこと、言ってやるよ、って囁かれたって」
「はぁ!?殺すぞ、そいつ」
シズクが怒って言った。
「許せない。復讐したい」
ショーコの声も怒りで震えている。
「だからりえは、本当は死にたいくらい辛いはずだったのに、私の為に警察に行って、、、なのに私、りえに自分のトラウマから逃げる為に私を守ってるみたいに言って、最悪。それで怒っちゃったの、りえ」
「まぁずっと隠されてたんだし、そういう感情になるのも普通だって」
慰めるように、シズクは言った。
「お母さん、可哀想。帰ったら、私ママさんが落ち込んでたって言う。そんな辛い思いまでして、親友もなくすなんて絶対やだ。見てられない」
「今はそっとしてあげて。多分、私の話なんてしたくないと思う」
右手の甲で涙を拭きながら、サンは言った。
「レイプだけじゃなくて、親友の仲まで引き裂こうとするなんて、マジでゲスのゲスだな。マジで殺してやりたい。名前覚えてないの?SNS特定して、晒してやりてー」
「やめて。シズク本当にやるだろうから、言わない」
「あ?なんで。サンも許せないんだろ?」
「怒りに任せちゃ駄目。自分の心を蝕むだけだから。もっと大切にしなきゃ、自分を」
「またスピみたいなこと言ってさ、自分の感情には従うべきなんだよ。サンは私がレイプされても同じこと言える?絶対殺しに行くだろ?その時自分を責める?責めるとして、なんで責めるの?当たり前じゃん、自分の愛する人が酷い目にあったら、復讐したいと思うのは。そこから目を背けて、自分を大切にしてるって言えんの?」
「復讐なんかしたって、良いことなんかないって」
「良い悪いは自分で決めんだよ。どんなことだって」
「だったら、レイプした連中だって、自分がして良いと思ったら、して良いことになるの?」
「まぁ、そうとも言えるな」
「何それ。おかしいよ、シズク」
「そういうもんなんだって、この世界は。じゃなきゃ犯罪も戦争も起きないんだから。何でもしていいし、何でも出来るようになってんだよ」
「シズクのそういう考えは、何処から来てるの?あの人から?」
疑心の眼で、サンはシズクを見た。
「色々見たり、読んだり、自分で考えたり。くそオヤジのは見ないから知らないけど。私は至って普通だと思ってるよ、自分のことは」
「変だよ。何してもいいなんて」
「してもいいけど、やった代償は払うとは思ってるよ。ルールがあるからな、この世は」
「ルールとか関係なく、駄目なものは駄目」
「頭堅いからな、サンは」
皮肉笑って、シズクは言った。
「ショーコちゃんはどう思う?」
サンが訊くと、ショーコは苦笑した。
「私はよくわかんない、そういうの。でもトンデモな発言するシズクさんは見てて面白いです」
「もう信者だな、私の。私のプレミアファンクラブのNo.1会員にしてせんじよう」
「普通のもないのに、いきなりプレミア」
ショーコは笑って言った。
サンはふと高校時代の自分とりえを思い出した。
似たようなことを言っていた。りえに自作の歌を聞いてもらって、りえは笑いながら聞いてくれて、りえは私の1人目のファンだからね、と歌い終わってから言うと、ファンになるかは私が決めるし。勝手にファンにしないで、と言って、また笑った。
育てることはしなくても、自分の娘が、親友の娘と同じように絆を深めているのを見ると、サンはこの子を産んでよかったと改めて思った。自分が得た同じ喜びを与えることが出来たのだ。病気や苦しい体験ばかりじゃない。
当時と自分とりえとは、似ても似つかないけれど、と考え、サンは思わず、笑みを漏らした。
「何笑ってんだよ。怒ったり笑ったり、感情の幅ひでぇな。薬飲んでんだよな?」
「飲んでるわよ。それに怒ってないから」
「サンは真面目になると怒ってるように見えるんだよ」
「ああ、あの人にもよく言われたわ」
サンは少しげんなりした様子で言った。
「嫌そうだな」
「あの人のDNAも受け継いでるんだなって。私だけならよかったのに」
「それは私も思うよ。でも、私ってサンにもくそオヤジにも似てないよな。取り違えとかじゃないの?DNA検査する?」
「それで違ったら、シズクの人生波瀾万丈ね」
「既にそうだけどな」
「ええー、でもシズクさんとママさんどことなく似てますよー」
朗らかに、ショーコが言った。
『どこが?』
2人で声を揃えて、シズクとサンは素っ気ない感じで言った。
そういう所が、とショーコは思ったが、具体的に説明できないので、
「どことなくでーす」
と適当に答えた。
「ま、今更血繋がってないからって、もう他人にはならないし、どっちでもいいけど」
シズクが言うと、サンは目を丸くした。
「私はどうかな」
「薄情だな。これだけ親子みたいにしといて」
「それは娘だから出来るのよ」
「そういうものなの?」
「そうよ。シズクは育てのお母さんが酷かったから、理想のお母さん探してる所もあると思うよ」
「ああー?まぁそんなもんか?わからないけど」
「お母さんともちゃんと向き合って見たら?」
「無理だって。そんな話できる人間じゃないから」
「いつか会った時は普通に見えたけど」
「外面はいいんだよ」
「私に気付いても、シズクには言わなかったし、気遣いが出来る人だと思うけど」
「自分のプライドが許さなかっただけだって。私への嫌がらせもあるよ。そういう女だから」
「そうなの?」
納得できない様子で、サンは言った。
「何も知らないだろ、サンは」
「まぁ、、ね」
サンは言うと、何かを思い出しているように遠くを見た。
「何?何考えてんの?」
「別に。自分の感覚もあてにならないなーって」
「そういうもんだろ。他人なんて、自分が感じた側面しかわからないんだから」
「そうね」
サンは言うと、椅子から立ち上がった。
「そろそろ帰るわ。シズクどうする?こっちに来る?」
「今日はいいよ。上で寝る」
「そう。じゃあ、ショーコちゃんお疲れ様」
サンが言うと、ショーコもお疲れ様です、と答えた。
「さっ、帰った帰った、2人共」
サンは言いながら、カウンターの中に入って行った。
シズクとショーコも椅子から立ち上がり、ドアへ向かう。
「おやすみなさーい」
ショーコがドアの前から言うと、サンは2人に背を向けながら、はーい。おやすみー、と返した。
シズクは何も言わずにドアを開けて、外へ出た。カラン、とドアが鳴る。




