15
りえの言う通り、ずっと認められなかった、とサンは言った。
外は夜の帷が降りていた。
サンは冷静さを取り戻し、シズクに本当の自分を話していた。
シズクと似た環境で過ごし、高校時代に精神のバランスが崩れたこと、卒業してから精神科を受診して安定したこと。
安定していると、自分が精神を病んでいることを忘れがちになること。
シズクが自分のせいで病気になったと思いたくなくて、りえには自分はおかしくないと言い続けたこと。
「りえは、気付いてたと思うけどね。高校時代の私、相当変だったから。しっかりしてると思ったら、急に子供みたいになったり、変な正義感で不良に喧嘩売ったり」
サンはカウンターの椅子に腰掛けている。いつもシズクが座っている、1番奥の椅子に。
「喧嘩売るのは、本来の性格じゃないの?前にさ、レイジのバンドのドラムが変な宗教に勧誘されそうになった時、怒ってその客出禁にしたじゃん」
シズクは椅子に座り、カウンターに頬杖をついて、言った。
「あれは本当に嫌だったのよ、あの人、見境なく他のお客さんに声掛けるから」
「営業妨害で訴えりゃ良かったのに」
「しつこく来たら、考えたけど。あれから来ないし」
「マザーなら、住所とか特定して訴えただろうな」
悪戯にシズクは笑った。
「なんでお母さんのこと、マザーって呼ぶの?」
「皮肉だよ。マザーテレサからかけ離れてるって。それにお母さんとは呼べないくらい、私に対する態度は酷かったし」
「私の母親も似た感じかな。シズクと同じで、血の繋がりはなかったけど。でも、仕方ないと思ってた。本当の母親じゃないって、言われ続けてたから」
「私もわかってたら、楽だったかもな」
「楽じゃないよ、どっちにしたって」
「っていうか、血の繋がりとか関係なく、親に酷いことされると、こういう病気になるもんなの?」
「本当のところの原因はわからないって、先生は言ってるけど。人によるんじゃない?」
「あてになんないけどな、医者の言うことなんて」
「本当に医者嫌いよね、シズクって」
「あー、嫌いっていうか、信じてない」
「でも根深い。病院連れて行くの大変だったもん」
「そうだったな。くそオヤジまで呼んで、入院させようとしたよな。気晴らしにドライブ行こうとか言って、騙して私を連れ出して」
「ああでもしないと、シズク絶対病院行かなかったでしょ」
「あれな、結局私の意志がなきゃ、入れないんだよ、あそこには」
「知ってる。ハッタリだった」
「あれが親子3人初めて揃った瞬間だな」
「正確には2度目ね。シズクが赤ちゃんの時、あの人に直接預けたから」
シズクは、なんで自分を手放したのかには、触れなかった。さっき言っていた、自分が恨まれるかも、というのが本音なのだと思うことにした。
「よく引き取ったよな、くそオヤジも。幾らマザーがいたらからって、、、あれ?」
シズクはあることに気付いて、喋るのをやめた。何故すぐ気付かなかったのだろう。私がサンの娘ってことは、アカネは。
「アカネって、誰の子?」
サンの娘ではないよなぁと思いながら、シズクは訊いた。
「お姉さん?お母さんの連れ子だったと思うよ。確か、シズクを引き渡した時にも居たと思う」
「くそオヤジだと、わかんないな。サンと付き合ってる時に出来た子かも」
「流石に、それは、、、。でも言い切れない。私もよくわからないし、あの人のこと」
「アカネは知ってたのかな、私と血繋がってないこと」
シズクは思い返してみたが、アカネからそんな素振りを感じたことはなかった。
「どうなんだろうね。優しかったの?お姉さん」
「菩薩だったね。どうやったらあの両親からああ育つのかわからないほど。私なんかモロにマザーの影響受けてんのに。まぁ私よりは愛されていたけどさ」
「生まれつき持ってるものもあるよ。連れ子だとしたら、父親の遺伝かもしれない」
「あーかもかも。もしアカネみたいな父親だったら、マザーといるのは絶対無理だ」
はっはっはっ、とシズクは笑った。
「さしずめ捨てられて、くそオヤジが弱ってる所につけ込んだんだろ」
「嫌な言い方」
「運命の出会いなんて甘いこと、あの2人にあるわけねーよ」
「まぁ私との出会いも運命的じゃなかったけど」
「どんなだったの?サンとの出会いは」
興味津々に、シズクは訊いた。
「カフェでお客さん同士が揉めて、あの人は近くで座ってたのに、何にもせずに座ったまま本読んでて」
「くそオヤジらしいな」
「私が止めに入って、店長も間に入ったんだけど、それでも収まらなくて。それでもあの人はずーっと我関せずに本読んでて」
「ビビってたんじゃないの?」
「それならまだ良いけどさ、会計の時に私が冷静なんですね、って皮肉で言ったら、初めて来たお店の店員である君達を助ける義理はない、とか言ってさ、なにこの人ムカつく、って思ったの覚えてる」
「クソだな。なんでそんなクソが愛の伝道師とか言われてんだろな。世の中どうかしてる」
「本当に。私もどうかしてたなぁ。あの人は作家で私は歌。夢追う者同士っていう関係性に夢見ちゃったのかな」
「サン、歌手目指してたの?」
「まぁ当時は本気だったけど、振り返ると遊びみたいなものね」
「そういえば歌上手いよね、膝枕してもらった時によく歌ってくれた」
「人より少し上手い程度ね」
「私は好きだけどね。安心するっていうの?ヒーリング効果?」
「そんなの感じるの、シズクだけだと思うよ」
ははっと、サンは笑って言った。
「そうかな」
シズクは言い、ふと窓の外を見た。植え込みの前に誰かが自転車を止めた。よく見ると、レイジとショーコだった。
「レイジじゃん。なんだよ、こんな時間に」
カラン、とドアが鳴り、レイジとショーコが入ってきた。
「こんばんは。シズクちゃん、やった!」
入ってくるなり、レイジは興奮気味に言った。
「何だよ」
「MAYのラストライブのチケット取れたよ!」
「あー。忘れてた。よかったな。2人共当たったの?」
「いや、俺だけだけど、2枚で申し込んだし」
「そうだったな。いいじゃん、2人で行けて」
「ありがとー、シズクさん」
にこやかに、ショーコが言った。ショーコは髪を茶髪にしてポニーテールに変えてから、性格まで変わっていた。
「いいよ、別に。私は何にもしてないし」
「そんなことないよ。私達だったら絶対落ちてた」
そうそう、とレイジは頷いた。
「変わんないと思うけどね。あんたら、これからどっか行くの?」
「あーうん、皐月のみんなで集まってオフ会」
「そう」
「シズクちゃんも来る?」
「なんで。私は好きじゃないし、MAY」
「昔はライブ行ってたんでしょ?」
レイジは言ってから、しまった、という顔をした。ショーコが同時に、ちょっと、とレイジの腕を引いた。
レイジはショーコに、ごめん浮かれすぎた、と謝った。
「あー?言ったっけ?」
シズクは眉を寄せて、記憶を辿った。
「いや、お父さんから聞いた」
レイジは素直に事実を言った。
「くそオヤジか。ったく、人のプライバシーを。じゃあ、全部知ってんの?」
「ああー、まぁ大方」
レイジは答え、ショーコも頷いた。
「あんたら、知ってて私にチケット頼んだわけだ」
「ああ、ごめん。深く考えなかった」
「まぁいいけどさ」
諦めたように、シズクは言った。
「シズクちゃん、MAYのこと恨んでんの?」
「恨んでるな。いいだろ別に」
「なんで?お父さんの話だと、MAYが悪い感じはしないんだけど」
「MAYがいなきゃ、何も起こらなかったんだから、恨まれて当然じゃん」
シズクは言ってから、ハッとなってサンの方を見た。サンは気にする様子もなく、宙を見つめていた。
「逆恨みっていうんだよ、そういうの」
「違うくね?」
「MAYはみんなの為にライブやってんのに、それで起きたことをMAYのせいにするのはどうかと思う」
「私がどう思おうが私の勝手だろ」
「駄目だ。皐月の一人として見過ごせない。シズクちゃんだって、本当は自分が悪いってわかってんでしょ?」
「私の何が悪いんだよ」
喧嘩腰に、シズクは言った。
「何がって。シズクちゃんがチケット忘れたからお姉さんはーーー」
レイジが言い切る前に、ショーコがそれは駄目だよレイジ、と小声で言い、腕を引いて止めた。
言いかけたレイジの言葉の先をシズクはもちろん、わかった。
シズクは俯いて、深くため息を吐いた。
「そうだよな。私のせいだよな。私が悪いんだよな」
怒気を纏った声で、シズクは言った。
「シズク、落ち着いて」
サンが立ち上がって、シズクに近づいた。
「レイジ君、もう帰ってくれる?」
冷ややかな口調でサンに言われ、レイジは少し狼狽てから、わかりました、と言って、ショーコの手を引っ張って立ち去ろうとした。が、ショーコが踏ん張ったので、レイジは前につんのめって、立ち止まった。
「何?行こうよ、もう」
肩越しに振り返って、レイジは言った。
「駄目だよ。このまま放ったら。シズクさんも連れて行こう、オフ会に」
「はあ?無理じゃん。みんな嫌がるって、MAYのこと恨んでるのに」
「大丈夫だよ。今日集まる人達、みんな1度はMAYから離れたことある人だから」
「え?そうだっけ?」
「そうだよ。ねぇ、シズクさん、一緒に行こう」
ショーコがシズクに言うと、シズクは苛立だしく、行くかよ、と返した。
「レイジは帰らせるから」
ショーコは何も考えずに、その方が良さそうなのでそう言った。
「はあ?なんでそうなるの?行くし、俺」
「いいでしょ、誰も気にしないからレイジが来なくても。なんなら、今ここでみんなにDMしようか?」
「何?マジで言ってる?ショックなんだけど」
「シズク、行った方がいいと思う」
サンが言うと、シズクはサンを睨んだ。
「なんで?行ったって私が嫌な思いするだけじゃん」
「そうだろうけど、人を恨むって、そういうことなんだよ。どこかで自分も恨まれたり嫌がられたりするんだから。やめようよ、もう。これからは、そういうのはやめて、生きていこう」
「やめて私はどうなんの?私のせいでアカネは死んだって、私はそう思ってこれから生きていかなきゃいけないの?そんな苦しい思いさせたいわけ?」
「違う。シズクのせいじゃないから。恨むのをやめるだけでいい」
「そんな都合良くいくかよ」
「いかせて、都合良く。それでいいから。恨まなくていい。自分のせいだって思わなくていい。その方が楽でしょ?」
「ああ、流石、子供を捨てた無責任な親の言うことは違うよ」
「皮肉言って誤魔化さないで。シズクもその方がいいと思うでしょ?」
シズクは少し思案を巡らせて、苛立ちを隠さず、頭をガリガリと掻いた。
「ああ、もう、知らないからな。私は変わんないからな。それでいいなら、行ってやるよ」
「だ、そうです。いい?ショーコちゃん?」
「大丈夫です!」
ショーコは右手でピースすると、そのままその指先をこめかみに当てた。
「いや、絶対大丈夫じゃない、、、」
レイジが不安気に呟いたが、ショーコは聞こえないフリをした。




