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グッバイ ハイドアウェイ  作者: 宗あると
15/22

15

 りえの言う通り、ずっと認められなかった、とサンは言った。

 外は夜の帷が降りていた。

 サンは冷静さを取り戻し、シズクに本当の自分を話していた。

 シズクと似た環境で過ごし、高校時代に精神のバランスが崩れたこと、卒業してから精神科を受診して安定したこと。

 安定していると、自分が精神を病んでいることを忘れがちになること。

 シズクが自分のせいで病気になったと思いたくなくて、りえには自分はおかしくないと言い続けたこと。

 「りえは、気付いてたと思うけどね。高校時代の私、相当変だったから。しっかりしてると思ったら、急に子供みたいになったり、変な正義感で不良に喧嘩売ったり」

 サンはカウンターの椅子に腰掛けている。いつもシズクが座っている、1番奥の椅子に。

 「喧嘩売るのは、本来の性格じゃないの?前にさ、レイジのバンドのドラムが変な宗教に勧誘されそうになった時、怒ってその客出禁にしたじゃん」

 シズクは椅子に座り、カウンターに頬杖をついて、言った。

 「あれは本当に嫌だったのよ、あの人、見境なく他のお客さんに声掛けるから」

 「営業妨害で訴えりゃ良かったのに」

 「しつこく来たら、考えたけど。あれから来ないし」

 「マザーなら、住所とか特定して訴えただろうな」

 悪戯にシズクは笑った。

 「なんでお母さんのこと、マザーって呼ぶの?」

 「皮肉だよ。マザーテレサからかけ離れてるって。それにお母さんとは呼べないくらい、私に対する態度は酷かったし」

 「私の母親も似た感じかな。シズクと同じで、血の繋がりはなかったけど。でも、仕方ないと思ってた。本当の母親じゃないって、言われ続けてたから」

 「私もわかってたら、楽だったかもな」

 「楽じゃないよ、どっちにしたって」

 「っていうか、血の繋がりとか関係なく、親に酷いことされると、こういう病気になるもんなの?」

 「本当のところの原因はわからないって、先生は言ってるけど。人によるんじゃない?」

 「あてになんないけどな、医者の言うことなんて」

 「本当に医者嫌いよね、シズクって」

 「あー、嫌いっていうか、信じてない」

 「でも根深い。病院連れて行くの大変だったもん」

 「そうだったな。くそオヤジまで呼んで、入院させようとしたよな。気晴らしにドライブ行こうとか言って、騙して私を連れ出して」

 「ああでもしないと、シズク絶対病院行かなかったでしょ」

 「あれな、結局私の意志がなきゃ、入れないんだよ、あそこには」

 「知ってる。ハッタリだった」

 「あれが親子3人初めて揃った瞬間だな」

 「正確には2度目ね。シズクが赤ちゃんの時、あの人に直接預けたから」

 シズクは、なんで自分を手放したのかには、触れなかった。さっき言っていた、自分が恨まれるかも、というのが本音なのだと思うことにした。

 「よく引き取ったよな、くそオヤジも。幾らマザーがいたらからって、、、あれ?」

 シズクはあることに気付いて、喋るのをやめた。何故すぐ気付かなかったのだろう。私がサンの娘ってことは、アカネは。

 「アカネって、誰の子?」

 サンの娘ではないよなぁと思いながら、シズクは訊いた。

 「お姉さん?お母さんの連れ子だったと思うよ。確か、シズクを引き渡した時にも居たと思う」

 「くそオヤジだと、わかんないな。サンと付き合ってる時に出来た子かも」

 「流石に、それは、、、。でも言い切れない。私もよくわからないし、あの人のこと」

 「アカネは知ってたのかな、私と血繋がってないこと」

 シズクは思い返してみたが、アカネからそんな素振りを感じたことはなかった。

 「どうなんだろうね。優しかったの?お姉さん」

 「菩薩だったね。どうやったらあの両親からああ育つのかわからないほど。私なんかモロにマザーの影響受けてんのに。まぁ私よりは愛されていたけどさ」

 「生まれつき持ってるものもあるよ。連れ子だとしたら、父親の遺伝かもしれない」

 「あーかもかも。もしアカネみたいな父親だったら、マザーといるのは絶対無理だ」

 はっはっはっ、とシズクは笑った。

 「さしずめ捨てられて、くそオヤジが弱ってる所につけ込んだんだろ」

 「嫌な言い方」

 「運命の出会いなんて甘いこと、あの2人にあるわけねーよ」

 「まぁ私との出会いも運命的じゃなかったけど」

 「どんなだったの?サンとの出会いは」

 興味津々に、シズクは訊いた。

 「カフェでお客さん同士が揉めて、あの人は近くで座ってたのに、何にもせずに座ったまま本読んでて」

 「くそオヤジらしいな」

 「私が止めに入って、店長も間に入ったんだけど、それでも収まらなくて。それでもあの人はずーっと我関せずに本読んでて」

 「ビビってたんじゃないの?」

 「それならまだ良いけどさ、会計の時に私が冷静なんですね、って皮肉で言ったら、初めて来たお店の店員である君達を助ける義理はない、とか言ってさ、なにこの人ムカつく、って思ったの覚えてる」

 「クソだな。なんでそんなクソが愛の伝道師とか言われてんだろな。世の中どうかしてる」

 「本当に。私もどうかしてたなぁ。あの人は作家で私は歌。夢追う者同士っていう関係性に夢見ちゃったのかな」

 「サン、歌手目指してたの?」

 「まぁ当時は本気だったけど、振り返ると遊びみたいなものね」

 「そういえば歌上手いよね、膝枕してもらった時によく歌ってくれた」

 「人より少し上手い程度ね」

 「私は好きだけどね。安心するっていうの?ヒーリング効果?」

 「そんなの感じるの、シズクだけだと思うよ」

 ははっと、サンは笑って言った。

 「そうかな」

 シズクは言い、ふと窓の外を見た。植え込みの前に誰かが自転車を止めた。よく見ると、レイジとショーコだった。

 「レイジじゃん。なんだよ、こんな時間に」

 カラン、とドアが鳴り、レイジとショーコが入ってきた。

 「こんばんは。シズクちゃん、やった!」

 入ってくるなり、レイジは興奮気味に言った。

 「何だよ」

 「MAYのラストライブのチケット取れたよ!」

 「あー。忘れてた。よかったな。2人共当たったの?」

 「いや、俺だけだけど、2枚で申し込んだし」

 「そうだったな。いいじゃん、2人で行けて」

 「ありがとー、シズクさん」

 にこやかに、ショーコが言った。ショーコは髪を茶髪にしてポニーテールに変えてから、性格まで変わっていた。

 「いいよ、別に。私は何にもしてないし」

 「そんなことないよ。私達だったら絶対落ちてた」

 そうそう、とレイジは頷いた。

 「変わんないと思うけどね。あんたら、これからどっか行くの?」

 「あーうん、皐月のみんなで集まってオフ会」

 「そう」

 「シズクちゃんも来る?」

 「なんで。私は好きじゃないし、MAY」

 「昔はライブ行ってたんでしょ?」

 レイジは言ってから、しまった、という顔をした。ショーコが同時に、ちょっと、とレイジの腕を引いた。

 レイジはショーコに、ごめん浮かれすぎた、と謝った。

 「あー?言ったっけ?」

 シズクは眉を寄せて、記憶を辿った。

 「いや、お父さんから聞いた」

 レイジは素直に事実を言った。

 「くそオヤジか。ったく、人のプライバシーを。じゃあ、全部知ってんの?」

 「ああー、まぁ大方」

 レイジは答え、ショーコも頷いた。

 「あんたら、知ってて私にチケット頼んだわけだ」

 「ああ、ごめん。深く考えなかった」

 「まぁいいけどさ」

 諦めたように、シズクは言った。

 「シズクちゃん、MAYのこと恨んでんの?」

 「恨んでるな。いいだろ別に」

 「なんで?お父さんの話だと、MAYが悪い感じはしないんだけど」

 「MAYがいなきゃ、何も起こらなかったんだから、恨まれて当然じゃん」

 シズクは言ってから、ハッとなってサンの方を見た。サンは気にする様子もなく、宙を見つめていた。

 「逆恨みっていうんだよ、そういうの」

 「違うくね?」

 「MAYはみんなの為にライブやってんのに、それで起きたことをMAYのせいにするのはどうかと思う」

 「私がどう思おうが私の勝手だろ」

 「駄目だ。皐月の一人として見過ごせない。シズクちゃんだって、本当は自分が悪いってわかってんでしょ?」

 「私の何が悪いんだよ」

 喧嘩腰に、シズクは言った。

 「何がって。シズクちゃんがチケット忘れたからお姉さんはーーー」

 レイジが言い切る前に、ショーコがそれは駄目だよレイジ、と小声で言い、腕を引いて止めた。

 言いかけたレイジの言葉の先をシズクはもちろん、わかった。

 シズクは俯いて、深くため息を吐いた。

 「そうだよな。私のせいだよな。私が悪いんだよな」

 怒気を纏った声で、シズクは言った。

 「シズク、落ち着いて」

 サンが立ち上がって、シズクに近づいた。

 「レイジ君、もう帰ってくれる?」

 冷ややかな口調でサンに言われ、レイジは少し狼狽てから、わかりました、と言って、ショーコの手を引っ張って立ち去ろうとした。が、ショーコが踏ん張ったので、レイジは前につんのめって、立ち止まった。

 「何?行こうよ、もう」

 肩越しに振り返って、レイジは言った。

 「駄目だよ。このまま放ったら。シズクさんも連れて行こう、オフ会に」

 「はあ?無理じゃん。みんな嫌がるって、MAYのこと恨んでるのに」

 「大丈夫だよ。今日集まる人達、みんな1度はMAYから離れたことある人だから」

 「え?そうだっけ?」

 「そうだよ。ねぇ、シズクさん、一緒に行こう」

 ショーコがシズクに言うと、シズクは苛立だしく、行くかよ、と返した。

 「レイジは帰らせるから」

 ショーコは何も考えずに、その方が良さそうなのでそう言った。

 「はあ?なんでそうなるの?行くし、俺」

 「いいでしょ、誰も気にしないからレイジが来なくても。なんなら、今ここでみんなにDMしようか?」

 「何?マジで言ってる?ショックなんだけど」

 「シズク、行った方がいいと思う」

 サンが言うと、シズクはサンを睨んだ。

 「なんで?行ったって私が嫌な思いするだけじゃん」

 「そうだろうけど、人を恨むって、そういうことなんだよ。どこかで自分も恨まれたり嫌がられたりするんだから。やめようよ、もう。これからは、そういうのはやめて、生きていこう」

 「やめて私はどうなんの?私のせいでアカネは死んだって、私はそう思ってこれから生きていかなきゃいけないの?そんな苦しい思いさせたいわけ?」

 「違う。シズクのせいじゃないから。恨むのをやめるだけでいい」

 「そんな都合良くいくかよ」

 「いかせて、都合良く。それでいいから。恨まなくていい。自分のせいだって思わなくていい。その方が楽でしょ?」

 「ああ、流石、子供を捨てた無責任な親の言うことは違うよ」

 「皮肉言って誤魔化さないで。シズクもその方がいいと思うでしょ?」

 シズクは少し思案を巡らせて、苛立ちを隠さず、頭をガリガリと掻いた。

 「ああ、もう、知らないからな。私は変わんないからな。それでいいなら、行ってやるよ」

 「だ、そうです。いい?ショーコちゃん?」

 「大丈夫です!」

 ショーコは右手でピースすると、そのままその指先をこめかみに当てた。

 「いや、絶対大丈夫じゃない、、、」

 レイジが不安気に呟いたが、ショーコは聞こえないフリをした。

 

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