13
「あーなんて言うか、隠れ家って感じかな。あそこにいるから、人生の面倒なことと向き合わないで済む感じ。家族とかさ」
シズクはそう言って、頭の後ろで手を組んだ。隣には髪を茶髪に染めてポニーテールにしたショーコが、並んで歩いている。
この日、ショーコの着物モデルのバイトに、シズクは付いて行っていた。ショーコからバイトの話を聴き、高い着物を売りつけられる詐欺なんじゃないかと怪しんで、姉のフリをして同行した。
実際は詐欺でもなんでもなく、穏やかに撮影は終わり、ショーコは最後に着た着物を気に入って、そのまま買い取った。
「じゃあ出ていきたいって思うのは、もう色んなことと向き合えるってことなのかも」
ショーコに言われ、シズクは首を傾げた。
「あー、いや別に面倒なことは面倒なままだし、私はただサンと一緒にいたいだけだから」
結局、シズクとサンは一緒に暮らすことに決めたが、引越し先などの具体的な話はまだ進んでいない。
「でもよかったよね、ママさんに受け入れてもらえて」
「まぁね。でもなんか変だったけど。私のこと母親と思っていいとか言って」
ショーコは驚愕の顔をした。
「シズクさん、じゃあなんでママさんと暮らしたいと思ったの?」
「え?本能的になんとなく」
「そんなことってあるの」
「何が」
「だって、拓馬も言ってるし、私も思うけど、ママさん多分、シズクさんのお母さんだよ」
「いやいやいや、前も言ったけど、ないって。そんなクソつまんないドラマみたいな話」
「えー、鈍すぎシズクさん。レイジ並みに鈍い」
「レイジと一緒にしないでよ。逆にどうやったらそう思えるんだよ、確かにくそオヤジの愛人ぽいけど、サンがもし母親ならさ、私を捨てたりしないだろ」
「若い頃はわかんないよ、今ママさん45歳でしょ?22の時なら」
「もう立派なオトナだろ。子供見捨てるなんてしないよ、サンなら。私ならするけどな」
「でもお母さんの話だと、結構変わってたみたいだよ、昔のママさん」
「そうなの?今は真人間中の真人間だけど」
「なんか、ふわふわしてたんだって。守ってあげたくなるくらい」
「えー、想像出来ない」
「まぁ、そうだね、それは」
「ないと思うけどね。サンがそういうことするなんて。だいたいサンは私のこと母親と思っていいって言ったんだよ。本当の母親とは言ってない」
「そうだったね。それは何でなんだろう。認められない理由があるのかな」
「違うってだけだろ、単純に」
シズクは言って、スマホを見た。通知が来ていて、レイジが着物姿のショーコを見たいとLINEを送ってきていた。
茶髪にして着物を着たショーコは、まるで別人だった。シズクは面白がって写真を撮り、レイジに送っていた。
「レイジが見たいってさ、着物姿」
「やだ。面倒くさい」
「いいじゃん、惚れるかもよ」
「もういい。元カレから助けてくれた時はカッコイイと思ったけど、ママさんにしつこ過ぎるの見て冷めた」
「ははっ。でもよくあの情けない感じで、DV彼氏からショーコ救えたよな」
「たまに男気あるの。たまにだけど」
「で、どうする?会う?」
「うーん。まぁ会ってもいいかなぁ。イジってきたらすぐ帰る」
「じゃあ返信するよ」
シズクは言って、レイジに待ち合わせ場所を送った。
「え?誰ですか?」
近づいてきたショーコをまじまじと見て、レイジは言った。
公園の前で、レイジは缶コーヒーを片手に持って待っていた。
「ふふーん。惚れた?惚れた?」
ショーコがニヤニヤ笑って上体を左右に揺らしながら近づき、愛くるしい感じで言った。
「キャラまで変わってんじゃん」
少し引きながら、レイジは言った。
「ね、可愛い?可愛いって言って」
「ああー?まぁ、可愛いよ。タイプじゃないけど」
レイジの言葉に、ショーコの笑顔は消え、眉間に皺が刻まれた。
「はぁー。人がせっかく呪いから解いてやろうと頑張ってるのに」
ショーコは言って、露骨に溜息を吐いた。
「呪い?」
レイジが訊き返すと、ショーコは黙って大きく頷いた。
「サンの呪いだよ」
ショーコの横から、シズクが言った。
「あんたを喫茶サンの常連でいさせる為の、呪い」
「あー、まぁ呪いっていうか、魔性でしょ、ママさんは」
「あんた見てると、もはや呪いにかかってるとしか思えないんだよ。綺麗つっても、45なんだしさ。洗脳でもされてんじゃねーの?あんだけ拒まれてんのに、まだ好きとかさ」
「いや違う。シズクちゃんがまだ、本当の愛を知らないだけだ」
うざ、とシズクが、きもっ、とショーコが同時に言った。
「もういいっしょ。誰がなんと言おうと俺の気持ちは変わらない」
「サンももう出禁にすりゃいーのに」
シズクの言葉に、ショーコがホントホント、と頷いた。
「そういえば、なんでシズクちゃんとりえさんって、ママさんのことサンって呼ぶの?」
レイジの問いに、シズクは眉を寄せた。
「さぁ?なんでだっけ。会った時からりえさんがそう呼んでたし、気にしたこともない。名字じゃなかったっけ?」
「名字は杉だよ。音読みのサンが、高校時代のあだ名だったんだって」
ショーコが言うと、へぇ、とレイジとシズクは頷いた。
「シズクさん、一緒に暮らしたいって言ったわりに、こんなことも知らないんだ」
ショーコに言われて、シズクは少しドキッとした。
「確かによく知らないかも。サンがどうやって今まで生きてきたとか、あんまり聞いたことない」
「まぁ、これから知っていけばいーじゃん。そして情報は俺と共有しよう」
シズクはレイジを無視した。
「りえさんに話聞こうかなー」
「なんで?直接聞けば?」
「教えてくれそうにないし。ショーコさぁ、りえさんに電話してよ。っていうか家行っていい?」
「今から?」
ショーコは驚いた顔をした。
「まぁ、一応聞いてみるけど」
ショーコはバックからスマホを取り出すと、りえに発信した。
「家って、そんな仲良かった?2人とも」
レイジが興味津々に訊いた。
「うっさいな。あんたは来んなよ。ストーカーに個人情報はやらない」
「ストーカーじゃないし、ま、いいよ。俺はいつかママさんから直接聞いて2人で愛を深めるから」
「こわっ。それがストーカーなんだよ。その思い込みが」
「これは愛です」
「もう知らね。サンに変なことすんなよ、絶対」
げんなりして、シズクは言った。するわけないじゃん、とレイジは言い、何故か上機嫌になって缶コーヒーを口に運んだ。
「家には来ていいけど、ママさんのことは話さないって。直接訊いた方が良いと思うって」
ショーコがスマホを耳から離して、シズクに言った。
「そう。とりあえず、家には行っていい?」
「いいけど、多分何も話してくれないよ?」
「ま、それでもいいよ。何かの拍子に話してくれるかもしれないし」
わかった、とショーコは言うと、スマホを再び耳にあてた。
シズクは夜空を見つめて、サンの人生に思いを馳せた。直感で、サンには秘められた何かがあると感じていた。
「私が見てきたサンのことなら、話してもいいけど、それ以外のことはサンに直接聞いた方がいいよ。サンも自分の口から言いたいだろうし」
りえはテーブルに座ったシズクの前にサラダを置きながら、言った。テーブルには既に、シズクとショーコの2人分のグラタンとコロッケ、サラダ、ポタージュスープが並んでいる。
「りえさんの口から言えないようなことあんの?」
シズクが訊くと、りえはシズクの顔をじっと見つめた。
「まぁ、ちょっと生い立ちがね。人とは違うから」
「そうなんだ。小さい頃に兄弟が死んでるのは知ってるけど」
「ああ、お兄さんね。さっ、2人とも食べて」
話を切るように、りえは2人に促した。
ショーコはスマホをテーブルの脇に置くと、いただきまーす、と言ってスプーンを手に取りグラタンを食べはじめた。
シズクはフォークで、サラダを口に運んだ。
何も言わずに食べはじめたシズクを、りえはじっと見つめた。
視線に気付いたシズクが、何?、と訊くと、りえは苦笑した。
「サンとは似ても似つかないね」
「そりゃ他人ですから」
「あーシズクちゃん、覚えてないんだっけ」
「何を?」
シズクは訝し気に眉を寄せた。
りえはバツが悪そうな顔をして、テーブルから立ち上がった。
「なんでもない。ごめん、今の忘れて」
りえは言って、キッチンへ向かった。
「忘れてとか言われても無理だし。私なんか忘れてるの?」
りえは何も答えず冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、テーブルに戻ってきた。
シズクはフォークをサラダのボウルに置いて、りえを見た。
「食べて食べて。話は食べ終わってからにしよ」
りえはそう言って、缶ビールを開けると、グビグビと喉に流し込んだ。
シズクは渋々、グラタンを口に運んだ。
「お母さんって子供の頃からママさんと友達なんだっけ?」
2人の様子を見ていたショーコがそれとなく聞いた。
「高校の3年間だけよ。卒業した後は、20年くらい前にお店で再会するまで、会ってない」
「じゃあ大人になってからの方が付き合い長いんだ」
「そうね。卒業した時は、また会えるなんて思ってなかったけど」
「どうしてなの?仲良かったんだよね。卒業してから連絡とったりしなかったの?」
「自然消滅って感じかな。離れると多分関係は続かないってお互い感じてたんだと思う。サンはその時、携帯も持ってなかったし」
「変なの」
「まぁそういうことは当人同士にしかわからないわよ」
ショーコは言い、ポタージュスープを啜った。
シズクは黙々と、何も言わず食事を続けている。
「お店には、ママさんがいるって知ってていったの?」
「たまたま入ったの。私はすぐ気付いたけど、サンは最初気付かなくて。気付いてないっていうか、久しぶりで確証が持てなかったって言ってた」
「ふーん。嬉しかった?また会えて」
「私はね。サンはお店が忙しくて誰か雇いたかったんだけどいなくて、同級生から私がスナックで働いてたことを聞いて、会えたら誘おうと思ってたみたい」
「へー。そんな偶然あるんだ」
「引き寄せだな。シンクロニシティか」
ポツリとシズクは言った。
「サンは誰かに会いたいって思ったら、よく会えるんだって」
「たまにいるよね、そういう人。会いたいって思ってた〜、て言われるけど、本当かなていつも疑っちゃう」
ショーコは言って、グラタンを口に運んだ。
「まぁ社交辞令の人もいるけど、サンのは本当みたい」
りえはシズクの方を見た。
「シズクちゃんだって、そう」
「私が?なんで。なんでサンが私のこと知ってんの」
「お父さんから、聞いてたみたいよ」
シズクは訝し気に眉を寄せた。
「なんで私のこと話すんだよ」
「それくらいの会話はするわよ」
「まぁ、そうか。でもなんで私に会いたいと思ったの」
「さあどうしてだろうね。それは直接サンに訊いて」
「りえさん、知ってんだろ」
面倒そうに、シズクは言った。
「知ってるけど、言えない」
シズクは少し考えて、ショーコの方を見た。
「マジでそうなの?」
「何が?」
ショーコはわからず、訊き返した。
「私、サンの娘なの?」
「そうなんじゃないの?」
ショーコは言い、りえを見た。シズクもりえの方を見る。
りえはビールをひと口飲んで、おもむろに言った。
「シズクちゃん、何度もサンにそう言ってるんだけど、覚えてない?」
「何それ、こわっ」
シズクは記憶を巡らせたが、まったく思い出せない。
「え?どういうこと?」
驚いた様子で、ショーコが言う。
「シズクちゃん、サンに自分はサンの娘じゃないかって何度も聴いて、サンが違うって言うとそのこと次の日になったら忘れるの」
「何それ。なんでそうなるの」
「病院の先生にも相談して、頭の検査もしたけど、原因はわからなくて、その記憶がなくなる以外は日常生活に支障はないから、今は様子を見てるの」
「それでサン、私のこと母親と思っていいって言ったの?私が記憶なくすと思って」
「それもあるけど、本当に娘なの。シズクちゃんはサンの」
「はあ?」
シズクは鼓動が速くなるのを感じた。
「待って、じゃあなんで、サンは私に言わないの」
「シズクちゃんずっと不安定だったし、言ってどうなるか不安だったみたい。また錯乱するかもしれないし。それでさっきサンと話して、様子を見ながら、私から言う方がショックが少ないんじゃないかってことになったの」
「わかんない。本人が言うべきだろ、それは」
シズクは苛立ちと腑に落ちることが同時にきた。サンの側から離れたくなくなったのは、本能ではわかっていたからなのだとわかった。サンが母親なのだと。
「怒らないでね、サンのこと。サンはシズクちゃんのこと本当に愛してるから」
「いや、愛してたら、捨てたりしないだろ」
シズクの声に苛立ちが混ざった。喜びもある。サンの娘という事実は、素直に嬉しい。
だが同時にシズクの脳裏に今までの、母親の、実際の母親ではない静子との記憶がよぎる。
「今まで私が、どんな気持ちで生きてきたと思ってんだよ」
シズクは涙が込み上げてくるのを感じた。
「それをさ、こんな簡単に、他人の口からさ。もっとあるだろ、伝え方」
「サンだって、自分で言いたかったよ。でもシズクちゃん冷静でいられた?もしいつもの感じで皮肉言ったり罵ったりしたら」
「しないよ、サンには。っていうか、受け止めてよ、それくらい。それだけのことしてんだから」
「無理よ。シズクちゃんが知らないだけで、サンはそう言うところ、本当に傷つきやすいから」
「そんな繊細な人が、子供捨てる?」
「若い時は誰だって、正しいことがなんなのかわからないものでしょ。お願いだからサンのこと責めないで」
「責めないでって、なんでりえさんにそんなこと言われなきゃいけないの。他人が口挟まないでよ、親子の問題じゃん」
「サンは私が守らなきゃいけないの!!」
突然、りえが怒鳴った。
その形相に、シズクもショーコも、びくりとたじろいだ。
りえは怯えた様子の2人を見て、我に返った。
「ごめん。でも本当に、サンのこと悪く言わないで」
りえは言って、テーブルから立ち上がり、トイレ行ってくる、とそこから離れた。
りえがいなくなると、ぼそぼそとシズクとショーコは会話をはじめた。
「なに、今の」
シズクは好奇心に満ちた顔で、ショーコに言った。
「なんだろう。ちょっと異常だったね」
「りえさんて、束縛系なの?」
「えー、私には違うけど。どうなんだろう」
「私が守らなきゃいけないなんて、思う?友達に。あんなまで怒って」
「わかんない。何かあるんじゃないの?」
「何があったんだろなー」
ニヤリと悪戯にシズクは笑った。
「え、面白がることじゃないって絶対」
「こんな面白いことはないよ」
「さっきまで泣いて怒ってたのに、感情のぶれ幅凄くない?」
「ネガティブな感情なんて、すぐ捨てるに限るんだよ」
シズクは言って、グラタンを口に運んだ。
頭の中では、どうやってサンとりえの秘められた関係を聞き出そうかと、思案をめぐらせて。




