10
ある日のこと。シズクが『ゲスの下』のコンビニ限定商品の代行購入に行き、喫茶サンにいない日。
その日は18日で、哲也が喫茶サンに訪れていた。相変わらず、サンとは口を聞かず、窓際のテーブルに座っている。
そこにレイジ達が来て、MAYと会った時の話題をしはじめた。
レイジ達は話せないにしてもまたMAYの姿を見たくて、以前に増して頻繁に喫茶サンに来ていたが、あの日以降、MAYとは一度も会えていない。
「あれから来てないよ。いつもあの着物の男性と一緒だったから。あの時別れたみたいだったし、もうこないんじゃない」
サンに言われて、レイジとショーコは肩を落とした。
「会ったって喋れねぇだろ、お前ら」
拓馬は言って、ホットコーヒーを口に運んだ。
「同じ空間にいれるだけでいいんだよ。それだけで俺達皐月は幸せなんだ」
レイジは言い、切なげに溜息を吐いた。
「拓馬にはわからないよ。成功する為に感情捨てたんだから」
ショーコが棘のある口調で言った。
「捨ててねーつの。何度言わせんだよ。お前らの甘っちょろい姿勢が活動に影響してるって言ってんだよ。MAYに会いにここに来る暇あるなら、曲作るなり詩書くなりしろって」
「してるしー」
ショーコはフンと鼻を鳴らした。
「ショーコはそれ以外にも何かしろって。ここもすぐ辞めやがって。ママさんに迷惑だろ」
「あ、それは俺も言いたかった」
レイジが拓馬に同調し、言った。
「だって忙し過ぎるんだもん」
「わかってただろ、いつも来てんだから」
「そんなに忙しそうに見えなかったの。っていうか、別に私が言い出してやったわけじゃないし」
「それでも自分でやるって決めたんだろ。中途半端なことすんな」
「あーやだやだ。説教くさいの。自分だって新しい彼女の実家に居候する情けない生活してんじゃん」
「あ?楽じゃねーんだよ、居候は。っていうかショーコ、なんかシズクちゃんに似てきたな」
「ええっ!?嘘っ!やだ!」
ショーコは本気で嫌がった。
「働かねーからだ」
皮肉っぽく拓馬は言った。
「おい、おふたりさん、あっち」
レイジが声を落として言い、テーブルで本を読む哲也を指さした。
ショーコと拓馬は、あっ、と声を漏らし、気まずそうに黙った。
哲也は気にする様子もなく、本を読み続けている。
ショーコは哲也を見ていて、あることを思い出した。
「そういえばさ、あの時シズクさん、MAYにあんたのせいでって言ったみたいなんだけど、レイジなんか知ってる?」
「え?シズクちゃん音楽聴かないんじゃなかった?最近の音楽全然知らなかったよ」
「だよね」
ショーコは言い、あからさまに哲也の方を見た。レイジもつられて、哲也を見た。
哲也は2人の視線には気づいていなかったが、タイミング良く本を閉じ、目頭を右手で抑えてから、何の気もなくカウンターの方を見た。
レイジとショーコがこちらを見ていたので、哲也は一瞬驚いたが、すぐに落ち着いて上着の内ポケットから封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。
「あの、聞いてもいいですか?」
ショーコが哲也に向かって、言った。
「シズクには姉がいたんだ」
質問の前に哲也が喋りだしたので、レイジとショーコはぎょっと目を丸くした。話は聞いていたらしい。
「3年前、シズクはライブを観に行く筈だったんだが、チケットを忘れてね。それに気付いた姉のアカネがチケットを持ってシズクを追いかけた。だが、チケットはシズクの下には届かなかった」
哲也はそこで黙り、レイジとショーコの向こうにいるサンを見つめた。
サンは腕を組んで、視線を落として立っていた。何か考え込んでいるように見えた。
「お姉さんが持ち逃げしたんすか?」
何の気もなく、拓馬が言うと、哲也は不意をつかれたような顔をしたが、すぐにふっと笑みを浮かべ、喋り出した。
「いやアカネはそんなことはしない。だが、無事でいてくれたなら、その方がよかった。シズクを追いかけず、そのまま自分がライブに行く準備をして、急ぐことなく家を出ていてくれたら」
「え?でもそれって、なんでMAYのせいになるの?悪いの、シズクさんじゃないですか」
ショーコが勘付いて言うと、拓馬も哲也が言う前に勘付いた。レイジも何となくわかった。
「誰も悪くないよ、お嬢さん。ただ起こるべきことが起こっただけなんだ」
「お姉さん、結局どうなったんですか」
レイジが訊くと、ショーコが察しろと言うように頭を叩いた。レイジは、いてっと言って頭をさすった。
「死んでしまったよ。交差点でトラックに轢かれて。アカネの信号無視が原因だった」
サンもショーコも拓馬もレイジも察してはいたが、言葉にされてそれを聞くと、どっしりと心が重くなった。
「シズクはその日の夜に家を飛び出して、ここに辿り着いた。チケットを取りに帰ったシズクはアカネの事故現場に遭遇したんだが、気が動転したらしく、アカネを運ぶ救急車には乗らなかった。そのことを妻が責めてね。もともと妻とシズクはそりが合ってなかった上に、家族の中で1番信頼していたアカネを自分の不注意で失って、シズクは完全に家での居場所をなくしてしまった」
「うーん、でもなんで、MAYにあなたのせいなんて言ったんだシズクちゃん」
レイジが首を傾げて、言った。
「そこじゃねーだろ。頭ん中MAYのことしかないのかよ」
呆れた様子で拓馬が言った。
「あの頃のシズクは本気でロックスターが世界を変えてくれると信じていた。それが、世界を変えるどころか自分の世界が壊れるきっかけになってしまった。信じていた分、怒りが沸くのは自然なことだ」
「でも、別にMAYは何も裏切ってないし、シズクちゃんの言ってること、おかしいですよ」
居た堪れない様子でレイジは言った。
「それだけすべてを信じていたんだ。この人は絶対に私を裏切ることはないと。アカネだってそうだった。ロックスターとアカネはシズクにとって信じられるもののすべてだった」
「わかんないっす。ただの逆恨みじゃないですか」
「わかってやってくれ。シズクが何かのせいに出来るとしたら、そのロックスターだけなんだよ」
「いやでも、納得できないですよ」
「わかっているんだ、シズクも。ただ、受け入れることが出来ないだけだ。アカネの死を。ロックスターのせいでも、シズクのせいでもない。アカネはただ死んだ。それだけのことだ」
哲也はそこで話すのをやめた。
レイジとショーコは納得いかない様子でいたが、拓馬は別段気にする様子もなかった。
サンは無言のまま、ポットからグラスに水を注いでいた。
そしてそれを持ってカウンター内から出ると、哲也の下に行き、グラスから水が溢れるほど強く、テーブルにグラスを置いた。
「なんで話すの。シズクはそのこと、話したくないって言ってたのに」
不機嫌な様子で、サンは哲也に言った。
「知るわけないだろ、そんなこと」
「あなたの口から聞きたくなかった。シズクから直接聞きたかった」
「変わらないな。無茶なことばかり言って、すぐ怒る」
「あなたなんでもわかるんでしょ?テレビでやってるあれはインチキなの?」
「あれはチャネリングで、喋っているのは俺じゃないんだ」
「インチキ、インチキ、インチキ」
「やめろやめろ」
哲也はあしらうように言うと立ち上がり、釣りはいいからと千円札を封筒の上に置いた。
「ちょっと、このお金いらないって言ってるよね」
サンが千円札の下の封筒を取り、哲也に押し付けた時だった。
カランとドアが鳴り、シズクが息を切らして入ってきた。
「危なっ。今日18日だったよね」
哲也を確認して、シズクは言った。
「私としたことが」
そう言いがら、つかつか歩いてシズクはサンと哲也の下へ行くと、哲也に押し付けられたサンの手から封筒を奪いとった。
「これ、私のお金!」
真面目な顔でシズクが言うので、サンも思わず、ごめん、と言ってしまったが、すぐに首を振った。
「違う違う。なんでそうなるの」
「親の金は子のお金なんだよ。捨てんだろ、どうせ」
「捨てる?」
訝し気に、哲也が言った。
「いらないって言ってるのに、持ってくるから」
サンはバツが悪そうにブツブツ言いながら、カウンター内に戻った。
「な?私がもらっていいよな?」
悪戯に笑いながら、シズクは哲也に言った。
「好きにしろ」
素気なく哲也は言うと、サンにまた来るから、と言って、店から出ていった。
カランとドアが鳴る。
「あんたらホントによく来てんな、最近」
そう言ってシズクはカウンターに座ると、サンに玉子サンドを頼み、バッグからポーチを取り出した。
「ちゃんとバイトしてんのか?」
「シズクさんに言われたくない」
ショーコが強気に言うと、シズクは、そりゃそうだな、と納得顔で頷き、ポーチを開けた。
「さて、開封式でもすっか」
シズクはコンビニで買った『ゲスの下』の限定缶バッジをポーチから取り出した。
「開けていいのそれ。頼まれたやつじゃないの?この前ここで」
サンがお冷をシズクに出しながら、言った。
3日前の土曜日、カウンターで隣に座った女性がこれみよがしに溜息を何度もついたのでシズクが話しかけると、『ゲスの下』のコンビニ限定缶バッジを買いに行きたいが平日で行けないと女性は言った。
シズクが自分も『ゲスの下』が好きだが、今回の絵柄は好きじゃないから買わないつもりだったけど火曜日は予定もないから代わりに行ってもいいよ、と伝えると女性は土下座する勢いで感謝し、シズクに代行をお願いした。
シズクは代行費としてその日の昼食代を提案し、女性はそれを了承した。
「推しがなかったら、仕事終わりにすぐ交換の募集したいから、開封して写真撮って送ってって言われてんの」
「そうなの」
サンは頷き、玉子サンドの具が入った筒状のタッパーを冷蔵庫から取り出した。
「それ限定品だろ。シズクちゃんはいらないの?いつもなら喜んで転売すんじゃん」
拓馬が言うと、シズクは心外という顔をした。
「私がいつ喜んで転売した?」
「いつもちょろい金儲けって言ってただろ」
「お金が入ることは喜んでも、転売自体は喜んでやってない」
「じゃあなんでやってんの」
「この世には、今回みたいに買い行きたくてもいけない可哀想な人達がたくさんいる。そんな人達の希望なんだよ、転売は」
「転売はしなくてもよくね?」
「私が安く売った所で、フリマサイトなんか転売ヤーが目光らせてるから、そういう連中に狩られてどのみち転売されちゃうんだよ。だったら、初めから私が転売した方がいいじゃん。私だって定価で売れるものなら定価で売りたいよ」
「じゃあ今日のも高く売んの?」
「代行は別だよ。代行費はもらうけど。喜んじゃいないけど、代行にしろ転売にしろ、人の為になってんだから、別にいーじゃん」
「まぁ、そうなのか?」
少し疑問に思いながら、拓馬は頷いた。
「俺はそんな楽した金儲けは認めない」
レイジが揚々と言った。
「楽でもないよ。ブラインドなんて下手すりゃ赤字だし、長時間並んで時間と体力使うし、交通費だってかかるしね」
「だからって転売していいことにはならない」
「していいことと悪いことなんて人によって違うんだよ。音楽だって何もないところから作って金儲けしてる立派な転売じゃん。差別すんな」
「差別って、ちょっと違わなくない?音楽は転売じゃないし。グッズの転売と音楽は違うって」
「自分は正しい、音楽は正しいって?まぁそんなもんだよな、人なんて自分のすることは正当化しなきゃ生きていけないもんな」
「いやいやいや、音楽は人を感動させるし、喜ばせるし、転売じゃないし」
「グッズには感動も喜びもないとおっしゃってます?あーいよいよ差別だ、偏見だ。っていうか転売なんだよ、世の中で売られてるものはすべて。転売すなわち金儲けがなくなれば世界は平和になるんだよ」
「急に世界平和」
拓馬がハハッと笑って言った。
「ミュージャンがどれだけ世界平和を歌った所で世界平和なんかこない理由は、争いの根源となる転売金儲けの仕組みの中で生きてるからだよ。極端な話、ヤクザが世界平和歌って誰が納得する?」
「今度はヤクザと一緒にされた俺たち」
可笑しそうに拓馬は言った。
「金儲けしてる奴らはみんな、戦争に加担してるんだよ、それが原因なんだから。世界平和を実現させたきゃまず、金儲けのない世界を作らなきゃならないのに、ミュージャンなんて金儲けはするくせに世界平和とか言ってさ、バカ丸出し」
「別にミュージャンみんなが世界平和歌ってるわけじゃねーけどな」
拓馬は釘を刺すように言った。
「俺は、音楽が世界を平和にするって信じてる」
レイジは自分に言い聞かせるように、言った。
「まぁ誰かがやるかもしれないけど、レイジではないだろねー。ならさ、レイジは何の為に音楽やるの?」
「何の為って、成功して、MAYと共演する為、、、」
「うんうん。それで、成功したらさ、お金持ちになるよね、それで満足?」
「満足はしない。もっともっと自分の音楽を聴いてくれる人を増やしたいと思う」
「何の為に?レイジの音楽を聴いて人は幸せになれるの?世界は変わるの?」
「別に世界を変えたいわけじゃ、、、」
レイジは言葉に詰まった。音楽が世界を平和にすると言っておきながら、世界を変えたいわけでもない。本当に何の為に音楽をやってるんだ?自分は。
「呑まれんな、馬鹿。俺が世界を変えてやるよ、ぐらい言えよ」
少し苛立って、拓馬が言った。
「言い訳するよりはマシだね。だいたいこう言うとさー、俺は夢を追う素晴らしさをとか愛を伝えたいとか、馬鹿まる出しで言うよね、あんたらミュージャンは。そんなのあんたらが伝えなくたって知ってんだよ、こっちは。それで金儲けしようってのはさ、悪質な宗教と変わんないよ。無知な人ファンにして取り込んでさ。信者にしたてて、まるで自分が世界を変えますみたいに言って。百歩譲ってそれが正しいとして、金儲けする意味ある?歌なら、公園でも路上でもタダで歌えばタダで聴けるじゃん。てかさ親が愛伝えるのに金取る?あんたらミュージャンの愛は有料なんですか?」
「違うよ、シズクちゃん。そんなんじゃない、音楽は」
それしか、レイジは言うことが出来なかった。
「違わないよ!あんたらがこれからやろうとしてることはそーいうことなんだよ!堂々と胸張ってミュージャンです、って生きたいなら、世の中の仕組みに流されてちゃ駄目なんだよ!」
「それはさ、シズクちゃんの価値観だろ?俺達は別に、普通に金儲けして生きることを悪いとは思わないし、それが人生だと思ってる。シズクちゃんの言うこと否定はしないけど、俺達はそんなことはどうでもよくて、ただ音楽やりたいんだよ。音楽やれれば、後はどうでもいい」
拓馬が冷静に言った。
「そんな身勝手な連中が成功者として祭り上げられてるから、いつまで経っても世界は変わらない」
「じゃあさ、シズクちゃんはどうなの?シズクちゃんだって、転売して生きてんじゃん」
「私は別に転売で世界を変えようとは思ってないよ」
「俺達だってそう。音楽で世界を変えようなんて思ってない」
「まぁただやりたいだけなら、好きにすればいーんじゃない」
「だろ。はい、この話お終い」
拓馬は言うと、立ち上がった。
「ママさん、俺先帰るから、お勘定」
サンがはーい、と言ってレジまで移動すると、拓馬も合わせて移動した。
勘定を終えて出て行く拓馬の背中に、サンが、いつもありがとねー、と声を掛ける。
カランとドアが鳴る。
「なんか話流されたけどさ、拓馬とレイジは考え方違うよね。俺達って言ってたけど」
シズクは言い、玉子サンドを頬張った。
「まぁ別に、志は別に違っても」
レイジは気のない返事をした。
「そんなんじゃのちのち、そり合わなくなるぞー。もっと自分の志と同じ人メンバーにしないと」
「別にいいんです、個性はそれぞれで」
ショーコが強気に言った。
「個性とは違うと思うけどね。まぁ別にあんたらがどうなろうと私のしったことじゃないけど」
「ムカつく。わかったように言って。シズクさん、処女でニートで転売ヤーのくせに」
辛辣に、ショーコは言った。
「残念ながら処女ではございません。あなた方の志のお低いギタリストに捧げました」
「はあ!?」
ショーコが嫌そうに言い、レイジは飲んでいたアイスレモンティーをぶっと吐き出した。
「拓馬新しい彼女いるじゃん」
「大丈夫、隙間でやった。被ってない」
「そういうことを口にして言うのは、女性としてどうでしょう」
レイジが言うと、シズクはなんで?、と訝しげな顔をした。
「いや、軽々しいというか。好きでもない人とそういうことする女の人ってどうかなと」
「別に好きだったし、口にしたから軽くなるってわかんない。付き合えないからって、したいことまで我慢する必要もないし」
真面目に、シズクは言った。
「うーん、、、なんて言うか、それって虚しくならない?」
「え?全然。したいことして、何で虚しくなんの。あんたは虚しくなるの?女とヤッた後」
「俺はないけど、虚しそうにされたから、よく」
「そりゃ単純に下手だったんだろ」
シズクは言って、鼻で笑った。
「いやいや、そんな感じは。いや、わかんないけど。下手だと虚しくなるもんなの?」
ショーコの方を見て、レイジは言った。
「私に聞かないでよ」
ショーコは不機嫌に眉を寄せた。
「っていうかさ、あんただって好きでもない女とヤッてんじゃん。サンのことが好きなんでしょ、あんたは」
意地悪にニヤリと笑って、シズクは言った。
「俺はただ喜ばせたいだけで。俺から誘ったことはないよ」
「うわっ、やな男。自分がビビりなのを、女が軽いってことにしてる。あんたさ、相手が虚しそうにしたの、好きでもない男とヤッてるからだと思ったの?」
「いや別に、何となくそうなのかなと」
「それで気が済むと思ってたのにさ、それ以上を求めちゃうんだよ、人ってのは欲張りだからさ。自分の強欲に気付いて虚しくなんの。これ以上は手に入らないってわかってると尚更ね」
「そうなの?」
レイジはまたショーコの方を見た。
「だから私に聞かないで」
不機嫌に言って、ショーコはレイジを睨んだ。
「あんたらヤッたの?」
冷やかすようにシズクは言った。
「ほら!こうなるじゃん!なんで私に聞くのよ!」
ショーコは怒って、カウンターの下でレイジの足を蹴った。
「いてっ。別にそんなつもりはなかったけど」
「じゃあ、どういうつもりなの!?」
「いやだって、ショーコ経験あるじゃん」
「ないよ。あれは私はもう好きじゃなかったし」
ショーコは言って、レイジ越しにシズクを見た。シズクは興味津々という顔をしている。
「シズクさんには、絶対話さないでよ」
「え?なんで?」
「絶対に面白がって馬鹿にしてくるから」
「そんな話じゃないじゃん」
「まだシズクさんの歪みきった性格わかってないの?人の傷口に塩塗るのが生きがいでそれがなきゃ生きていけない人なんだよ?」
「わかってんじゃん」
ニヤニヤ笑って、シズクは言った。
「酷い言われようね。本人が気にしてないのが救いだけど」
苦笑しながら、サンが言った。
「レイジはあれだな、メンタル童貞」
シズクは突然、悟ったようにレイジに言った。
「なにその言葉。聞いたことないけど」
「女を本気で愛したことない、困ったちゃんだよ」
「いや俺はママさんのこと本気でーーー」
「やめろ。それを愛と思ってんのが困ったちゃんなんだよ」
レイジの言葉を遮って、シズクは言った。
「あんたは好きなままでいたいだけなんだよ、愛してるんじゃなくて。とっくに結果なんてわかってんのにさ、変わるのが怖いだけなんだって」
「なんか拓馬にも似たようなこと言われた」
「あんたを見てたら、そう思って。本当はさ、好きじゃないだろサンのこともう。っていうか、今までだって本当に好きだった?」
「いやいや、それはない。ずっと好きだし」
「好きでなくなった自分を見るのが怖いだけなんじゃねーの?」
「いや、、、ないよ」
レイジは少し考えたが、シズクの言っていることはわからなかった。
「じゃあこれから気づくよ。ずっと好きでいられることなんて、ないんだからさ、人が人を。自分を失いたくなくて、人は人を好きでいようと思い続けるもんだから」
「わかんない。俺はずっと好きだから」
「困ったちゃんだな」
シズクは笑って、サンの方を見た。
「私はね、レイジ君」
サンは真っ直ぐ、レイジの眼を見た。
見つめられて、レイジは、はいっ、と背筋を伸ばした。
「あなたのことを好きになることは、絶対にない。そろそろ踏ん切りつけてもらわないと、出禁にしちゃうからね」
声を低くし目を据わらせて、サンは言った。
レイジはショックで愕然とし、俯いた。
「はい、フラれましたー。確定です。これ以上のご好意は出禁となります、お気をつけてー」
はっはっはっ、と笑ってシズクは言った。
「言わせるまでしつこいからだよ」
呆れた様子でショーコが言った。
「自分で気付いてやめて欲しかった。言われなくてもわかってよ、そういうの」
「好きでいることがそんなにいけないわけ?」
肩を震わせながらレイジは言うと、椅子から立ちがった。
「別に好きでいたっていいだろ!」
レイジは怒鳴って財布から千円札を抜き取ると、カウンターに叩きつけた。
「お釣りはいらないです」
レイジは踵を返し、立ち去ろうとした。が、その腕をショーコが掴んだ。
「なんだよ!」
苛立ったまま、レイジはショーコの手を払おうとしたが、ショーコがスマホの画面を見せて、いいから見て、と凄んでいったので、気迫に押されて画面を見た。
『MAY アリーナツアー中止のお知らせと重大発表』画面には、そうあった。
「・・・マジ?」
レイジの怒りは一気に冷めた。
「なんで?」
「まだ見てない」
「重大発表って?」
レイジは胸がぞわぞわするのを感じた。よくないことだと思った。
ショーコが、スワイプして内容を確かめた。
ショーコの顔が無表情になり、レイジを見上げた目が潤んでいた。
レイジは悟って、とうとう来たか、と思った。いつかは来る、避けては通れない道。
ショーコが見せた画面には、『MAY 引退』の5文字が並んでいた。




