デート3
デート当日。
この日のためにリズに頼んで、街でいま流行の服を用意してもらった。
いつもより質素な飾り気のない花がらのワンピースだ。
髪の色が目立つため、何個かのピンで止めて後ろでお団子状にしてつばの広い帽子を被った。
この帽子もいつも使っているものよりずっと質素だ。
「いくら街娘の格好をしても、アイリス様はアイリス様ですね」
とリズに言われた。
褒められたのだろうか?
程なくしてセイウスが馬車でやってきたので、門へ向かう。
セイウスも先日あったときと比べるとかなりラフな格好をしている。
しかしとても自然なので、普段からこういう格好で街に出かけているのだろう。
セイウスはアイリスを見ると
「アイリスさんはどんな格好をしていても公爵家の令嬢に見えますね」
と苦笑した。
「この格好は街に行くのに適していませんか?」
アイリスが不安そうに聞くと、セイウスは大きく首を振った。
「格好は完璧ですよ。ただ………生まれ持った気品が隠しきれていないだけです。問題ありません」
「よかったです!念願の街に行けるということで、楽しみにすぎて少し寝不足なんです」
へにゃりと笑うアイリスを見て、セイウスは口許を手で隠して
「かわいすぎだろ………」
と呟いたが、アイリスには聞こえていなかった。
「この馬車で向かうのですか?」
「はい。街にはいる前に止めて、そこから徒歩になります。どうぞ」
セイウスがエスコートしてくれたので、手を借りて馬車に乗る。
「アイリス様、お土産話楽しみにしてますよ」
リズに言われて笑顔になる。
「たくさん話すから楽しみにしていてね!」
こうして伯爵家の馬車に乗って街を目指すことになった。
馬車の中ではセイウスと二人きりだ。
「先日はお手紙、ありがとうございます。公爵に手紙を書いたのにまさかアイリスさんからお返事をいただけるとは思っていませんでした」
「街に行くのであれば、どうしても寄りたいカフェと雑貨屋さんがあったのです。お父様を介して伝えるよりも直接伝えたほうが間違いがないと思いまして………」
「カフェは人気店だったので、事前に予約しておきました。15時の予約なので、それまで街を散策すればいいかと思います」
今の時刻は12時半。
ウィルネスから許された街の滞在時間は13時から16時の3時間だった。
カフェで1時間位時間を潰すのであれば、散策時間は2時間となる。
「私は街のことは全く詳しくないので、セイウスさんのおすすめのお店とかありましたらぜひ、教えてください!お金は持ってきました」
アイリスはそう言うと、小さなポーチを鞄から取り出した。
「お財布を持っていないのでポーチに入れてきました」
開けると中には金貨が3枚入っていた。
「これだけあればカフェや雑貨屋さんのお代は払えますよね?」
アイリスは財布を持ったことがなかった。
アリアの時ももちろんない。
お金の名称は習ったので知っているが、使ったことがなかった。
金貨3枚を見て、セイウスは困ったように笑った。
「アイリスさん、これでは買い物ができません」
「どうしてですか!?本物ですよ!」
「金貨3枚はちょっといい仕事をしている人の年収です。年収が金貨1枚の人も多いんですよ。つまり………金貨で支払いをする人は街にはいないのです。銀貨でさえ滅多に使いません。普段はその下の硬貨を使っています」
セイウスの言葉にアイリスは閉口するしかなかった。
アイリスは逆に金貨しか見たことがない。
授業で習って知ってはいるが、硬貨を見たことがなかった。
「………これでは買い物ができないのですね」
世間知らずである自分がはずかしい。
「私がお支払いしますから大丈夫ですよ」
「自分のお金でお父様やお母様にお土産を買いたかったのです………」
朝のテンションはどこへやら。
すっかり落ち込んでしまったアイリスにセイウスは慌てた。
「あ、安心してください。お金は持っています。全て私がお支払いしても足りないと言うことはありませんよ!」
そう言っても、アイリスは落ち込んだままだった。
セイウスは困ったように眉根を寄せ、何かを考えはじめた。
馬車に沈黙が降りる。
しばらくしてセイウスが口を開いた。
「アイリスさん、デートの思い出に私に何かくださいませんか?」
急な申し出にアイリスは小首を傾げた。
「何か………ですか?」
「髪飾りでもハンカチでも構いません」
そう言われたので少し考えてから、鞄の中からハンカチを取り出して渡した。
「このハンカチでよかったらどうぞ」
シルク製のきれいな刺繍の付いたハンカチだ。
「ありがとうございます」
そう言うとセイウスはハンカチを受け取ってかわりに、硬貨を何枚かアイリスの手に乗せた。
「このハンカチを買い取ります。このお金で買い物をしたら、アイリスさんのお金でお土産を買ったことになりませんか?」
セイウスの言葉に落ち込んでいたアイリスの表情がパッと明るくなった。
ギュッと硬貨を握りしめる。
「セイウスさん!ありがとうございます!!」
屈託のない笑顔を真正面から受けて、セイウスが目をそらしたのは仕方がないことだろう。
こんな会話をしているうちに街の入り口までやってきた。