婚約者5
14時ちょうどにウルフレッド伯爵が馬車でやってきた。
スーツを着こなした背は高いが細身の威圧感のない男性だ。
身体を鍛えないで年を取ったセイウスみたい………アイリスはそう思った。
顔の造形はよく似ている。
髪の色は同じく金髪で瞳のいろはセイウスより暗い藍色だ。
横には伯爵家の執事思われる男が立っていた。
40代くらいの比較的若い男性だ。
「ようこそいらっしゃいました。ウィルネス•ローズネスです。隣は妻のリーシャと娘のアイリスです」
ウィルネスから紹介されて、リーシャとアイリスは軽く会釈をした。
それを受けてウルフレッド伯爵は深々と頭を下げた。
「社交界で何度がお会いしておりますが、改めまして。キリウス•ウルフレッドです。この度は我が愚息とアイリス様の婚約についてお話があるということで参りました」
「どうぞ顔を上げてください。セイウス殿はアイリスの命を救ってくれた恩人です。護衛の仕事ぶりも完璧で、娘には彼以外の婚約者は思いつきません」
ウィルネスが笑顔でそう言うと、キリウスの表情がやわらいだ。
「そう言っていただけるとは……ありがたいお言葉です」
「立ち話もなんですから、奥へどうぞ。軽食を摘みながらでも婚約の話を進めましょう」
ウィルネスに言われて一同で応接間に向かう。
応接間にはバンが用意した軽食と婚約に必要な書類が用意されていた。
「我が家の分とセイウス殿が記入する分はすべて書き終えています。あとは伯爵に内容を確認してもらって記入するだけになっています」
促されて座ったキリウスは早速、書類に目を落とした。
「流石ウィルネス様です。問題ないかと思います。私はこことここにサインをすればいいですか?」
「はい。」
ふたりとも事務の仕事をしているため、こういった書類には慣れているのだろう。
問題なく書類が作成されていく。
「これで記入する箇所はすべて記入したかと思います。」
キリウスはウィルネスに書類を手渡した。
「問題ありません。こちらの書類を今から早馬で陛下に届けさせます。今日中には婚約が成立するでしょう」
ウィルネスは書類を封筒に入れて封蝋した。
それをバンに渡す。
バンは一礼するとその封筒を持って静かに部屋を出ていった。
「今日は両家に取って記念すべき日となりそうですね。」
「ウルフレッド伯爵、いえ……キリウス殿。今晩、予定がなければ我が家の晩餐に招待しょうと思うのですが、いかがですか?」
「それは願ってもないことです」
「良ければ奥様もご一緒に」
リーシャに言われて、キリウスと共に来ていた執事が反応した。
「奥様にお伝えしてきましょうか?」
「頼む」
執事は慇懃に頭を下げるとセイウスの方を向いて
「セイウス様、馬を借りてもよろしいでしょうか?」
と聞いた。
「ああ。母上によろしく」
こうして、あっという間に婚約が成立した。
「晩餐にはセイウスとアイリス様も参加されるのですか?」
「いえ、彼らは観劇に行く予定がありまして。このあとは観劇に行って貰う予定です」
「それはいい。婚約したことを知らせるいい機会になります」
「アイリス、準備があるだろうから部屋に戻りなさい」
ウィルネスに言われてアイリスは一礼した。
「キリウス様、失礼します」
「では、私も失礼しますね」
アイリスとセイウスは応接室をあとにした。
ふぅっとため息が出た。
「緊張しましたか?」
「とっても緊張しました。伯爵に嫌われないようにってずっと思っていましたよ」
「父がアイリスさんを嫌うことはありませんよ」
「わからないじゃないですか!」
「アイリスさんと見合いをさせてくれと手紙を送ったのは他でもない、父ですよ。婚約の話を伝えた時に『よくやった!』って言われたくらいです」
「でも、婚約ってこんなにあっけなく決まるものなのですね」
アイリスが言うとセイウスは苦笑した。
「通常はもう少し時間がかかると思いますよ。今回は両家とも前のめりなくらい婚約に前向きだったからすぐに決まったのですよ」
「でもこれで堂々とセイウスさんと手を繋いで街を歩けるのですね」
「ええ。護衛としてではなく婚約者として横に立ちます」
「よろしくお願いします」
アイリスの言葉にセイウスは微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
幸せだな。
アイリスはそう思った。




