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恋心4

アイリスはセイウスの部屋と繋がっているドアの鍵を開けたとき、いたずらに成功したような昂揚感に満たされていた。


緊急時以外は開けてはいけない。


ウィルネスにもセイウスにも言われていた。


それを破ったのだ。


真面目なアイリスが約束を破ったのは初めてかもしれない。


ドアから部屋を覗くと、セイウスがこちらを驚いた表情で見つめていた。


アイリスは護衛にバレないようにそっと、セイウスの部屋に入った。


ウィルネスは秘密にしているが、ドアの前に護衛がいることは知っている。


アイリスがセイウスに近づくと、セイウスは椅子から立ち上がりアイリスから距離を取った。


一瞬、避けられたのかと思ったが椅子を譲るためだめだったらしい。


そのことに安堵して、素直に椅子に座った。


「アイリスさん………私は緊急時以外は鍵を使ってはいけないと何度も伝えたはずですが」


セイウスは腕組みをしていて怒っているようにみえる。


「あ………申し訳ありません………約束を破ったことはこの通り謝罪します」


アイリスは椅子から立ち上がり頭を下げた


「頭を上げてください。怒っているわけではありませんし謝ってほしいわけでもありませんから」


「でも………腕組みをして怒っているようにみえます」


「この腕組みは………その………防御みたいなものなので気にしないでください」


防御?セイウスの言葉に疑問を持ちながらも怒っていないことに安堵して腰掛けた。


セイウスは腕組みをしたまま、少し距離を取った状態で小さくため息をついた。


「それで、こんな夜遅くに護衛の目を盗んでどうしてこちらの部屋にいらしたのですか?」


「あの………それは………」


端的に言えば手を繋ぎたかったから。


しかし、なぜ手を繋ぎたいのか説明が必要だ。


そのことを告げると、後戻りができなくなる。


「アイリスさん?」


「その………」


どうしよう………やっぱり告白するべきなのだろうか。


ここで思いを告げれば、婚約者となる。


黙ってしまったアイリスを見てセイウスは大きく息を吐いた。


「アイリスさん、誰かに聞かれたくないことなのでしょうか?もしそうならば………明日、公爵に頼んで護衛抜きの時間を設けますので今日は一度部屋に戻られてはどうですか?」


確かに誰もいなければいいのであれば、二人きりの時間を設ければいい話だ。


しかし………アイリスは無理やり作った二人だけの時間ではなく、自分が作ったこの時間に伝えたいと何故かそんなふうに思った。


セイウスと婚約者になることが正しいのかはわからない。


でも、誰かがセイウスの婚約者になるのだけは絶対に嫌だと思う。


それなら答えは出ているはずだ。


アイリスは意を決して椅子から立ち上がり、セイウスとの距離を詰めた。


セイウスは驚いて腕組みしたまま、後ろに下がる。


「セイウスさん」


「は、はい」


「止まって下さい」


アイリスの言葉を聞いて、セイウスはなにか言いたげにしながらも止まってくれた。


「セイウスさんにどうしても伝えたい事があって約束を破ってまでここに来ました」


「伝えたいことですか?」


「はい。誰にも聞かれたくないことです」


アイリスはまっすぐにセイウスを見つめた。


ランタンの光が部屋を照らしているが、薄暗い。


それでもセイウスの碧眼がよく見える。


「セイウスさん、好きです」


アイリスはまっすぐに目をそらさずにそう伝えた。


本当はたくさん伝えたい言葉があったはずなのに、口から出たのは短い言葉だった。


セイウスの目が大きく見開かれた。


「………え?」


「セイウスさんが、好きです!大好きです!ずっとずっと一緒にいたいと思うくらい大好きです!」


反応が薄いのでアイリスの声が大きくなる。


「私を婚約者にして下さい」


直球とも言える言葉を受けてセイウスは驚いた表情をしたまま、一歩、下がった。


「セイウスさんは私のことを好きだとおっしゃっていました。その気持ちはかわりませんか?」


何も言わないセイウスの態度に不安になって聞く。


しばらく沈黙が続いた。


ようやくセイウスが口を開く。


「あ……、もちろんです。申し訳ありません………あまりに想定外の事を言われて混乱しています。つまり……えっと…、アイリスさんも私のことを好きだということですよね?」


「はい!大好きです!」


誤解されないようにしっかりと伝えた。


喜んでくれると思ったのだが、セイウスの反応はなんだかおかしい。


更にしっかりと腕組みをしたかと思うと、ものすごい勢いでアイリスから最も遠い部屋の端へと移動してしまった。


「あの……セイウスさん?」


普通、好きな人に好きだと言われたら喜ぶものではないのだろうか?


少なくとも離れるというのはおかしいと思う。


「あ………あまりに嬉しすぎて少し……へんな行動をしています……あの……もし本当に両思いなら、今すぐ部屋に戻って下さい」


「え………?」


予想外の言葉にアイリスが驚いていると、フーッという長いため息が聞こえた。


「本当に嬉しいです。貴女の気が変わらないうちにすぐにでも公爵の元を訪れて、婚約者としての手続きをしたいというくらいには嬉しいです。しかし………今は夜です。しかも密室で二人きりです。その意味を理解して欲しい」


よく見るとセイウスの額に汗が見える。


「セイウスさん………もしかして体調が悪いのですか?」


心配になり、近づこうとするとセイウスが


「ストップ!これ以上近づかないでください」


と止められてしまった。


「でも……」


「私は貴女との約束を破るわけにはいきません。このまま二人きりでいると、指一本触れないという約束を破ってしまいそうなのです」


そういえば、最近読んだ恋愛小説で想いが通じ合った二人が抱きしめ合うシーンがあった。


「もしかして私を抱きしめたいと思っているとか?」


独り言のように口からでた言葉にセイウスが面白いくらい反応した。


「だ、抱きしめ!?」


「違うのですか?」


「いや……その………抱きしめたいのはもちろんですが、もしそんな事をすれば理性を保てる自身がないのです」


そういってアイリスから視線を反らした姿がとてもかわいらしく見えた。


あんなに大きな身体をしているのに、可愛いと思うなんておかしいかもしれない。


それでも可愛い以外の言葉が浮かばなかった。


「セイウスさん、お願いがあります」


「な、なんでしょう?」


「腕組みをやめて手をまっすぐ下におろして下さい」


アイリスが言うと怪訝そうにしながらも言う通りにしてくれた。


「それから、そこから一歩も動かないでくださいね」


アイリスはそれだけ頼むとゆっくりとセイウスに近づいて、そっとセイウスを抱きしめた。


優しい香りがする。


セイウスの身体がびくっと動いた。


「私だってずっとセイウスさんを抱きしめたいと思っていたのですよ?」



いたずらっぽく笑ってそういってからゆっくり離れる。


セイウスは置物のように動かない。


「セイウスさん?」


「………アイリスさん、今すぐこの部屋から出て下さい」


「えっ?」


「早く」


そういったセイウスの瞳に今まで見たことのない光が宿っていることに気がついた。


まるで獲物を狙うハンターみたい。


ゾクリとする。


なのに全く怖くない。


むしろ捕まったらどうなるのだろうという好奇心の方が強く、その瞳から目を逸らせないでいた。


「どうして部屋に戻らないのですか」


いつもの優しいセイウスの声なのに、なんだかいつもと違う。


「私は貴女との約束を破りたくないのですよ。なのに……こんな夜遅くに無防備にこちらにやってくるなんて……悪い人ですね」


セイウスは優しくアイリスのほおを撫でた。


先ほどと同じ優しい香りがするのに、その香りに別の香りが混じっている。


その手が顎に触れる。


そしてゆっくり近づくセイウスの顔。


キスされる。


そう思い目を瞑った時………。


コンコンコン


とアイリスの部屋がノックされた。


「お嬢様、夜分に申し訳ありません。まだ起きていらっしゃいますか?」


リズの声だ。


その声を聞いて我に返ったセイウスが、すごい勢いでアイリスから離れた。


「あ………その………」


セイウス自身、自分の行動に驚いている様子だ。


「ちょっと待ってて」


アイリスはリズに声を掛けると慌てて自分の部屋に戻った。


部屋のドアを開ける


「なにかしら」


「よかった。まだ起きていらしたのですね。水差しを忘れておりましたのでお持ちしました」


「あら、本当。ありがとう」


「それでは失礼します」


「おやすみなさい」


「おやすみなさいませ」


水差しを手にアイリスは頬が赤いことをリズに悟られなかったことに安堵した。


もしリズが来なかったら………間違いなくキスされていた。


「指一本触れないって言ってたのに………」


それが全く嫌じゃなく、むしろ残念に思っている自分に驚きながらドアを見つめる。


ドアの先にセイウスの姿は見えない。


そっと部屋を覗くと腕組みをしながら窓から外を眺めていた。


「あの………セイウスさん」


「先程は約束を破って申し訳ありません。もう、部屋に入ってきてはいけませんよ。」


そういいながら、こちらを見ようとしない。


「おやすみなさい」


アイリスの言葉にやっとこちらを向いた。


いつものセイウスだ。


「おやすみなさい。良い夢を」


そういって笑ったセイウスの顔を見て先程の事を思い出した。


自然と顔が赤くなる。

 

アイリスはゆっくりとドアを閉め施錠した。


その夜はなかなか眠れなかった。


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