護衛7
ダンスホールではダンスの先生がすでに待っていた。
「セイウス•ウルフレッドだ。今日はよろしく頼む」
「ウルフレッド様、はじめまして。アイリス様のダンスの講師をしておりますレック•バーグリーと申します。今日はよろしくお願いします」
レックは50歳に近い歳で子爵家の次男の男だ。子爵家は長男が継いでいるため、貴族のダンス講師をして生計をたてている。
柔和な人物で教えるのが上手なため、アイリスのようなデビュー前の子息令嬢の講師として人気がある。
レックは今回のダンスの曲名と振り付けをセイウスに伝えた。
「一般的なダンスとなりますのでウルフレッド様には馴染があるかと思います」
「確かに。さっそく踊ってみてもいいか?」
「もちろんです」
「アイリスさん、よろしくお願いします」
セイウスに手を取られてダンスポールの中央へ行く。
セイウスは騎士の服を脱ぎ、スーツになっていた。
片付けの途中で着換えたらしい。
いつも練習している曲が流れる。
セイウスの手が腰にまわされて、どきりとした。
身体が密着するくらい、近い。
思わず身体に力が入った。
それに気がついたのか、セイウスに小声で
「私からは指一本触れないと約束したのに、破ることをお許し下さい」
と言われた。
思わず小さく笑ってしまった。
「ダンスをするのに触れないことは不可能ですから、ダンスのときは例外ですよ」
「こんなに近くによって、公爵に怒られませんかね」
「お父様だってわかっていますよ」
「ダンスホールを出たら仁王立ちをした公爵がいるかもしれませんね………」
ウィルネスが青筋を立てながら仁王立ちをしている姿を想像して噴き出してしまった。
「大丈夫です。お父様は今、王城ですから」
セイウスの言葉のおかげで身体の力が抜けていく。
そこでアイリスをリラックスさせるために言ったのだとわかった。
落ち着いてダンスをしていると、セイウスのリードの上手さに驚く。
レックと踊るよりも踊りやすい。
アイリスがステップを間違えそうになるとさり気なくフォローしてくれる。
こんなに安心してダンスを踊れる相手は初めてだった。
リズが褒めるはずだ。
何曲か踊ると、レックから盛大な拍手が送られた。
「すばらしいです!噂でウルフレッド様のダンスの腕は聞いていたのですのが、噂以上にお上手ですね!」
「ありがとう」
「騎士の方は型通りのダンスが踊れれば及第点なのですが、ウルフレッド様は講師レベルです。これならアイリス様も安心してデビューできます」
「本当にお上手でした。とても踊りやすかったです」
「アイリスさんが上手だからですよ。こんなに踊りやすい相手は久しぶりでとても楽しかったです」
セイウスの笑顔にトクンと大きく鼓動が跳ねた。
先程まで感じていた腰や手から伝わるぬくもりがまだ残っている。
急に恥ずかしくなって下を向くと、セイウスが心配そうに覗き込んできた。
「アイリスさん、どうかしましたか?」
「あ………ちょっとだけ疲れたみたいです」
「何曲か踊りましたからね。少し休みますか?」
「これだけ完璧に踊れればもう私が教えることはありません。アイリス様、休憩してください」
レックに言われてホールの隅にある椅子に腰掛けた。
セイウスも横に座る。
「何か飲み物をもらってきましょうか?」
「だ、大丈夫です。セイウスさんどうして……そんなにダンスが上手なのですか?」
なんとなく側にしてほしくて質問をした。
レックが
「私が飲み物をもらってきますので、2人は休憩していて下さい」
と言ってホールから出ていった。
セイウスと二人になる。
途端にまたトクトクトクと心臓が早鐘を打ち出した。
今までも二人きりになることなんて何度もあったのに………一体どうしたのだろう?
セイウスの顔が見れない。
「私のダンスはアリア様仕込ですからね」
「アリア様………ですか?」
「ええ。アリア様直々に教えて頂いたのでダンスは少し自信があります」
アリアは聖女だったため、王族以外とはダンスを踊ることは禁じられていたはずだ。
聖女は神聖な存在のため触れることが許されない。
しかしアリアは王女でもあったのでダンスレッスンはあり、かなり上手だったと言われている。
「アリア様は公の場では王や王子としか踊ることが許されませんでした。しかし、私にはこっそりレッスンをしてくださっていたのです」
「そうだったのですね」
「私は伯爵家に生まれましたので、ダンスは社交界で必須です。そのため、覚えていて損はないからと二人でいる時に教えていただきました。アリア様は所作はもちろん、ダンスもお上手でした」
懐かしそうに目を細めるセイウスを見て、何故か心が温かくなった。
なぜだかわからないが、セイウスにアリアを褒められると嬉しいらしい。
「アイリスさんの足を踏む心配がないレベルなので、アリア様に感謝しないといけません」
「ふふっ、そんな心配してませんよ」
セイウスと話すとドキドキするけど嬉しくなる。
今まで感じたことのない感情にアイリスは戸惑っていた。




