お見合い
花まつりからしばらくしてアイリスは父に呼ばれた。
用件はわかっているので本音は行きたくなかったが、避けることはできない。
ため息をつきながらも、父の書斎へと赴いた。
「お父様、何か御用ですか?」
アイリスの言葉に父ウィルネスは苦笑した。
「そんなにあからさまに不快な顔をしなくてもいいだろう?お前の誕生日会の話なのだから」
「誕生日会のお話だけならとても嬉しいですが、そうではないでしょう?」
「………とりあえず座りなさい」
ウィルネスに言われてアイリスはソファに腰掛ける。
執事のバンが手際よく紅茶とクッキーを用意してくれた。
「誕生日会にはパートナーが必要だ。私がアイリスのパートナーになるとずっと側にいるのは難しくなる。主催者として挨拶回りがあるからな」
アイリスは何も言わずにバンが用意してくれた紅茶を口に含んだ。
「そのため第二王子であるレオン様に頼んでいたのだが、どうしても抜けられない外交が入ってしまったらしい」
レオンは今年で40才になる。妻帯者だ。
しかし、妻、マリアは幼い頃からアイリスを可愛がってくれている。
アイリスの護衛のためだと聞いて喜んでレオンをパートナーに推薦してくれたのだ。
「王太子は………夫人が絶対にうんと言わないだろう」
王太子は今年で43歳になる。こちらも妻帯者で、夫人アマリリスはかなり嫉妬深いことで有名だ。
歳の離れた従姉妹とはいえ、パートーナーを快諾するとは思えない。
「王子の子どもたちは皆、婚約者が決まっているから頼めない。そうなると早急にパートーナーを探さなければいけないことになる。リーシャの親族にも頼めそうな人物はいないしな」
ウィルネスも紅茶を口に含んだ。
「お父様がパートーナーになって、私は壁の花にでもなれば問題ないかと」
アイリスの言葉にウィルネスは大げさにため息をついた。
「お前は自分の魅力にもう少し自覚を持った方がいい。特定のパートーナーがいなければ矢継ぎ早にダンスを申し込まれるだろう。その後は絶対に一人にはさせてもらえない。囲まれてしまって怖い思いをすることになるに違いない」
「だったら、お父様が離れたら気分が優れないからとすぐに退散いたします」
「主役がすぐにパーティーから抜けるわけにはいかないだろう」
ウィルネスはまたため息をつくと、机の上に置いてある大量の手紙に触れた。
「これは皆、アイリスと見合いをしたいという申込みの手紙だ。社交界デビューの前でもすでにこの量だぞ。誕生日会のあとはこの量が倍になるだろうな」
「私はまだ結婚を考えてはおりません」
「私だってまだまだ私の娘でいてほしいさ。しかし、世間はそうじゃないということだ。公爵家の娘として生まれた宿命だな」
アイリスはまた紅茶を飲んだ。クッキーにも手を伸ばす。
「それで、どのようにしてパートーナーを決めるおつもりですか?」
「手っ取り早いのはこの中からお見合いをしてパートーナーを見つけることだ。私から見て信用できる家のものだけ持ってきた」
アイリスはクッキーを咀嚼しながら面倒そうに手紙に視線を移した。
公爵家に侯爵家ばかりだ。身分としては申し分ないのだろうが、この中から見合い相手を見つけるとなると、気が進まない。
ウィルネスに悪いので興味はなくとも何枚か手紙を手に取った。
「伯爵………」
公爵家、侯爵家の中に伯爵の文字を見つけ思わず呟いた。
ウルフレッド伯爵………。
その家名を見たときに鮮明に思い出したのは、まだ声変わりもしていない少年だった。
セイウス•ウルフレッド
アリアとして生きた26年間に後悔も心残りもないのだが、唯一、気にかけていたのはこの少年だった。
彼を救うために気まぐれで差し出した手。
助けたつもりだったが、もしかしたら彼の人生を悪い方に変えてしまったのではないか。
それだけがアリアとして生きた人生での唯一の気がかりだった。
手紙の中を見ると、セイウスとの見合いの打診だった。
「セイウス様はまだご結婚されてないのですか?」
気がつくとウィルネスに問いかけていた。