黒と青2
目を覚ますと、そこには見知らぬ空間が広がっていた。
この場所が三日月の間であることに気がつくのに少し時間がかかった。
どうやら寝てしまったらしい。
徹夜なんてするもんじゃないわね。
アイリスは懐かしい夢を見たと思いながらもゆっくりともたれ掛かっていた壁から離れた。
「よく寝れましたか?」
壁だと思っていた物が喋ったので一瞬驚いたが、すぐにそれは壁ではなくセイウスだと思い出した。
あまりにも微動だにせずにその場にいたので壁と勘違いしてしまった。
「ごめんなさい!貴方にもたれ掛かっていた寝てしまったのですね」
慌てて謝罪する。
いくら眠くてアリアの記憶があるからといって、今のアイリスがセイウスにもたれかかってはいけないはずだ。
「いえ………ですが、このように二人きりのときに寝るのはやめていただけると助かります」
セイウスは困ったようななんとも言えない表情をしているが、それがどんな心情によるものなのか、アイリスにはわからなかった。
「本当に申し訳ありません!言い訳になってしまいますが、昨日はほとんど寝ていなかったもので………ついウトウトとしてしまいました。私はどれくらい寝ていたのでしょう?」
「30分くらいは寝ていたかと思います」
30分!!
「そんなに長くですか!?重かったですよね、本当に申し訳ありません」
いくらセイウスを信用しているとはいえ、寝過ぎだ。
起こさないようにずっと同じ姿勢でいてくれたのだと思うとますます申し訳ない。
「アイリスさんは軽いので大丈夫ですよ。でも異性と二人きりの時に寝るのは本当にだめですよ」
優しく微笑んでくれたので、少なくとも怒っていないことに安堵した。
「はい!肝に銘じます」
そう答えたときに、扉がノックされウィルネスが入ってきた。
「待たせてすまない。謁見の用意が整ったそうだから行こう」
「お父様、わかりました」
「急な来客あって謁見の後のお茶会は中止となった。謁見もすぐに終わると思う」
アイリスにそう言ってからセイウスを確認して
「マリアンヌから聞いたよ。娘の護衛感謝する。休憩時間なのに申し訳なかったね」
「いえ、では私はこれで失礼します」
「あ……もしよければなのだが、アイリスを屋敷まで護衛してくれないか?我が家の騎士も護衛につくが、セイウス殿がいてくれたら安心だ」
「私は構いませんが…………」
「よろしく頼む!しばらくここで待っていてくれ。アイリス、行こう」
ウィルネスに促されて、アイリスは急いで三日月の間を後にした。
「陛下に会うのは久しぶりです」
7歳のときにあった以来だ。
「そうだな。大きくなったアイリスを見たら驚かれることだろう」
ウィルネスと現王のジークは兄弟ではあるが少し年が離れている。
それでも仲がいい兄弟として有名だ。
ジークはウィルネスを最も信頼しているため、国政の大事な部分はウィルネスに任せているらしい。
そのため、多忙を極めている。
三日月の間から数分で謁見の間についた。
護衛に身分を提示すると、すぐに扉を開いてくれた。
重厚な扉のため開けるのも大変そうだ。
ゆっくりと扉が開き、ウィルネスが中に入ったので、アイリスも続く。
謁見の間は祭壇の上に立派な椅子が置かれた以外は何もない、シンプルな部屋だ。
床も壁も天井も白く、椅子だけが赤と金で彩られた派手な装いだ。
そこに鎮座しているのは、アリアの父であり現王であるジークだ。
以前会ったときよりも小さくなり、皺が増えた印象はあるが威厳は以前より増した気がする。
ウィルネスとアイリスは最上礼をして頭を下げた。
「ウィルネス、アイリスよく来たな。顔をあげよ」
ジークに言われてから顔を上げる。
「おお、アイリス。すっかり淑女だな。噂で聞く何倍も美しいじゃないか」
「ありがたきお言葉です」
「そう堅苦しくするな。アイリスは親族じゃないか。楽にせよ」
ジークの言葉を受けて礼をやめる。
「もうすぐ15歳か。月日が経つのは早いなぁ。誕生会の後は次は婿探しが大変そうだ」
ハハハと太い声が部屋に響く。
「まだ15歳ですので、結婚は考えていませんよ」
ウィルネスがすぐに反応した。
「15歳ならそんなに早くもないだろうよ。これだけの美人だ。申し込みが殺到するだろうな」
「殺到しても応じなければいい話です」
「相変わらず娘のこととのなると感情的になるな」
ジークは嬉しそうだ。
「アイリス、私も誕生会に参加したかったのだが、どうしても抜けられぬ用事があってな。かわりにアランが参加予定だ。私からの誕生日プレゼントも渡しておくよ。少し早いが、15の誕生日、おめでとう」
「陛下のお気持ち、大変嬉しく存じます」
「本来ならこのあとお茶でもしたいところなのだが、その時間もなくてね。また後日その場を設けるよ。エリサもアイリスに会いたがっているからね」
現王妃のエリサはアリアとよく似た髪色のアイリスをとても可愛がってくれている。
「楽しみにしております」
そんな会話をしていると、側近がジークに何やら耳打ちした。
「もう時間か。ウィルネス、アイリス、本当に申し訳ないがこれにて謁見は終了だ。お茶会に関しては後日連絡しよう。ウィルネスはアイリスを見送ったら執務室へ来てくれ」
「わかりました」
こうして謁見は慌ただしく終わったのだった。




