黒と青1
夢を見た。
眼の前には大きな羽を閉じ、頭を垂れる黒竜がいる。
嗚呼………アリアとしての最期の記憶だ。
あの日、黒竜が暴れているとの知らせを受け、セイウスを連れて街外れの森の中にやってきた。
大きな音がして木がなぎ倒され、鳥や動物が逃げ惑っている。
危険を感じたため、セイウスには馬車の中で待機するように命じ一人で黒竜がいるだろう森の中へと向かった。
黒竜は我を忘れているようで、暴れ回っている。
取り敢えず暴走を止めないと!
アリアは静止の力を使った。
静止の力のお陰で黒竜は正気を取り戻したようで、暴れるのをやめた。
そして黒竜はアリアに気がついた。
「お主は誰だ」
低く唸るような声だ。
「私はアリア。貴方の暴走を止めに来たのよ」
アリアには敬語を使うべき人間はいなかった。王である父よりも聖女は身分が上なのだ。
だから黒竜にも敬語は使わない。
「我は黒竜。お主は………聖女か?」
「ええ。だから貴方の暴走を止めることができる。長年生きてきた貴方ならこの意味がわかると思うけど」
「我を殺しに来たのか?」
「暴走を止めに来たって行ったでしょ?貴方の力を少し静止するだけよ。命までは奪わないから人間の迷惑にならない場所に行ってちょうだい」
アリアの言葉に黒竜は何かを考えているようだった。
そして羽を折りたたみ、頭を垂れたのだ。
「お主なら、我の命を奪えるのだろう?ならば、この命を奪ってほしい」
驚いた。
「もう生きたくないってこと?」
「我は長いこと孤独に生きてきた。それでも不満はなかった。それが黒竜の運命だからな。しかし、年と共に力の制御が難しくなってきたのだ。我は他の生き物の命を無駄に奪いたくはない」
淡々と感情のない声が続く。
「なのに気がつくとこのように暴れていることが増えてきた。もう、寿命なのだろう」
「少し力を静止すれば今みたいに落ち着くじゃない。それじゃだめなの?」
「そんなもの一時的な効果しかない。すぐにまた暴走してしまう。我は長く生きすぎた。聖女よ頼む、我が命を奪ってくれ」
黒竜に言われて、アリアは小さく息を吐いた。
私が生まれた理由はきっと、この黒竜を鎮めることだったのね。
セイウスにきちんとお別れできなかったけど、ここが私の最期になりそうだわ。
アリアはそう思いながら
「それが貴方の望みなら叶えましょう」
と微笑んだ。
「ありがとう。ただ、1つだけ頼まれてはくれないか」
「何?」
「我の死は我の希望であったことを青龍に伝えてほしいのだ」
「青龍?」
「この世で我のことを唯一気にかけてくれている………友人だ。奴はきっと我の死を哀しむだろう。だから我の意志であったと伝えてほしい」
黒竜はさらに深く頭を下げた。
「それはできないわ」
「なぜ?」
「貴方の命を静止すれば、私も死ぬからよ。私の生命力すべてを使わないと無理だもの」
「そうなのか?」
「ええ。だから今ここで命を落とすのは私と貴方。だからその願いは叶えてあげられないわ」
「そうか………」
黒竜の表情は読めないが、申し訳無さそうにしている気がした。
「気にしないで。これが私の運命だから」
「………ならばせめてお主の願いを叶えてやろう。なにかないか?」
「もうすぐ死ぬのに?」
「来世で叶えてやる。その代わり、お主の生まれ変わりを使って青龍に我の最期を伝えることを許可してほしい」
黒竜はまっすぐにアリアを見つめている。
「そうねぇ………来世は聖女じゃない普通の人間になりたいわ。そして恋をしてみたい」
「恋?」
「聖女はね、結婚はもちろん、男性を好きになることさえ禁止されているの。人を好きにならないように徹底的に教育される。だから来世では恋をして結婚をしてみたいわ」
アリアの言葉に黒竜は暫く思案して
「つまり聖女の力がなく結婚が出来たらいいのだな?」
「ええ」
「わかった。来世で青龍への言伝が終わったら叶えると約束しよう」
いくら黒竜でもそんなこと可能なのかしら?
アリアはそう思ったが
「わかったわ」
と約束をして、彼の命を静止した。
セイウス、ゴメンね………黒竜が息絶えたのを確認してアリアの記憶はそこで途絶えた。




