残っていた力3
「きゃっ!」
あまりにも急に止まったため、アイリスの身体は一瞬だけ浮いた。
そしてそのまま突進するように向かいに座るセイウスの胸の中に飛び込む形となってしまった。
そしてセイウスにぶつかる。
「だ、大丈夫ですか!?」
セイウスが心配そうに顔を覗き込んできた。
かなりの勢いだったったので、セイウスも痛かったはずだ。
それでもすぐにアイリスを心配してくれたことが嬉しかった。
「は、はい………セイウスさんこそ怪我はありませんか?思いっきり突進してしまいました」
顔をあげると至近距離にセイウスの顔があった。
相変わらずきれいな瞳ね………そう思って瞳を見つめ続けると
「………っ!わ、私は大丈夫です。鍛えてますからね」
距離が近すぎることに驚いたのか、セイウスは顔を上げるとアイリスから視線を逸らした。
「と、とりあえず私の足から降りていただけると助かります」
突進して、セイウスの太ももに座ってしまっていることに今更ながら気がついた。
これは少し恥ずかしい。
「も、申し訳ありません」
アイリスは慌ててセイウスの横に移動した。
「重かったですよね………すぐに降りるべきでした」
「あの………決して重くはありませんでしたよ!?その……あまりに近く過ぎて………緊張してしまっただけです」
「それならいいのですが………でもどうして馬車は停まったのかしら?」
アイリスの言葉に
「おい、バルト!!どうしたんだ?」
と馬に乗っているバルトという男にセイウスは声をかけた。
30代の大柄の男だ。
「セイウス様、絶対に馬車のドアを開けてはいけません!」
「一体どうした?」
「ウルフです………ウルフの群れが眼前にいます」
「ウルフだと?」
「はい。10体はいるかと思われます」
バルトの言葉にセイウスは窓から外を確認した。
アイリスも覗いてみる。
するとたしかに馬よりも遥かに大きな魔獣、ウルフが黒い毛を逆立て道を塞いでいた。
「どうしてウルフがこんな場所に?」
ウルフは魔獣の中でも比較的大人しく、普段は山の奥の方で暮らしている。
好戦的ではないが、仲間に何かあった場合は徹底的に戦う種族だ。
かつてウルフの毛は防火防寒に適していて軽いため、毛を目当てにハンターがいた。
しかし、1匹のウルスを殺すとその群れが街にやってきて大暴れするため、ウルフの討伐は緊急時以外は禁止されている。
それでも密輸目的で襲う輩がいると聞く。
「誰かに仲間を襲われたのでしょうか?」
アイリスが聞くと
「わかりません。今のところ我々に殺意を持っている気配はありませんね」
ウルフは馬車の前に立ちはだかっているだけで動こうとはしない。
「バルト!殺気を感じるか?」
「いえ………ただこちらを見ているだけです」
「もし襲ってきそうになったら私も参戦しよう。バルト一人でこの数はしんどいだろう」
「アイリス様の側にいてあげてください……と言いたいところですが、この数は流石に一人では無理ですね。攻撃してきたらセイウス様、助太刀お願いします」
バルトは腕の立つ男なのだろう。ウルフと対峙いているのに落ち着いている。
「アイリスさん、安心してください。私とバルトならあれくらいの数のウルフなら問題無く討伐できます。襲って来なければウルフが去るまで待ちましょう」
アイリスを安心させるように微笑んだ。
「襲ってきた場合はアイリスさんは馬車の中に居てください。そして目を閉じていてくれればすぐに終わりますからね」
セイウスは国一番と言われる騎士だ。
アイリスは小さく頷いた。
ウルフと対峙しているのに不思議と恐怖を感じなかった。




