残っていた力2
魔獣の目撃により、予定より早く帰路につくことになった。
待機してきた馬車に乗り込む。
「ケーキは残念でしたけど、お詫びにとクッキーを頂けたのでなんだか得してしまいましたね」
カフェの店員は臨時休業になったことをそれはそれは丁寧に謝罪してくれた。
そして、次の予約時には優先して席を確保する約束とお詫びのクッキーを渡してくれたのだ。
「でも、セイウスさんの分まで頂いてよろしいのでしょうか?」
「私は甘いものがそんなに好きではありませんから」
セイウスは笑うが、子供ころは少なくとも甘いものは好きだったはずだ。
そのため
「せっかくですから1つ食べてみませんか?」
と提案してみた。
「きっと美味しいですよ」
「いえ、大丈夫です」
その言葉を無視して袋の中から1つクッキーを取り出して、セイウスの口許に持っていく。
「………え?」
「お口を開けてください」
ニッコリと微笑むと、無表情になったセイウスが小さく口を開けたのでクッキーを押し当てた。
「どうぞ召し上がりください」
セイウスが咀嚼したことを確認してからアイリスもクッキーを口に運ぶ。
甘い香りとサクッとした食感に自然と笑みが深くなった。
「なんて美味しいクッキーでしょう!セイウスさんもそう思いませんか?」
「え………あ、あぁ………甘くて美味しいですね」
「クッキーがこれだけ美味しいのですから、ケーキは本当に期待できますね!絶対にリベンジしましょうね」
ケーキが食べれなくて残念ではあったが、こんな美味しいクッキーをもらえたのだ。
しかも街にまた行く口実ができた。
運がいいのかもしれない。
「………アイリスさん」
クッキーを飲み込んだセイウスが畏まった口調でアイリスの名を呼ぶ。
顔は無表情で僅かに強張っている。
「な、なんでしょう?」
怒っているように見える表情にビクッと身体が反応した。
何か怒らせることをしたかしら?
記憶にない。
1つ食べてクッキーが惜しくなったかしら。それなら返さないと………。
そんな事を考えていると
「これから先、男性の口に食べ物を運ぶ行為はしてはいけません」
想定外のことを言われて、キョトンとしてしまった。
小首を傾げる。
「もしかして、私が触れたクッキーを口に入れたくありませんでしたか?」
そんな潔癖だっただろうか?
「違います!」
「なら何が問題なんですか?」
「いいですか、口許に食べ物を運ぶときどうしても距離が近くなります。そんな距離で食べ物を口に入れられたら貴女に気があるのではないかと勘違いさせてしまうのですよ!しかも笑顔で!!ですから安易にそういった行為をしてはいけません」
「えっと………?」
「貴女は魅力的な方です。15歳の誕生日を迎えて社交界デビューを果たしたら、いろんな男性から声がかかるはずです。そんな男性に隙を見せるような行為は慎んだほうがいいと言っているのです」
セイウスの言葉を何度か反芻させてみたが、何を助言されているのかよくわからない。
「つまり………セイウスさんにもしてはいけないということですか?不快だったと?」
「不快ではありません!!その………私にはして構いませんが他の男性にはしてはいけません」
どうもよくわからない。
「私は親しい男性はセイウスさんしかいませんので、セイウスさん以外にこんなことしませんよ?」
アリアのとき、おやつを一緒に食べようと何度かセイウスを誘ったがいつも断られていた。
そのため、今回みたいに強引に口に入れていたのだ。
セイウスにも美味しいお菓子を食べてほしくてしていた行為をついついしてしまっただけなのだが………。
アイリスの言葉にセイウスはうっ、と小さく唸ると口許を抑えて視線を逸らした。
「無意識に煽ってくる………」
そんな言葉を小さく呟いたが、もちろんアイリスには聞こえていない。
「で、では、私以外にはしないでください」
「はい!」
怒っているわけじゃないことに安堵した。
「もう一つクッキー食べますか?」
今度は手に渡すと
「ありがとうございます」
と素直に口にした。
やっぱり甘いもの好きじゃない、と自然と笑みが深くなった。
やっぱりセイウスの分は返そうかしら。
そう思った時、馬車が急ブレーキをかけた。




