デート4
馬車から降りて、石畳の道を歩く。
花まつりが毎年開催されているだけあり、街は花で溢れていた。
いつもは馬車の中からしか見ることの出来なかった場所に立っている。
それだけでアイリスは感動していた。
後ろ姿を見るだけでもテンションが上がっているのがわかる。本当の町娘ならぴょんぴょんとその場でジャンプしていることだろう。
公爵家のご令嬢はそんなはしたないことはしないが、目はキラキラと輝いていた。
「セイウスさん、私、今、街います!」
興奮のあまり、おかしな言葉になっていることにセイウスは笑った。
「そんなに喜んでくださるのなら、連れてきた甲斐がありますね」
「本当にありがとうございます!」
「ケーキ屋と雑貨屋以外に行きたい場所はありますか?」
「この国最大の噴水がみたいです!」
アイリスの家にも大きな噴水があり、王宮の入り口にも立派な噴水があるが、それよりも大きいらしいと聞いて見てみたいと思っていた。
「中央広場の噴水ですね?ここから歩いて15分ほどの場所にあります。周りには食べ歩き専門のお店がたくさんあるので、楽しいと思いますよ」
「食べ歩きなんてしたことありませんので、是非してみたいです」
「お昼ごはんは食べられましたか?」
「お父様には食べてから行くように言われていたのですが、実は食べてないのです。街で色々と食べてみたかったので」
「それでしたら中央広場でなにか食べましょう。ベンチもありますのでゆっくり食べられますよ」
セイウスの言葉にアイリスは大きく頷いた。
「是非ベンチで食べてみたいです!」
外で食べるといえば公爵家のガーデン以外は経験したことがない。
ピクニックにも行ったことがないのだ。
「では行きましょう」
セイウスが歩き出そうとして、アイリスはリズとの会話を思い出した。
「あの………セイウスさん。お願いがあります」
「お願い?なんですか?」
「街にいる間は手を繋いでほしいのです」
アイリスからの申し出にセイウスは固まってしまった。
「て………ですか?」
辛うじてそう返答する。
「はい!リズ……専属侍女と話していたのですが、今回の街で万が一私が迷子になるようなことになれば、お父様は私を二度と公爵家の外へ出そうとしないと思うのです」
「でも……念願の街歩きですので、私自身がついフラフラとセイウスさんとはぐれてしまうかもしれません。石畳に足を踏み入れただけでこのテンションです。これからテンションが下がることはないと思います」
「ですので!私がフラフラと何処かに行かないように手を繋いでほしいのです。………だめでしょうか?」
上目遣いに真っ直ぐと見つめられて、断れる男性はどれくらいいるだろうか。
アイリスに懸想しているセイウスが断れるわけがなかった。
「もちろん、いいですよ」
平静を装って手を差し出すと、アイリスは嬉しそうにその手を握った。
「男の方の手を触ったのはお父様以外で初めてです」
そんなことを言われたらどうしても顔がニヤけてしまう。
バレないように、口許を手で隠す。
「でも………お父様とセイウスさんでは手が全然違うのですね」
「そ、そうですか?」
「お父様はお母様よりは大きな手ですが、とてもスベスベしています。でも、セイウスさんはとても大きくてゴツゴツとした手です。騎士だからでしょうか?」
「公爵は剣の代わりに筆で戦うタイプですからね。剣士の手はどうしてもゴツゴツとしてますよ」
アイリスが手を繋いでいない方の手でセイウスの手の甲を撫でた。
「骨も大きいのですね。男の人の手がこんなに大きくて骨ばっているとは思いませんでした」
急に手を撫でられてセイウスは思わずビクリと跳ねた。
「あ、アイリスさん?」
「きっとすごく鍛錬されたのですね。私は何もしてない手だからなんだか恥ずかしいです」
セイウスと繋いだ手をピクピクと動かして掌を触っているようだ。
「あ、アイリスさん!あの………手を繋ぐときはそんなふうに相手の手を撫で回すものではありませんよ!」
セイウスは堪らずそう叫ぶとアイリスから手を離した。
顔は真っ赤だ。
「…………ごめんなさい………くすぐったかったですか?」
「えっ………え、ええ、く、すぐったかったです」
「セイウスさんはくすぐったがりなんですね。わかりました!手はなるべく動かしませんので手を繋いで下さい」
他意のない笑顔に
「俺が穢れているみたいじゃないか……」
とセイウスはアイリスに聞こえないように呟いた。
こうして手を繋いで二人は中央広場を目指して歩き出した。




