花まつり
アイリスは窓を眺めため息をついた。
「今日は楽しみにしていた花まつりの日なのに、ベッドから出てはいけないなんて………お父様は意地悪だわ」
独り言のような小さなつぶやきに反応したのは、アイリス付の侍女リズだ。
「熱があるのですから仕方ありませんよ。旦那様は悪くありません」
「熱と言っても微熱じゃない。身体は元気なのよ?花まつりといえば美味しい食べ物があるから楽しみにしていたのに………娘の楽しみを奪ったんだから、お父様はやっぱり意地悪よ」
「お嬢様、旦那様はお嬢様のことをとてもとても大切にされているのです。それに今日は花まつりではなく、アリア様誕生祭です」
アリア、その言葉を聞いて懐かしさを覚える。
「花まつりと皆呼んでいるじゃない」
「アリア様がお産まれになったのが春なので、誕生祭ではたくさんのお花が街中に溢れます。そのため花まつりと呼ばれてはいますが、お嬢様はアリア様の従姉妹になられるのですからきちんとした名で呼ぶべきかと思います」
「リズは真面目ね。私とリズしかいないからいいでしょ?それに従姉妹と言っても私が産まれる前に亡くなっているから実感がないわ」
聖女であり国の王女でもあったアリアは15年前に亡くなっている。
黒竜に国が襲われそうになった時、竜にたった一人で立ち向かい討伐したのだ。
しかし、黒竜と共にアリアも命を失った。
そのため国を救ったアリアを称えてアリアの誕生日に盛大なお祭りが開かれるようになったのだ。
「実感がなくとも、従姉妹であることは真実です。その証拠がアリア様と同じ紫の髪と瞳ではありませんか」
紫の髪と瞳は王族のみに遺伝するものだ。
アリアはソバージュの紫の髪とつぶらな瞳だった。
紫の遺伝子を持つものはアリアを除けば、王太子の子供1人と王弟の子であるアイリスだけだ。
「確かにこの髪と瞳は王族の血統を示しているわ。でも私とアリア様はまったく似ていないでしょ?」
アリアは紫のソバージュとつぶらな瞳の女性でかなり小柄な女性だった。鼻も高くなく丸顔の童顔だ。
一方のアイリスは14歳にして170センチ近くある長身で、ストレートの髪質。
瞳は大きくアメジストの様に煌めいている。
鼻筋はすっと通り紅をささずとも美しい小さな唇。
白磁のような滑らかな肌。
初めて彼女を見た者たちは一様に息をするのを忘れてしまう、それほどの美を纏った少女だ。
「確かに、髪の色だけであとは全く似ておりませんが、雰囲気はよく似ておられますよ」
アリアに会ったことのあるリズの言葉にドキリとする。
「そうなの?」
「はい。アリア様は王族の代表の様に美しい所作を身に着けたお方でした。お嬢様の所作はアリア様にとてもよく似ておられます。」
リズは本当によく見ている。
アイリスは小さくため息をついた。
「聖女と所作が似ているなんて、畏れ多いわ」
似ているんじゃない。そのままなだけだ。
アイリスは空を眺めた。
15年前、私はアリアとしての生涯を終えた。
まさかその記憶を持ったまま生まれ変わるだなんて想定外だった。
そう、アイリスは前世の記憶がある。
今、誕生祭で盛り上がる国を救った聖女、アリアの記憶が。
聖女としての力はなく、髪の色以外は何も残ってはいないが彼女は15年前まではアリアだった。
どうして前世の記憶があるのか。
アイリスにもわからない。
「女学院で初めて飛び級制度を利用して14歳で卒業された才女が何をおっしゃいます」
「卒業したのはいいけど、どうせなら16歳までいたらよかったわ。卒業してから暇なのよねぇ」
「アリア様誕生祭が終わると、15歳の誕生日会のパートーナーを決めるために忙しくなりますよ」
「………その忙しさはいらないわ」
アイリスは小さくため息をついた。
「まずは風邪を治しましょう。少しお休みになられてください。起きた頃には旦那様がたくさんの食べ物を買って帰られていると思いますよ」
「そうね………少し休むわ」
アイリスは素直に頷くと布団に潜った。
この幸せなの時間に、アリアとしてこの国の平和を守ったことに安堵するのだった。