配管工の
殺戮
其処には、遠慮や躊躇い、ましてや一切の慈悲の心も存在していなかった
ただの一方的な暴力
最早、抵抗も出来ない者達への異常なまでの殴打
肌が裂け、血を流し、骨が砕け、例えその生命を終えていようとも
色を無くした外壁が剥がれ落ち、雨風を防ぐ事を諦めたガラス達の破片が散乱している
いつの頃からか廃墟と化しているショッピングセンターに閉じ篭っていたレジスタンスの、最後の光を持つ者にも、その時が訪れようとしていた
…嫌だ
…来るな
…誰か
…助けて
声にならない願いは、自分を守って死んでいった仲間達には、もう届かない
当然、自分達を根絶やしにするという命令を受け、自我も無く実行する者達にも
この世の神にも
この世の仏にも
この世の誰にも届かない
この世の誰にも…
「助けてやろうか?」
悔しさと共に、最後を悟ったレジスタンスの生き残りの耳に、陽気な男の声が聞こえた
「ひゃっほ〜ぅ」
吹抜けになっているショッピングセンターの三階から、賑やかだった頃にはさまざまな垂れ幕が飾られていたと思われる錆びたポールに飛び移り、クルクルと回りながら降りて来る男
「カーくん
その子のこと頼んだよ」
「カーくんはやめろ」
男の肩に乗っていた小さなドラゴンは、パタパタと翼を動かし、絶望の淵にへたり込み、涙も枯れた状態で、死を待つことだけしか出来ないでいた者の頭に止まった
「もう大丈夫だ」
そう言い切った小さなドラゴンの額にある、第三の眼にも見える宝石が蒼く輝く
「あ、あ…」
耳当ての付いたサイズの合っていない兵士用のグレーの帽子を被り、少年のように見えていた生き残りの少女は、自分の周りが、蒼く透けて見えるシャボン玉の様な半円球の囲いで覆われていることに気づき、初めて声を出した
「少女だったか…、心配ない
私のテリトリーには、何であろうとも立ち入らせはしない」
「よーし
かかって来なさい」
男が、少女の周りを取り囲んでいる者達に手招きをして挑発する
ギ、ギ、ギ
声ではない
古びた機械が発する、錆びた金属が擦れて出る音
レジスタンスを殲滅する為に投入された百体を超えるロボット
その全てが、一斉に襲いかかってきた
☆
人類が繁栄を極め、その科学力は、月にある資源をも地球に持ち帰れる程になっていた時代
世界中を巻き込んだ、あまりにも愚かで、限りなく無意味な争いは、北アメリカとユーラシア大陸の三分の一を人の住めない土地にし、総人口の半数を失う結果となった
かつて強国と呼ばれた国々が滅び、それから一世紀
人類は、新たな世界を作った
それは、一部の権力者による支配が強まり、強者はより強く、大多数の中間層の者はルールに従うだけの歯車となり、弱者はただ消費されるだけの存在としてしか生きられなくなった世界
大戦を生き残った人間達の、際限なく進んだ科学力を持ってしても、荒廃した大地を取り戻す事ができず、地球を汚す兵器での争いの愚かさには気づいた人類
しかし、人類の歴史書は、血のインクで書かれていると言っても過言ではない人間のDNAは、その行為を止めない
人類の進歩の為に、アルフレッド・ノーベルが発明したダイナマイト
しかしその繁栄を夢見た発明は、国家、もしくは一部の人間の欲望を満たす為の道具として戦争に利用された
そして歴史は繰り返す
大量破壊兵器に代わり、次の戦争の主力となった物は、『人の為に』という開発者の想いを無視して作られたロボット兵士だった
そんな世界を否定するべく、各地に抵抗勢力が生まれ…
…そして潰されていった
いくら抵抗勢力が銃を取り、組織的な反抗を繰り返そうとも、銃弾が効かず、壊れたら部品を取り換えて復活してくる無敵の兵士達に、生身の人間が敵うはずもなかった
☆
のだが…
「ぃよいしょー」
少女は、たった今、目の前で起こった現象が信じられなかった
物心がついた時から、何度も見聞きしてきた現実
街を取り締まるロボット兵士達に、なすすべも無く殺されていった人間達
ロボット一体を完全に破壊するのに、屈強な男達が10人でかかって、やっと倒せる程の力の差
その10人のうち、命を失わずに生還できる者は半数にも満たない
廃棄寸前の旧型とはいえ、そのロボット兵士のパンチを受け止め、ショッピングセンターの二階の天井にめり込む程に投げ飛ばすなど、少女の考えられる範疇を超えていた
「おいおい、建物を壊すなよ
相当脆くなってるんだからな」
「あ、あ、あ…、キャー」
少女を囲っている直径2メートル程の薄い膜の様な物に、ロボット兵士が取り付き破壊を試みるが、小さな傷どころか、中にいる少女に振動すら伝わってこない
ロボット兵士達は破壊を諦め、暴れまわる1人の男に標的を定めた
「少々狭くてすまないが、我慢してくれ
じき終わる」
小さなドラゴンはふわりと浮かび、少女の膝の上に着地した
ロボット兵士の腕を取り、引き千切る
ロボット兵士の足を取り、捻じ切る
ロボット兵士の背後に回り、投げっぱなしジャーマンで二体を壊す
100キロをゆうに超えるロボット兵士をジャイアントスイングで振り回し、数体を巻き込んで破壊する
荒れ狂う竜巻が通り過ぎた後の様に、付近のロボットが次々と行動を停止していく
「な、なにが…?」
やっとの事で言葉を発した少女
「この世は酷いな
いくつかの世界を見てきたが、血の通っていない生き物…と呼べるかはわからないが、あの様な物に生物が駆逐される世界など、あってはならないと私は思う」
「あの…?」
「まあ、どの世界も同じか
人類という者は、自ら滅びゆくようプログラムされた生き物なのかもしれん
いつかは、そうではない世界も見てみたいものだ
ここが現行世界でなければ良いのだが…」
「あの…、もしかして、アナタが喋ってます?」
「私か?
そうだが?」
小さなドラゴンは、少女の膝の上で顔だけ振り返り、質問の意味がわからないかのように聞き返した
「えっ?えっ?やっぱり⁉︎」
少女は、さっきまで死の香りのする絶望の中にいたはずだが、小型犬程度の大きさの爬虫類が人語を話すという出来事に、状況を忘れた
「なんで?やだ、かわいー」
「私はまだ400年程しか生きていないが、普通の人、間と比べ、るならば、遥かに長い年月を越えている
可愛いと言わ、れ、るのは、少し不愉快だ
ちょっ、ちょっと、やめてくれ」
小さなドラゴンの主張は少女には届かず、いろいろこねくり回され、頬ずりの目にあっている
バァーン
「ウッ!」
銃声が響き、男の肩口が血に染まった
数体混ざっている上位のロボット
銃火器を装備している指揮官ロボットは、自らのA Iで判断し、その必要性を認めた
厚さ3センチの鉄板すら、紙の様に貫通する鉄鋼ウラン弾は、男の直線上に仲間のロボットが居ることに構うことなく次々と発射された
100メートル以下で的を外す事などあり得ない精度の弾丸が、続けて男を狙う
二発目は男の太もも
もう一発は、男のシャツの袖口をかすめる
だが、弾丸が男にヒットしたのは、それまでだった
「そんだけ撃たれりゃ慣れるよ!」
確かに、直線的にしか飛ばない弾丸は、発射のタイミングと、銃口の向きさえ分かっていれば、躱すことは不可能ではない
しかし、人間の様に予備動作もなく、無表情で撃ってくるロボットの弾丸を躱すことなど可能なのか?
可能か不可能かを議論するのはやめておこう
今ここに、笑いながら躱している男がいるのだから
「すごい…」
銃声により現実に戻された少女は、その光景に目を奪われた
遮蔽物のないショッピングセンターのホールで、銃火器を持たないロボット兵士を盾にし、また、完全なるバリアとも言っていい少女と小さなドラゴンのいる空間を巧みに使い、銃弾を避けながら、着実に敵を減らしていく
だが、やがて
「あぁっ!」
少女の感嘆の声は、悲痛な叫びに変わる
1対100以上で始まった戦いは、男の持つ圧倒的な身体能力によって、楽勝かとも思われた
しかし、1は人間であった
そして、100以上はロボットであった
疲れを知る人間と、疲れを知らないロボット
痛みを知る人間と、痛みを知らないロボット
足を撃たれた事が原因なのは間違いない
徐々に落ちてゆくスピード
肩からの出血も止まる様子はない
蓄積していく疲労と、失われていく血液
一滴の汗を流すたび、一滴の血を流すたびに、男とロボット達の力の差が縮まっていった
「やだ!やだ!だめ!
、、、ごめんなさい、、、ごめんなさい」
男の動きは遂に捕らえられ、腕を折られ、足を折られ、血の海に沈んでいく
「ここからだ
どの世界にある不思議よりも珍しい現象が見られるぞ
目を逸らさない方がいい」
落ち着き払った小さなドラゴンの声
どこか浮かれている様にすら聞こえる
助けに来てくれた見ず知らずの男が、無惨に死んでいくさまを、しっかり見ていろと言う
まだ人生のいろはさえも知らないであろう年齢の少女は、本当は顔を背けたかったが、強い瞳で顔をあげた
死、というもの
責任、というもの
まるでそれらを理解しているかのように
男の最後
「?」
少女は、またも良く分からない現象を見た
苦痛に歪んだ表情のまま絶命した様に見えた男は、突然両手を上げ、足を広げ、びっくりした時の表情で若干飛び上がり、地面に吸い込まれるように消えていった
そして
「!?!?!?」
男が死んだはずの場所の、やや高い位置
そこに群がるロボット達の頭上に、消えたばかりの男が、半透明で突然現れた
「ひゃっほ〜ぅ」
半数近くまで減っていた、多数を占める旧型ロボット達は即座に反応した
“殲滅すべき敵が現れた”、と
だが、半透明の男に触れられない
最初から数の少ない、銃火器を装備した指揮官ロボット達のAIは混乱した
“ありえない
殲滅したはずの個体と、全く同じ生体反応の個体が再び現れた”、と
そして、半透明からくっきり見える様になった男を再び敵だと認識する前に、二体が倒された
全部で八体いた指揮官ロボットは、密集する旧型ロボットの外側から狙撃してきていたため、男にとって厄介な存在だった
半透明タイムを利用して外側に出た男は、真っ先に指揮官ロボット達を狙う
範囲に制限がなくなった男は、縦横無尽に動き回る
壁を走り、ポールを昇り、時に、何もない空間に“チャリーン”という音と共に足場を作り
「不思議だろう?
死んだはずのアイツが、また現れた」
小さなドラゴンは、コロコロと喉を鳴らし、呆然としている少女の表情を楽しんでいた
「なんで…
あの人は…
あなた達はいったい…?」
「アイツは…
腹も減れば、眠りもする
血も流すし、痛みも感じる
老いもするし、死にもする普通の人間だ
ただ本人曰く、階段でひっくり返った亀で遊んでいたら、残機がバグってああなったそうだ
『クッパの呪い』だと言っていたが、なんのことやら…
当然、そんな顔をするだろうな
私も初めてアイツに聞いた時は、おそらくそんな顔をしていただろう
どれほどの時を一人で過ごしてきたのかわからない
かつては仲間も、友も、愛した人もいただろう
だが、自分だけが死ねない
何度も生き返ってしまう中で、いつからかアイツは孤独になった
だからだろうな
困ってる人間がいたら、助けずにはいられないんだそうだ
(…人間だけではないか
我らでさえも…)
それだけが、アイツが“一人”ではないと実感できる瞬間なのだから」
ふんわりとした赤い帽子
赤いシャツに青いオーバーオール
白い手袋に、丸みを帯びた白い靴
「ダァーーーーーーーー」
この激動の時代にそぐわない格好をした男は、全てのロボットを行動不能にし、ガラクタと化した機械達の上で吼えた
「アイツの名は、“マリオ”
そして私は幻獣、“カーバンクル”
この世界を救いにきた」
これは大丈夫なんだろうか?
まあ、続きも考えてないし、冒頭だけ