もしも願いが叶うなら何者でない彼と出会いたかった
ショーウィンドウで見つけたターコイズグリーンの石。それが目に入った瞬間、あの時の記憶が呼び戻される。
「何があった?」
私の左腕をつかんで顔を覗き込む彼。
いつも彼は私の不安や不調に気付いてくれる。私の嘘をすぐ見抜いてしまう。
今しかない、そう思った。ここからは彼に気付かせるわけにはいかない。見破られるわけにはいかない。
大きく深呼吸して無表情を装おって。
「離して」
冷たい声を出す。でも掴まれた左腕はそのまま。
そして私は大好きな彼のターコイズグリーンの目を見つめながら
「子どもができたの。」
表情を固めて一瞬の隙も見せない顔で告げた。
瞬間、訳が分からないという顔をした彼。呆然としながらも私にその言葉の意味を尋ねようとして言葉を選んでいるんだろうか。真実を探ろうとする視線を向ける彼を避けるように私は下を向いてしまった。
長い沈黙の後、掴んでいた私の左腕を離すと、絞り出すような声で
「そうか」
と言うと彼は部屋を出ていった。
彼が出ていって足音も消えて緊張の息を吐いた途端、叫びたくなった。でも、万が一でも彼が戻ってくる可能性を考えてドアの鍵を閉める。
「カチャッ」
鍵を閉めた事で私の蓋をしていた気持ちが溢れてきたのか、涙が止まらなくなった。ヨロヨロとベッドに向かい、分厚い布団を被って外に声が漏れないようにその夜は一晩中静かに泣き続けた。
妊娠、そんな事があるはず無い。彼とも他の誰ともした事は無い。
彼が幸せになるためについた嘘。違う。自分が楽になるためについた嘘。そして傷ついた事を彼に悟らせないためについた嘘。彼が本当の自分を取り戻すための嘘。
彼と出会って嬉しくて仕方がなかった。はじめての恋。一緒にいるだけで幸せだった。でも、生きる道が違いすぎた。彼にとっては一瞬の気の迷い。彼はこの国の王子様。そして隣国には婚約者がいる。それはこの国にいる誰もが知っている真実。
「お客さん、その石、気に入ったみたいだね。」
無精髭をはやした店主が話し掛けてきて、はっと気付く。どれくらいの時間、見つめていたのだろう。
「魔除けになるよ。お嬢さん、美人だから悪い男に捕まらないように。どうだい?」
商売上手な笑顔の店主。しばらく夜ご飯はパンとスープだけにすればいいか、そう思いながら私も笑顔を返した。