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*藤ヶ谷エンド

「いってらっしゃい」と速水部長を見送るまでは良かった。

 そのまま社に戻り、席についてPCを開いてメールやタスクを消化しようとしても、目が滑って内容が全然頭に入ってこない。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう!!!!

 正直こんな事初めてでどうしたらいいのかわからない。

 わからなすぎて、とりあえずほっぺをつねってみた。


「痛っ!」


 ああああああああ! やっぱり夢じゃないよ。

 二人いっぺんに告白されるとか。私、明日死ぬフラグかもしれない。

 デスクに突っ伏したら、ゴンと派手な音がして、やっぱり痛い。


「あの……宮瀬さん。いつにも増して変ですよ。大丈夫ですか?」


 藍野さんはとてもヤバイ物でも見るかのように、私を斜め前の席から見て引きつつも一応心配してくれる。


「は……はは。大丈夫だよ。多分」


 幸か不幸か、藤ヶ谷君はクライアントのところに訪問で社内にはもういなかった。

 私はほっと息をつく。今、顔合わせたら、余計な事を言ってしまいそうだもの。

 変に誤解されたくない。だって藤ヶ谷君は私が部長の事が好きだと思ってるもの。


「定例ミーティングは出席者少ないから中止予定ですし、体調良くないなら帰ってもいいですよ。宮瀬さん」って杜山さんは心配そうに言ってくれる。

「でも……」と渋る私を藍野さんは、

「休む事気にするなら、午後からテレワークにすればいいし。宮瀬さん、明後日は速水部長と金沢に出張でしょ?」と藍野さんも言ってくれる。


 速水部長の名を聞いて、どきんと心臓がはねる。

 確かにこのまま職場(デスク)にいて、藤ヶ谷君がいつ帰ってくるかと気をもんで集中できる気がしない。

 部長と出張の話なら対面でなくてもできる。


「ゴメン。やっぱり今日は帰るね。何かあったら連絡して。オンラインにはいるから」


 私はPCとタブレット、会社用スマホをまとめて鞄に入れる。


「お疲れ様でした」の声に送られて、私は席を立った。


 ビルを出ればピーカンの青空なのに、私の心はざわざわしっぱなしだ。

 午後の大通りを歩きながらつい考える。

 部長が私の事、好きだと言ってくれた。

 嬉しかったのに何故あの時、一緒に行くとすぐに返事ができなかったの?


(藤ヶ谷君のせいだよ……)


 ほんの少しのつもりだったのに、私の心はいつの間にかオセロのように藤ヶ谷君に埋められてしまったから。

 苦笑して私物スマホカバーの内側に貼っていた、レイのステッカーを見る。


(明後日、行けなくなったって部長に言わないと)


 カメラ越しでも、電話越しでもなく、絶対に本人目の前にして言わないと。

 三年も好きだったのは不義理な女、と思われたくはなかった。


 ※ ※ ※


 1日のテレワークを挟んで、私は東京駅で速水部長と待ち合わせて、山梨へ向かう。

 ここは家族経営の小さな酒蔵で本数もそう多くはないのだが、とても美味しい日本酒が作られている。

 私達はその酒蔵から依頼されて、初めての海外販売のお手伝いという訳だ。

 幸い社長さんも乗り気で、契約自体はすんなり終わり、少し早めの夕食時間に私達は解放された。

 私達は一旦ホテルに戻り、荷物を置いてから、定宿の近くにある居酒屋へ夕飯を食べに出た。


「お疲れ様、宮瀬。この後もまだまだあるけど、頑張ろうな」


 差し出されたビールのグラスに、私はウーロン茶のジョッキを合わせる。


「ありがとうございます。“佐々倉”を有名にしないと、ですね!」


 私がウーロン茶を飲んで上機嫌に佐々倉の良さを語り、速水部長は余裕そうに微笑んでいる。


「私、“佐々倉”って、絶対外国ウケすると思うんです。誠実な造り、味、お米に水。どれをとっても大手にひけは取らないと思ってます。だからみんなに知って欲しいんです」

「そうだな。ウチのルートを使って買える事を知れば、海外でもちゃんと売れるよ。むしろ売れた後が心配だけど」

「えっ。どの辺ですか?」

「またまだ小さい造り酒屋でそれほどの本数が作れない。いずれ大量生産が必要な時が来る。そうなった時どうする? 宮瀬」

「そりゃあ速水部長が以前言っていた通り、少ない本数に希少性っていう付加価値をつけて売るとか、ですか?」


 とたんにぺしん、とおでこを叩かれる。


「違う。今回はよりたくさんの人に飲んでもらうために大量生産を考えた方がいい。社長さんの理念を受け継いだ、まっすぐで誠実な酒を造って広めるのが私達の役割だ」

「えーと……社長さん、“目の届く範囲でしか作りたくない”と……。速水部長、一緒に聞きましたよね?」


 またまたぺしん、とおでこを叩かれる。


「そこを説得してウチの製造ラインで作れるようにするのが、お前のタスクで営業(我々)の仕事だ。期待している」


 説得は私の一番苦手なところ。3年経った今でも苦手だ。


「うう……。頑張りますよ。将来の“佐々倉”のためだもん」


 社畜たる者、どんな仕事にもイエスと言わないと。

 今日のウーロン茶は少し苦かった。


 ※ ※ ※


 私達は食事を終えてホテルに戻る。

 今回、部屋は同じ6階。別々に鍵を受け取り、6階のエレベーターを降りた。

 今を逃せば、もう直接言う機会がない。

 部屋に戻ろうとする速水部長を私は呼び止める。


「あの……。速水部長!」


 私の声で振り返った速水部長は「どうした? 宮瀬」と立ち止まる。


「私、日曜は約束があって……行けません。ごめんなさい!」


 速水部長はほんの少し表情を変え、「そうか。遅かったか……」と残念そうな後悔交じりの声音で言った。

 私は暗い雰囲気に耐えられなくて、わざと明るく私は言った。


「んもぅ。ホント遅いですよ、部長。契約はいつもあんなに素早いのに、3年とか待たせす……」


 速水部長は全部を言わせてくれず、私の右手を強く引き、よろめいたところを狙って強引におでこにキスした。


「ぶ、部長!?」


 私はとてもびっくりして、思わずおでこを右手で抑え、お酒も飲んでないのに赤くなる。

 部長はしてやったりといった表情で「これくらいは貰ってもいいだろ。何せ三年も片思いしていたんだから。年増男の情念を昇華するには時間がかかるんだよ!!」


 ぺしん、とキスしたおでこを軽く叩き、真顔で言った。


「もう仕事以外で心配しない。困ったら藤ヶ谷を頼れ」


 部長。もう仕事以外では助けてくれないんだ。

 当たり前だけれど、少し寂しい。


「はい……。今日まで助けてくれてありがとうございました。部長の気持ち、嬉しかったです」


 良かった。ちゃんとありがとうって言えた。

 私の3年分の気持ちも、行き先を見つけて解けていくような気がした。


「“佐々倉”世界で戦える酒にしよう、宮瀬」


 部長が握りこぶしを突き出したので、私も握りこぶしを作って合わせる。


「はい! 絶対社長さんを説得します!!」


 私と部長の3年間は決して無駄な時間じゃなかった。

 これからは戦友で部長の一番弟子。

 そう素直に思えた自分がとても嬉しかった。


 ※ ※ ※


 今日は約束のライブの日。ケイ担の私は黒いTシャツに黒いジーンズ。

 だってケイの推し色は黒なんだもの。

 黒いリュックにツアーグッズのピンバッチや何やらを一杯つけて家を出た。

 全部、ぜんぶ。藤ヶ谷君の言う通りになった。私の負けだ。降参だよ。

 私は今日言うつもりだ。「本気で付き合いたい」と。

 ……思っていたのよ。だけど。


(す、すごい人混み。5周年記念だし、人が来ないよりは嬉しいけれど……)


 私は肝心の藤ヶ谷君を探し損ねてしまっている。

 待ち合わせってここだよね、と振り返って出口の名前を確認し、スマホの時刻を確認する。

 もうそろそろ会場が開く時間だからか、人混みに流されて待ち合わせ場所から離れてしまうその時だった。


「宮瀬さん!」


 呼ばれた声に振り向けば、周りより背が高くて、二番目にカッコイイ男性。


「藤ヶ谷君!」


 ごめんなさい、すみません、通してください、と人の流れに逆行して藤ヶ谷君の元に向かう。

 藤ヶ谷君も人波をかき分けて、私の方に向かって手を差し伸べ、私も必死に手を伸ばして、ほんの少し、指が触れ合った。


「ようやく捕まえた」


 私の手をしっかりと掴んだ藤ヶ谷君はレイの推し色、シルバーや近いグレーて固めていた。

 ライブ会場に向かう人波でごった返している。

 ここで立ち止まると迷惑なので、私達は端の少し空いたスペースに移動した。


「おお。さすがレイ担。藤ヶ谷君、グレー似合うね」


 藤ヶ谷君のスーツもグレー系が多いのは絶対そのせいだ。

 だけど藤ヶ谷君はせっかく褒めたのに、「ここまで来て、最初がそれですか?」とちょっとがっかりした顔をした。

 何を望んでるかはわかるけど、ちょっと照れるんだよ。


「えーと。私、藤ヶ谷と……」


 ぼそぼそと話す私の声は、あっという間に人のざわめきにかき消されてしまう。


「ぜーんぜん、聞こえませんよ。もっと大きな声で!!」


 藤ヶ谷君はわかってる癖に、意地悪だ。

 そのくせニコニコしている。

 うう。なんか腹立つけど、やけくそ気味に大声で叫んだ。


「私っ!! 藤ヶ谷君と本気で付き合いたいですっっ!!!!」

「合格」


 ぱちりと目をあけたら、藤ヶ谷君の顔があって、唇に温かい感触。


「ふっ、藤ヶ谷君! ま、まだ返事をしたばかりなのですがっっ??」


 思わぬ不意打ちに思いっきりどもり、顔が赤くなる。


「イエスってことは、キスしてもいいって事でしょ?」

「そうですけど、そうじゃないですっっ!!」


 この俺様め! と思いつつ、藤ヶ谷君のペースに流され、ドキドキしっぱなしで痛い心臓を宥めながら、せめてもとお姉さんぶってみる。


「ふーんだ。そんな意地悪ばっかりなら、サイン入り銀テ、取ってもあげないもんねっ!」

「その辺はこの前、“ちゃきっコ”さんと交換協定結びましたから大丈夫です。同業他社は常にチェックしておくものだって教えてくれたのは宮瀬さんですよ」


 ああ言えばこう言う。口先上手な天性の営業マン(たらし)め。

 私、口先に乗ったばかりに、まんまとこの年下俺様王子君に騙されちゃった。


「行きましょう! ライブ!!」


 私は差し出された手に重ねて、握り返した。


「うん!」


 世界で二番目にかっこいい、俺様王子の手は大きくて意外と温かかった。

 ……だけど、一番目もそのうち盗っちゃうのかも知れないな、とちょっぴり震えた。


 ――藤ヶ谷エンド おしまい――

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