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速水暁

 第一印象は好青年。

 年の割に落ち着いてるし、営業先にも評判はまあまあ。

 宮瀬も「国内営業で鍛えられたせいか、担当者のニーズをつかむのも上手く、覚えが早くて優秀です」と評価も高かった。

 だから安心している。仕事の面だけは。


 今は別の心配ごとが増えている。日に日に藤ヶ谷が宮瀬に近づいているから。

 あれは一体何なんだ。たった二週間で二人に何があった。こんな事は初めてでどうにも落ち着かない。

 チームの何人かが出張中と言う事もあって、初日に歓迎会もできないからと、宮瀬に金だけ渡して飲みに連れていかせたら、この結果とは。

 同じチームの杜山(もりやま)藍野(あいの)紫藤(しとう)だって、こんな速さで打ち解けて仲良く、なんて事はなかったのに。

 こんな事なら、二人だけでなんて行かせなきゃよかったと後悔している。


 私は二人をノートPCの画面越しに見ながら、少しイライラしながらキーを打ち、無駄に力を込めてエンターキーを押す。

 いくらOJT終了直後とはいえ、フリーアドレスなんだから別に隣じゃなくてもいい。

 向かいとか、もっと間を広げて座ってもいいのに。

 あれではフリーアドレスの利点を損なっている。


「……長。速水部長!」


 いかん。呼ばれたことに気が付かなかった。

 私はあわてて顔をあげると、タブレットを持った杜山がデスク前に立っていた。


「っと。悪い、杜山。何だ?」と差し出されたタブレットを見る。


「例の食品卸との契約の接待です。どうしたんですか? 速水部長」


 そうだった。杜山の契約の話だ。

 規模はまだ小さいが、ウチが弱い東ヨーロッパの足がかりにもなりそうな大事な契約だ。

 気を抜いて他社に足を掬われないようにしないと。


「いや、ちょっと考え事してただけ。準備は?」

「ダイニングの個室も抑えましたし、タクシーも手配しました。当日は新発売の日本酒のプロモーションも兼ねて、発売前の新商品、商品開発部と交渉して少し分けてもらいました」


 新商品は新しい辛口の日本酒。スパークリングタイプでイタリアンにも合うが、フルーツやデザートに合う。

 少し考えて私は言った。


「杜山、当日はベリー系凍らせて、それをシャンパングラスに少し入れてもらうよう準備して。奥様は日本のフルーツ、特にいちごが好きなはずだ。それを食後に出して、目の前で注ぐ」


 いちごやブルーベリー、ラズベリーやカラントを少し細かく切って、スパークリングを注いで軽くステアすれば、ふわふわとグラスの中で浮いたり沈んだりしてきっと見栄えもいい。

 飲み口はベリーの香りがする、いい食後酒になる。


「わかりました。明日に必ず間に合わせます」


 教えてやると杜山も想像できたのか、さっそくいちごの手配に向かった。


 ※ ※ ※


 今日は定時推奨日。

 余程のことがなければ大抵の者は定時で帰る。

 部下達も帰ったが、私と杜山はいつもの店で一緒に取引先とプレゼンを兼ねた会食だ。

 感触もまあまあで、取引先のフォルトゥナート様も、お連れの奥さまアリアーナ様も飲んだ日本酒でご機嫌だ。

 私達は二人を宿泊しているホテルに送り届けるためにタクシーで正面玄関に乗り付けた……が。


 奥のフロントには、馬鹿みたいに背の高い男とよく見知った横顔の女性。


(あれは藤ヶ谷と……宮瀬?)


 二人は私に気が付くことなく、楽しそうにフロントから鍵を受け取って宿泊フロアのエレベーターに向かった。

 二人でホテル――。

 どくり、と心臓が嫌な鼓動を伝える。


「速水部長、酔いましたか? 顔色悪いですよ?」


 杜山が呼ぶ声で、呆然と立ち尽くしていた私は我に返った。

 打ち合わせ通り、一台は先に帰したのだろう。


「いや……ああ。少し酔ったかも。私はこのままタクシーで帰る。杜山は自由が丘だろ。乗ってくか?」


 私は引き留めていたタクシーに乗り込んで、杜山に尋ねると、


「はい。明日もあるので助かります」と同乗する。


 タクシーに行き先を告げ、私達はホテルを後にする。

 一刻も早く宮瀬と藤ヶ谷のいる場所から逃げ出したかった。


 ※ ※ ※


 私は昨日の光景が頭から離れず、朝からもやもやしっぱなしで出社する。

 宮瀬はずっと私の側にいるものだと勝手に思っていた。

 朝に挨拶をして、食生活を心配するふりをして昼や夜を時々一緒に食べて、仕事も気が利いて。


「おはようございます、速水部長」


 宮瀬は今日も変わった様子はない。

 ホテル泊まりなのに、服装は昨日と違っていた。

 きっと荷物はどこかに預けて出社したのだろう。


「……おはよう。宮瀬」


 いつものように宮瀬はなんとかバーとかいう、不健康そうなチョコバーをかじってコーヒーで流し込む。


「おはようございます、速水部長」


 藤ヶ谷も出社して、当然のように宮瀬の隣にPCを広げる。

 藤ヶ谷も昨日とは違うスーツだから、二人は始めからそのつもりで用意していたということだ。

 ちりっと胸が焼けて痛い気がするのは気のせいじゃない。

 宮瀬は個人ボックスからチョコバーを取り出して藤ヶ谷に渡し、藤ヶ谷は嬉しそうに封を切って並んで食べる。

 宮瀬は28歳。藤ヶ谷は25歳。38歳の私なんかよりも余程似合いのカップルだ。

 私は宮瀬が食べ終わったのを見計らって、PCからチャットメッセージを送った。


『宮瀬、話がある。昼に付き合ってくれ』

『承知しました。今日は会議も打ち合わせもないので、適当に声かけてください』


 私は仲良さそうに仕事をする二人を視界に入れたくなくて、PCのサブモニターを見つめ、仕事に没頭した。


 ※ ※ ※


 あまり飲めないが食べること自体は嫌いではない宮瀬を、会社の裏手にあるいつものイタリアンに連れていった。

 ここは全粒粉パスタや有機野菜のサラダビュッフェが自慢のイタリアンレストラン。

 野菜も洗ったり切ったりが面倒だと、基本ジュースでしか取らない宮瀬に何とか食べて欲しいと色々連れていったが、ここが一番反応が良かった。

 ここはサラダが日替わりで、ランチにしては豊富な種類の野菜と店の手作りドレッシングが好みだという。

 二人でランチセットのパスタを頼み、先に来たサラダをつつきながら本題に入る。


「宮瀬は付き合ってる男性(ひと)はいるのか?」


 宮瀬は突然すぎたのか、びっくりしてフォークを取り落としてサラダの皿に落とし、がちゃんと派手な音がした。


「と、突然どうしたんですか! 部長!!」


 宮瀬は周りの視線に身を縮めながら改めてフォークを手に取って、しゃりしゃりとレタスを食む。


「昨日、フォルトゥナ―ト様の接待で、宿泊先がアルストーリアホテルだったのだが……」

「はい」

「お二人をホテルに送り届けたとき、フロントでお前と藤ヶ谷を見た。お前達は付き合っているのか?」


 宮瀬はまたがしゃんとフォークを取り落とし「えっ! み、見てたんですか!?」と赤くなって俯きながら「その……アレには色々と事情が……」と口ごもってしまった。


「いや、言いたくないなら言わなくてもいい。今日は宮瀬に知って欲しいことがあって誘ったんだ」


 私はフォークを一旦おいて、宮瀬を見つめる。

 察しのいい宮瀬もフォークを置いて、ようやくこちらを見た。


「ホテルで二人を見かけたとき、横から現れて宮瀬をかっさらう藤ヶ谷に腹が立ったし、ぼんやりしていた自分にもっと腹が立ったんだ。ずっと変わらない関係だなんて、約束していたわけでもないのに、勝手に思い込んでいた」

「速水部長、あの……」

「好きだよ、宮瀬の事が。3年前からずっと」


 3年前、私と宮瀬の二人から始まったチーム。

 経験者は私しかおらず、宮瀬は国内の営業経験すらないところから始め、今や6名の立派なチームとなったのは、宮瀬のおかげだ。


「来週の日曜日、フォルトゥナート様のところでプライベートのホームパーティーがある。そこで宮瀬を私のパートナーとして紹介したい」


「パートナーって……私がパートナー(恋人)ですか!?」


「そうだ。宮瀬から見れば私は10歳も年上のアラフォーの“おじさん”だし、近い将来、必ず海外転勤もある。恋人としてマイナスばかりだが、気持ちも伝えないまま藤ヶ谷には取られたくない」


 私はテーブルに置かれた宮瀬の左手に、そっと自分の右手を重ねると、宮瀬は私を見つめ返した。


「もちろん返事は今すぐじゃなくていい。OKなら日曜10時、麻布十番駅の出口4に来てくれ」


 左手は振りほどかれることはなく、最後まで言わせてくれた宮瀬にもう少し触れていたかったが、注文していたパスタが来て、私は名残惜しくも、ゆっくりと手を離した。


 ――宮瀬は来てくれるだろうか。


 フォークを手に取り、バジルソースのパスタを巻き付けて口に運ぶ宮瀬を見ながら、自分もアラビアータのペンネを口にする。

 藤ヶ谷に負けないくらい大事にするから、私を選んで欲しい。

 だが、宮瀬は自分を求めてくれるのか、全く自信がない。

 ピリリと辛いアラビアータは、まるで自分を叱咤しているような辛さだった。

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