雨の日の勇者と魔王
雨が降る。
雨が降っている。
今日は私の日。私の番。
たぶん、明日も雨。
だから明日も、私の番。
「ん、誰だお前?」
「……?」
今日は雨。
だから、今日は晴れの日の勇者さんはお休み。
今まで晴れの日が続いていて私の番はなかったから、雨の日の前日に久しぶりに彼から連絡が来た時は焦った。明日も晴れだろうと思い込んでいた私が悪いんだけど、急な彼からの連絡は本当に心臓に来る。
晴れの日の勇者さんは今、魔王の城を攻略中だった。それを聞いて内心驚いたけど、晴れの日の勇者さんの腕ならそれはおかしい事ではない。晴れの日の勇者さんの力はあの大賢者様の攻撃をなんなく弾いて且つワンパンで倒してしまうくらいなんだ。それを見て、私は晴れの日の勇者さんに惚れた。
その日から私は晴れの日の勇者さんにぞっこんラブなのだ。
もし彼に喧嘩を売ろうものなら死を覚悟しておいたほうがいい。と、前に誰かに言われた事がある。
そして今、私は晴れの日の勇者さんに代わって魔王の城の中に潜入中。
途中まで描いてある地図を眺めながら、私は晴れの日の勇者さんが取り損ねた宝箱の場所を確認し、回収して歩く。
私の仕事はそれだけで、私が晴れの日の勇者さんに代わって魔王を倒すなんて事はできない。それは重罪に値する。魔王退治の仕事は晴れの日の勇者さんとそのお仲間さんにしかできない仕事だ。
そんな訳なので、もし私が魔王に出会ってしまった際にはどうする事もできないので逃げるしかない。
逃げるしかない、のですが……。
「……こんな所に勇者以外の人間が入り込んでいるとはな。…まったく、警備は一体何をしている」
「……………」
出会ってしまいました、魔王。
晴れの日の勇者さん、ごめんなさい。
私はもう駄目みたいです。
「…ん?違うな。あんた…勇者か?」
「!」
「うん、そうだ。あんたは勇者だ。微かだがオーラが見える。…でも、昨日見た奴と全然違うぞ」
魔王は私をまじまじと見る。
上から下まで舐め回すように見てくる魔王を見て、私は"ここからどうやって逃げようか"と必死に考えていた。
晴れの日の勇者さんなら魔法で目眩ましの一つや二つ簡単に出来るのだろう。が、私は勇者だけど、魔法の一つも使えない。道具も晴れの日の勇者さんから貰った飴玉くらいしかない。
飴玉でどうしろと!?
「あんた、こんな所で何をしている?」
「え、あ…ええと、私は…」
「…迷子、という訳ではないな。地図持ってるし」
「……………」
「まさかとは思うが、あんたも俺を倒しに来たのか?」
「え!?そ、そんな滅相もない!私は、あの…!晴れの日の勇者さんの代わりにこの城に…っ!」
「……あ?」
あわてふためく私。
そんな私の言葉を聞いて、魔王は眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「晴れの日の勇者…?なんだかよくわからんが、その慌てよう…俺を倒しに来た訳じゃないな。隙だらけだ」
「……………」
「倒しに来た訳じゃないとすると、ほんとにあんたは何でここに居るんだ?」
「……………」
晴れの日の勇者さんの代わりに宝箱の回収に来た。なんて言えない。
城の中にある宝箱は魔王の大切な物だろうし、もしそれで"宝箱の中身を貰いに来ました!"なんて正直に話してしまったら絶対に牢屋に直行して晴れの日の勇者さんに迷惑が掛かってしまう。
だから絶対に言わない、これだけは。
「……………」
「…だんまり、か。まぁいい。あんたがここに何しに来たかなんて俺には関係ない」
「………………」
「………、あんた、ここで死にたいか」
「!?」
突然の魔王の言葉。
吃驚して、目を見開く。
その様子を見て、魔王は口角を上げてクスクスと笑った。
「野暮だったか?…人間はいつもこの質問をすると誰もが命乞いをする。あんたもその類なんだろうが、俺は魔王だ。慈悲はなく、そいつらをこの手で握り潰す」
「っ………」
「あんたは勇者だから、その行為は絶対に許さないだろ。だから俺と対立し、合間見える」
「……………」
「昨日見た勇者は、典型的な正義をぶつけて悪を倒す…俺の大嫌いな部類の奴だったよ。見ただけで一目瞭然だった。……だが」
「………!」
言いながら、魔王は私の肩を掴んで壁に押し付ける。
押し付けられた拍子に持っていた地図が足下へ落ちて、私は目の前にある魔王の顔を見て眉を下げた。
「あんたはどうやら違うみたいだ。奴とは明らかに違う。オーラの中にどす黒い何かを感じる」
「な、…なんですか、それ…」
「さあ。それは俺にもわからん。…が、あんたは勇者っていうよりも、」
「……!」
言いかけた瞬間私は魔王の身体を強く押し、距離を取って離れる。
よろめいた魔王はすぐに体勢を立て直し、再び口角を上げた。
「わ、私は勇者です!あ、雨の日限定ですけど、私は王様から選ばれた立派な勇者です!」
叫ぶ。
涙目になりながら、魔王に向けて叫ぶ。
すると次の瞬間、私の足下が光を放ち、私の身体は拘束されてしまった。魔王がいつの間にか仕掛けていた魔法陣による包囲の術。
晴れの日の勇者さんから聞いていた魔王の持つ魔法の一つだろう。
「なっ、…」
「はい、拘束完了。…言ったろ、あんた隙だらけだって。あんたには悪いがこのまま捕まってもらう」
「っ、…ん、…外れな、い!」
「当たり前だ。あんたの力じゃそれは解けない。諦めるんだな」
「………っ」
魔王が近付く。
魔王を見て、私は眉を下げた。
「晴れの日だか雨の日だか知らんが、勇者は勇者だ。大人しく俺の餌になってもらう」
「え、さ…?」
「ああ。…魔王はな、勇者の血と肉を得て強くなっていくんだ。あんたはあまり美味くはなさそうだが、…まぁ、ないよりはマシだろ」
「……………」
魔王の餌。
私はこれから、この人に食べられてしまうのか。茹でられるのかな、それとも焼かれるのかな。そんなどうでもいい想像が頭の中で回り歩く。
うぅ、晴れの日の勇者さんごめんなさい。
私はこれまでのようです。
「……………」
「……、あんた、命乞いしないのか?」
「…え?」
「肝が座ってんのか、それともただの馬鹿なのか。どっちでもいいけど、少しは暴れたりしてくれないとこっちも調子狂うんだよ」
「あ、えと……すみません」
きょとん。として謝る。
自分の言葉に素直に謝った私を見て、魔王は深く息を吐いた。
そして、呆れたのか私の拘束を解く。
「!」
「…あんた変な奴だな。勇者とはいえ、人間のくせに俺を見てもあんま怖がらねえし」
「え、…あ、その、こ、怖い…ですよ。でも、その…私、怖さとか、あまり顔に出なくて…」
「ふーん」
あまり興味がなさそう。
勇者の話なんて魔王には関係がないもんね。しょうがない。
…でも、魔王ってイメージしていたのとは違って、意外と話しやすい人なんだな。
「少し、興味深いな」
「え?」
「…あんたの事だ。少し興味が出てきた。喰うのは止める」
「きょうみ…」
前言撤回。興味あったみたいです。
言って、魔王は足下に落ちていた地図を拾う。描きかけの地図に首を傾げて彼は頭の上に"?"を浮かべた。
「この地図、あんたが描いたのか?」
「え?あ、いえ、これは晴れの日の勇者さんが…」
「ふーん。…なんだかわかりづらい地図だな」
「?、そ、そうですかね。わかりやすいと思いますよ?」
「線と点が描いてあるだけの地図のどこがわかりやすいんだよ。…はぁ、仕方ない」
「………?」
溜め息を吐いて、魔王は地図を見つめる。しばらくそうしていると、彼は手のひらにパッとペンを出現させて、地図に何かを書き始めた。
首を傾げながらその様子を見ていると、書き終わったのか彼は地図を私に返す。
晴れの日の勇者さんの描いた地図に魔王はいろいろ描き足してくれたみたいだ。
「これは…?」
「そんなガキが描いたみたいな地図じゃこの先絶対に迷う。だから、あんたでもわかりやすいようにしといた。ありがたく思え」
「……………」
地図と魔王を交互に見る。
晴れの日の勇者さんが描いた地図よりわかりやすい。これなら迷う事なく探索が出来そうだ。
「それ見ながら、さっさと用件すませてさっさと帰れ」
「え?…あ、えと、…餌には、しないんですか?」
「…ああ。餌にはしない。俺は他の奴とは違って、気に入った人間は餌にはしないんだ」
「……………」
腰に手を当てて、魔王は言う。
逃がしてくれるなんて思わなかった。今日で私の人生終わりだと思っていたから、この展開は驚きだ。
魔王は、本当は良い人なのかもしれない。
「あ、ありがとうございます。…魔王さん。このご恩は忘れません」
「……あんた、変わってるって言われないか?」
ペコリ、と頭を下げる。
それを見て、魔王は再び呆れて溜め息を吐いた。
そして私は魔王と別れ、城の探索を再開する。
地図を見ると、奥の方にまだ道があるみたいだ。
「よし。この調子で行けば、朝までにはなんとか終わりそうだ。…待っててください、晴れの日の勇者さん」
晴れの日の勇者さんをいかに楽にさせるか。そのために私は頑張っている。雨の日の勇者である私は、あまり表沙汰には活動できないけど、私はこの職業に誇りを持っている。
晴れの日の勇者さんの役に立つ事が、今の私の幸せなんだ。
たまには、晴れの日の時でも冒険してみたいって願望はありますけどね。
「…、あんた、まだここに居たのか」
「!、あ、魔王さん。ええと、…はい。ちょっと迷子になってまして…」
「………………。(地図があるのに何故迷うんだ)」
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