エルフの恋
サムは一人で森のなかを歩いていた。彼は森の中にある、大きな切株を見つけると、そのそばで立ち止まった。
やがて、一人のエルフが切株のところにやってきた。
「サム」
「ナターリア」
お互いを見つけると、二人はひしと抱き合った。彼らはここで待ち合わせをしていたのである。
サムとナターリアが出会ったきっかけは、サムが森で毒虫に刺されて倒れてしまったことだった。それを見つけたナターリアははじめ、サムを見棄てようと思った。それというのも、エルフは人間と仲が悪く、人間を野蛮な生き物であるとみなしていたからである。
しかしながらナターリアは、人間を嫌うにしてもせめて助けるべきであると判断した。ナターリアは木のうろにサムを隠し、毒を治療した。
回復したサムは丁重にお礼を言った。それはエルフの間で噂されている、野蛮人の言動とは程遠いものだった。
またサムには、エルフの男たちが持っているような気位の高さや偏見というものがなかった。彼はやさしさの中にも深い人間性を持った男だった。そこにナターリアはいつしか惹かれていった。
サムもまた、自分を助けてくれた心優しいエルフに対して心惹かれていた。そしてサムが人間の国に帰ってからも、一日に一度、森の中で会うようになった。
ところが、その幸せは長くは続かなかったのだ。
この日、足しげく出かけるナターリアを不審に思ったエルフの一人がナターリアをつけていたのだ。
「ナターリア、何をしてる?」
「オルレス! どうして?」
「こちらこそ、どうしてと聞きたいね。どうして人間の男と抱き合っているのだ?」
「わたしは、この人を愛してるの」
「なんと汚らわしい!」
オルレスは身を震わせた。
「頭がおかしくなってしまったのか、ナターリア」
「おかしいのはわたしたちエルフのほうよ、どうして対して確かめもせずに人間を嫌うの? 人間の中にだっていい人はたくさんいるわ」
「お前は騙されているんだよ、ナターリア。人間は野蛮で嘘つきで、愚かだ。それがわからないとはね」
「あなたこそ、サムがどんなに素晴らしい人かなんてわからないでしょう」
「いずれにせよ、これを見たら王がなんというか。このことは王に報告させてもらう」
「勝手にすればいいでしょ」
「お前も一緒にくるんだ」
「一人で行って」
ナターリアの剣幕に押されたオルレスは後ずさると、そのまま踵を返して立ち去った。
「どうしよう、困ったことになったわ。もうこの村にはいられない。この森を出なきゃ」
「でもそれならどこへ?」
「人間の国には行けないの」
サムは悲しそうに首を振った。
「いい人も、中にはいる。でもほとんどの人はみんな臆病なんだ。もし君の姿を見つけたら、すぐさま追い出そうとすると思う」
「それじゃあ、わたしたちはどこへ行けばいいの?」
「こうなったら、別の森で暮らすしかない」
「別の森?」
「ああ、人間もエルフも住んでいない森が、東にいったところにある。そこでの生活は大変かもしれないが、二人でならやっていけるはずだ」
「それなら、家作りとかならわたしに任せて。エルフは木に住処を作るのが得意なの」
「それなら狩りはおれに任せて。鹿やウサギをとってくることならおれにもできる」
「今すぐ行きましょう、その森に」
ナターリアがそういった直後、サムがナターリアの体を大きく突き飛ばした。それからひゅっとという音がして、続けて鈍い音がした。
サムが地面に倒れた。
「サム?」
サムの喉には矢が刺さっていた。
ナターリアは矢の飛んで来た方角を見た。そこには弓を構えたオルレスがいた。
「汚らわしい人間は始末した。あとはナターリア、お前はわたしについてくるのだ」
「どうして殺したの!」
「人間と結婚しようとしたりするからだ!」
ナターリアはその場に泣き崩れた。
「ナターリア!」
サム、とナターリアはつぶやいた。
オルレスがナターリアのほうへ歩み寄った。
そのときナターリアはサムの首から矢を引き抜いた。そしてそれを自分の心臓に突き刺した。
「ナターリア!」
オルレスはナターリアのそばに駆け寄った。そのころにはサムもナターリアも、絶命していた。