9.エレノアside
正直にいうと、私はハーロック、いえユーディーさんに惹かれている。だって、仕方がありませんか。1人心細いクラマの森で、彼は私のそばにいてくれた。もう私を守ってくれる人もいない中、彼だけは私を守ってくれたのだ。惹かれない訳がない。
でも彼は遠くないうちに私から離れていく。それが分かっているからこそ、素直になれない自分がいた。
『ハーロックはまだ戻ってきてないの?』
『申し訳ありません。奥様。旦那様はお忙しいようで。』
『そ、う。今日がなんの日か忘れているのね。まぁ彼にとっては覚えていたくもないわよね。私との結婚記念日だなんて。』
結婚1年目の記念日、例え仕事で忙しくてもメッセージを用意することくらいはできたはずだ。それすらなかった。
『そ、そんなことありませんよ。奥様!ただ、旦那様は忙しいだけで。』
『ふふ、気を使ってくれてありがとうね。』
初夜だって、私はそれ用のナイトドレスを用意し、緊張しながら迎えていたのに、結局何をする訳でもなく、ただ隣で寝ていただけだった。それ以降は別室にてお互い寝床につき、誕生日も私の好みなど関係ない無難なものを用意し、記念日にはこれだ。ハーロックの誕生日はというと、例の平民の方と仲良く過ごしているようだし。
家族からは離婚した方がいいと何度もいわれた。それはそうだろう。婿として入った旦那は、自分の家族である私を放ったらかしにして、他の女と楽しそうにしているのだ。私がその家族だったら絶対離婚を勧める。けれど、私は首を縦に振らなかった。惚れた弱みもあるだろうし、結局ハーロックの帰るところはここしかないのだ。いつかは改心して私だけを見てくれるに違いない。そう、夢見ていたのだ。
結局、ハーロックの心が私に向くことは1度もなかったけれど。
別にまだ恨んでいるわけではない。それでも、もう深く関わりたくないのは事実。同じ人に2度裏切られるなんてしたら、私の心はきっと壊れてしまう。
だから、思い出だけを胸に私は彼から離れようと決意したのだ。これ以上深追いする前に。
※※※
「おや、お嬢さん、綺麗だね。どこにいくつもりなんだい?」
「修道院に。確か隣町にあるとお聞きして。」
「あぁ、あるよ。しかし、君みたいな若い美しいお嬢さんが世を捨てるだなんて。何があったんだい?」
「私の男運の悪さは、今世でも直りそうにないので、身も心も清めて来世に期待しようかなと。」
「それは、よっぽどの事情がありそうだね。なんなら、乗せてってやろうか?」
「まぁお優しいですね。ありがとうございます。」
前世も今世も貴族として生まれ、常に守ってくれる人がいることで私は人の悪意や悪巧みに疎いところがあった。少なくとも同じ女性で、私の境遇に同情してくれる人なら信じられると思っていたからだ。
「本当、上玉だな。」
「ごめんね、お嬢さん。許しておくれ。」
クラマの森の次は、誘拐。本当、私は男運だけではなく、人生運も悪いみたい。1度占い師にみてもらったほうがいいというレベルで。
一体前世、前前世でどんな悪いことをやってきたのだろうか。
「エレノア、大丈夫?」
「な、んで。あなたがここに。」
誘拐犯に手と足を縛られ、狭いテントに入れられて早1時間くらいだろうか。入り口からは聞きなれた声が聞こえた。でも、いる訳がないのだ。だって私がここにいることなんて彼に知る由もないから。
「ふふ、言ったじゃん。陰からこっそりついていくならいいでしょって。」
この短期間で何度そのセリフを聞いただろうか。彼はイタズラが成功したかのように微笑んだ。
「全く困ったもんだよね。僕と別れて直ぐに別の人についていくだなんて。」
「そんな。私はただ。」
「ねぇ、どれだけお金を費やしたらそばにいてくれる?」
「え?」
最初は自分の耳を疑った。自分の良いように聞こえているだけかと思ったのだ。だって、あのハーロックなのだから。でも、そんな私の様子を知らず彼は続ける。
「愛人だって囲ってくれて構わない。どんなに値の張るものでも欲しいものは全部買ってあげる。だから、僕から離れていかないで。行かないでよ、エレノア。」
「おい、誰だてめー!」
しまった。ハーロックのことがバレてしまった。5、6人くらいに囲まれているに対し、こちらはハーロック1人。流石に分が悪すぎる。
「ユーディーさん、とりあえず今は逃げ。」
「人が大事な話してるのに、邪魔してんじゃねーよ。」
あ、あらあら。クラマの森でイノシシを倒している時点で強いことは分かってはいたけど、こんな一瞬で終わらすなんて。
「ったく、これだから空気読めないやつは。あー、えっと、ごほん。エレノアは?どう思ってる?」
「話がイマイチ分からないのですが。」
「絶対エレノアに苦労をかけないと誓う。束縛だってしない、だから僕のそばに。」
(もしかして今、私ハーロックからプロポーズ、されているのかしら。え、ハーロックが?!私にプロポーズ!?)
戸惑いを隠せずにいた。