19.リクア公爵夫人side
私には優しい夫もいて、可愛い娘もいて、なにも問題ないはずだった。幸せな家族を手に入れていると。そう思っているのだ。現在も。
ただひとつの種を除けば。その種はその子が大きくなる事でどんどん自分の中の恐怖をも膨らませていった。自分の娘のはずなのに。例え夫と血は繋がってなくとも、私とは繋がっているはずなのに。その子と触れ合うことで、どうしようもない焦燥感と吐き気がしてくるのだ。
エレノア=リクア。リクア家の長女であり、もしかしたら義兄との子かもしれない娘。たった1度の過ちのこと。その可能性は低いというのに、いつまでたってもその可能性が頭をよぎり、あの日のことが浮かびあがってくる
『はなして、離してください。お義兄様。こんなことは、間違って。』
『分かっている、分かっている。けれど、もう止まれないんだ。レイリー。』
あの日のことがあった後でも、夫は優しく私に接してくれた。それだけが救いだった。
「お母様。」
「ごめんね、エレノア。ローズが体調を悪くしているの。お話はまた今度ね。」
エレノアには酷いことをしてきたと思う。ローズにはすることをエレノアにはして来なかった。ローズを甘やかしても、エレノアを甘やかしたことなど記憶にほぼなかった。
「お父様、お母様、こんな事になってしまい、申し訳ありませんでした。お元気で。」
あの日、婚約を破棄された時、エレノアは涙を流しながら私たちに謝っていた。私は、私達は引留めることも、庇うことすらしなかった。
ごめんね、エレノア。なんて薄情な親なのでしょう。もしこれがローズだった場合、私達は必死で庇っていたことでしょう。
「貴方、お願いがあるの。」
「どうした?レイリー。」
「エレノアを、エレノアを探して欲しいの。」
「…君はあの子のことを嫌っているのかと思ってた。」
嫌っている。まぁそう思われても仕方がない。私は知っていたから。私がいる前では気を遣っていたけれど、ローズと同じように接していたことを。自分の娘ではないかもしれないというのに。
「あの日、エレノアの顔を久しぶりに見たような気がするの。おかしいわよね。一緒に住んでいるはずなのに。今まで私がエレノアにしてきたことは、無関係なあの子を傷つけていたでしょう。だから、謝りたいの。謝って、もう一度親子として新しく始めたいの。」
「そうか…心配するな。エレノアは無事だ。頼りになる護衛とともにいる。」
良かった。心からそう思った。