12.ハーロックside
「なんと!もうここまで出来るとは。さすが坊ちゃんですね。」
「そんなに褒められることじゃないよ。これくらい誰だって出来る。」
「本当に残念なことです。次男でなければ、このレクイエム家を立派に引き継いでいただけたのに。なんと勿体ない。」
幼い頃から、1度見たものは1回で完全に覚えることができた。誰かに手本を見せてもらえば、コピーするのは容易かった。そんな俺を周りは天才だと褒めたたえた。でも、俺には何故褒めたたえられるのかが分からなかった。
俺にとっては出来て当然のことだったから。
「この人形め。お前なんかいなければ。とっととでていけ。お前の顔なんか見たくない!」
だからこそ、兄上からは煙たがれていた。自分こそレクイエム家を継ぐもの。なのに、俺という存在が兄上を脅かしてしまっているのだから。
「ごめんなさい、兄上。」
昔はそれこそ、5歳とかそこら辺までは良かった。兄上は俺に笑顔で話しかけてくれて、よく一緒に遊んでくれた。いまとなっては懐かしい思い出だ。
「流石ハーロック様ですわ。本当になんでもお出来になられるですのね。もし宜しければ、私と…」
「申し訳ない。今日は用事があるので失礼させていただく。」
「そうですか。残念ですわ。」
「ではまた。」
女性のことは少し苦手だった。キツい香水の匂いを撒き散らし、なんでもかんでも凄い凄いと褒めたてる。他に話すことと言えば、興味もなんにもない宝石のことや他のご令嬢の陰口。
表には決して出さないが、鬱陶しく感じていた。
そして、その思考のまま大人になった俺には、褒められるという言葉は屈辱感なものにと変わっていた。
「なんでこんな簡単なことができないんだ。」
だからできない他人に対し、強く当たるようになった。
「可哀想ね、あなたって。人の気持ちに対して鈍いんだもの。いくら優秀だとしても、それではこの人に劣るわ。」
だからこそ彼女に惹かれたんだと思う。褒めるでもなく、俺を劣った人間だと言った、俺もちっぽけな人間だということを教えてくれた彼女に。
「ハーロック、あの。」
「申し訳ないが、これから用があって出ないといけない。」
「そう、行ってらっしゃいませ。」
「行ってくる。」
だから、親の言うまま結婚しても、彼女への思いを切れずにいた。だが俺は婿養子だから、正妻とは別に思いを寄せている女性がいることを知られたら、すぐ離縁を申し出られると思っていた。
多額の賠償金を求められ、貴族界から干される。もしそうなったら俺は、ようやく彼女だけのものになれるのだ。
生活に最初は困るかもしれないが、まぁなんとかなるだろう。そう楽天的に考えていた。
「ハーロック君、君のことは娘から聞いていたよ。娘のこと、愛してくれてありがとう。君と結婚できて、娘もそれはそれは喜んでいたから。」
「え?彼女が、そう、仰っていたのですか。」
「あぁ。とても楽しげに君とどこどこにいったとか話してくれたよ。」
妻の葬式の日、久しぶりにあった妻の父、つまり前侯爵から思いもよらぬことを聞いた。まさか、妻が囲っていた別の男とのことを俺に置き換えて話していたのかと思えば、よくよく話を聞けば思い至ることがあった。
確か、あれは妻の誕生日だったはず。家臣やメイドに言われ、その日は妻と外食に出かけたのだが、妻の食は進まず、俺の顔をみることなく俯きがちだった。会話もこれといって弾んだ様子はなかったが。
まさか妻が、リシャがそんな風に思っていたとは。
「リシャ。」
その事を知り、もっとリシャのことを知りたくなった。俺が勘違いをしている本当のリシャの気持ちがあるんじゃないかと。
生きていた時は全く興味を持つことがなく、君と過ごす時間を億劫に感じていたのに…今とても君も話したいよ。リシャ。