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第3章 反撃 3-1. テルシウス・マムルーク


貴族派閥がキナ臭い。

それに我が弟が絡んでいるとなると、さらにキナ臭さが増してくる。


ヴィスコンティ公爵の不正を暴こうとして送り込んだ我が盟友は返り討ちに遭い、一方で、公爵の対抗勢力であるブラウンズウィック侯爵は、何とか危機を脱したものの尊い犠牲を出してしまった。

我が友は今頃、アドラ海を航行する船の上だろうか?


法律をも捻じ曲げる、なりふり構わぬ公爵の振る舞いは、国の根幹を揺るがしかねないものだ。

放置されている国王は一体、何をお考えなのだろうか?


父王マニュエルと兄である第一王子コンスタンツは、未だ沈黙を貫いている。

ヴィスコンティ公爵が王の従弟で、かつ、末弟クリストフの後見人だから遠慮しているのか?

何にしても、こままでは王権は地に堕ち、貴族たちの専横がエスカレートしてしまう。


王族としての責務とは何なのか?私は忸怩たる思いに苛まれる。


「 テルシウス様、そう思い詰めないで下さい 」

そう言ってくれるのは、私の右腕であるレミーヌ・サルヴェストロだ。

サルヴェストロも公爵家だが、どこぞの公爵家とは違って私利私欲を貪らず、陰に陽に私を支えてくれる。


彼女の言う通りだ。公務の最中なのだから、今は、そのことは考えないようにしよう。


不意に扉がノックされ、ミレーヌが取り次に出た。

何時も、私の執務室の扉の前に控えている彼女の従者のようだが、何かを託されてきたみたいだ。


「 殿下、フロスト教授からお手紙を預かってきたようです 」

懐かしい名前が出たので少し驚いた。

フロスト教授は、王立グラン・ベルヌ学院に在学している時の恩師だ。

もう、5年以上会ってはいない。


渡された手紙の封蝋を切って中身を確かめると、紙切れが1枚入っているだけのようだ。

しかし、紙切れに書かれた内容を見た瞬間、私は、雷に打たれたような戦慄を覚える。


ナタリーさんの下着の色は紫だった

     卯木月5番日 正午 何時もの場所で待つ


「 殿下、何が書かれているのですか? 」

私の反応が気になったのか、ミレーヌが覗き込んでくる。

「 いや、何でもない! 」

咄嗟に紙切れを握り潰し、上着のポケットに圧し込む。


なんて破廉恥な内容だ!

こんなふざけたものを寄越してくる人物に、一人しか心当たりがない。

私は、書かれた内容に呆れながらも、口端が上がっている自分に気がついていた。


5日後、諸事繰り上げて公務を終わらせた私は、指定の場所に向かっていた。

グラン・ベルヌ学院近くのカフェ・ロクサンヌだ。


学生時代、王族ということで常時護衛がついて、気の休まることのない私が息抜きできるようにと、学友が見つけてきてくれた隠れ家的存在の店だ。

店の奥はパーティションで仕切られた半個室になっており、誰気兼ねなく話をするには最適の場所になっている。私たちはそこで良く、馬鹿話をしていたものだった。


今回の御忍びには、ミレーヌも同行することになる。

国の第二王子が1人でふらふらと出歩く訳にもいかないし、それに、彼奴のことなら、ミレーヌも良く知っている。


「 懐かしいですね、殿下 」

「 此処に来ていた時は未だ、お前は中等科だったか? 」

「 もう高等科に上がってました! 」

ちょっとした失言だが、背中に冷や汗を流れる。

今でこそ私の右腕だが、ミレーヌとは子供の頃からの付き合いで、ずっと妹のようなものだった。

だから、何時まで経っても私の中の彼女は小さいままだ。


店に入ると、ウエイトレスに奥の半個室で待ち合わせをしていると伝えた。

「 お待ち合わせのテオ様ですね。では、ご案内します 」

彼女の案内で目的の場所に向かうと、パーティションの向こうに、かつて見知ったフロスト教授と、深くかぶり物をした2人の人物がいる。


「 お待たせしました。お久しぶりです教授。今日は、昔のようにテオと呼んで頂いて結構ですよ 」

「 ああ、テオ、久しぶりじゃの。なんじゃ、ミレーヌ嬢もいっしょか?皆、お盛んじゃのお 」

「 教授、や、やめて下さい。でん・・・テオさんに失礼です 」

「 そうかあ?お似合いだと思うがの 」


普段、冷静なミレーヌが、顔を真っ赤にして渋面を作っているのを見ただけでも、今日は来た甲斐があったかも知れない。


私とミレーヌは、かぶり物をした2人の対面に座った。

そして、オーダーを取りにきたウエイトレスが席から離れると、向かいの人物に向かって口を開く。

「 お前は、研究室の学友だけじゃなく、同じ部隊で戦った戦友でもある。オルセーからいなくなったと聞いて、どれだけ心配したと思ってるんだ」


隣でミレーヌが、私と向かいの人物を見比べて怪訝な表情をしていたが、漸く思い当たったのか、その表情に驚きが浮かんでいく。

そして、その人物がかぶり物をとった時、在り得ないものをみたような表情をした。

「 オ、オライリー先輩!せ、先輩、ご無事で ・・・・ 」

手で押えた口から漏れるのは、嗚咽を押えた声。

彼女もずっと心配していたから無理もない。


「 ごめんよ、ミレーヌ。心配してくれてありがとう 」

「 オライリー様って愛されているのですね ・・・・ 」

奴の隣に座る人物から、そんな言葉が洩れ聞こえてくる。


「 お前がラプレス島に着いたら、迎えに行こうと思っていたんだぞ 」

「 いや~、以前にあの島に収監されたエンリケ将軍が毒殺されたことを思い出してさあ、送られる前に逃げ出したって訳だよ 」

相変わらず、緊張感のない男だ。だが、戦場で彼の明るさに助けられた仲間がどれだけいたことか。


「 それにしても、オルセーに収監されて一週間も経たずに脱獄するとは驚いたぞ 」

「 あ、うん。時間がなかったんだよ。特に彼女にはね 」


しゃあしゃあと良く回る奴の口ぶりに感心しながら話を聞いていたが、最後の言葉が引っ掛かった。

「 彼女? 」

「 うん、彼女だ 」

奴の隣に一緒にいる人物は、奴を手引きした誰かかと思ったが、そうではないらしい。

彼女と聞いて、最近もう一人、オルセー監獄に関係する人物が私の記憶の中にいるのを思い出した。


もしや、もしやと思いながら、恐るおそる彼の隣に座っている人物に訊いてみる。


「 失礼ですが、ブラウンズウィック侯爵家の御令嬢ですね? 」

その“彼女”は、一呼吸おいて、私の質問に応えてくれた。


「 仰る通りです、テルシウス殿下。もう、ブラウンズウィック侯爵家の者ではありませんが 」


な、なんと!彼女は生きていた!?


しかし、オーリーの奴、彼女を連れて、よく此処までたどり着けたものだ。


「 テオも彼女の事情は知ってるよね? 」

「 ああ、ほとぼりが冷めたら、ブラウンズウィック侯爵が再審を要求されると思っていたんだが。

まさか、あんな即行で極刑の判決が出るとは思ってもみなかった 」

「 その通りだよ。それで、君に相談があるんだ 」


この男、他人にかまけている場合か?と思うが、このお節介なところが、コイツの善いところでもある。

いずれにせよ、手を貸さざるを得ないだろう。


「 私から再審を要求するということだな? 」

「 その通り 」

「 それで、どうやって彼女の無実を証明する?それに、彼女は本来、生きていてはいけない人間だぞ 」


脱獄のことは関係者の間では暗黙の事実として受け止められているから、生死に就いてはこの際いいとして、彼女の罪状は、セント・グロリアーナ学院の生徒の証言だけで決まったようなものだ。


つまり、証言の撤回を要求せねばならいのだが、拒否されればそれで終わりだ。


「 テオが何を心配しているかは解るよ。だから、こうしよう。

証言の撤回なんてまだるっこしいことはいい。逆に、偽証罪で訴えよう。

ですよね、教授?! 」

この師弟コンビは、また、ややこしいことを言い出したぞ。


「 そうじゃ。エレミエル嬢の裁判の再審を要求すれば、無実の証明責任はエレミエル嬢にある。

そうなると、これまで証言した学院の生徒一人ひとりから再度証言をとり、論破していかねばならん。

しかし、こちらから訴えた場合は逆に、それら生徒が偽証がなかったことを証明せねばならん 」


「 つまり、アレが使えるってことですよね! 」

オラエリーが嬉しそうに言い放つ。


お前、アレとは、つまり、アレか?!





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