第2章 王都への道 2-1. 逃走
明け方の寒さで眼が覚めた。
竈の火はとっくに消えているみたいだ。
昨晩、焚火にあたりながら寝ていたお陰で服は乾いていた。
だが、明け方の寒さで体温が奪われている。
僕は、エレミエルがちゃんと生きているか心配になって、彼女が息をしているか確かめてみた。
幸い、規則正しい寝息が聞こえてくる。
こうしてちゃんと見てみると、とても綺麗な顔だ。
ハッキリとした目鼻立ちに白い肌。
豊かな栗色の髪が波打っている。
牢獄暮らしでやつれ、髪の毛も少しぼさっとなっているけれども、それぐらいでは彼女が本来持つ美しさを隠しきれない。
囚人服から肩が少し剥き出しているから、なんだか艶めかしい。
下には何も着けていないんだろうな、そんな邪なことを思うと、心臓がバクバクした。
いけない。眠る女の子の顔を見て、邪なことを考えるなんて。
自分の置かれている状況をもっと深刻に受け止めるべきだ。
そんな余裕ないだろう?
そう自らを叱咤しながらも、再び視線を彼女の上に注いでしまう。
駄目、目が離せない。
華奢な体だ。
どれだけ監獄につながれていたのかは知らないが、牢獄暮らしに、脱獄してからの逃走、僕できついのに、侯爵令嬢だった彼女は相当に堪えているはず。
出来るなら、今日一日だけでも休息をとってあげたかったが、追手から逃れるには、もう少し先に進まなくてはならない。
なんにしても、先ず、食糧を調達しよう。
幸いにして、軍隊にいたときにサバイバル訓練は受けている。
エレミエルが眠っている間に、僕は、食糧を探すことにする。
チコリの葉やマコモダケなど、火を入れなくとも食べられる植物を集めてまわった。
小一時間ほど森を巡ってねぐらに戻ってくると、エレミエルは既に起きていた。
「 私を残してどこかに行ってしまったのかと思って、心配しましたよ 」
「 ああ、すいません。ちょっと食糧を調達しに 」
不安げな顔をする彼女に、事情を説明する。
「 え?食糧? 」
さすがに彼女も、こんな森の奥で食糧が見つかるとは思ってもみなかったようだ。
そりゃそうだろう。貴族のお嬢様なのだから。
「 さあ、出発する前に、朝御飯にしましょう 」
そう言って、彼女に採ってきた山菜を渡す。
「 これ、全部、食べられるのですか? 」
驚いているけど、食べられますよ。
自分で食べてみて、彼女に手本を示す。
おっかなびっくり口にする彼女だが、何とか食べられてるみたいだ。
昨日までは、脱獄の緊張感で体は動いていた。だが、これまで牢獄の中で、命をつなぐだけの薄いスープしか飲んでなかったので、食べないと体がもたない。
「 これからどうするのですか? 」
珍しいからか、色んな方向からマコモダケを眺めながら、彼女が訊いてくる。
「 とりあえず、かくまってくそうな人の許まで行きます 」
「 かくまってくれそうな人? 」
「 ええ、僕の恩師で、ずっと僕の無罪を訴えてくれていた人ですよ。
本当は、彼に迷惑をかけたくはないんですが、他に、頼れる人もいないので 」
僕たちは、山菜を食べ終わると直ぐに出発した。
オルセー監獄から、ずっと北を目指して歩いてきた。太陽の位置で方角を確認しながらだけれども、木の枝の生える方向や年輪なんかも確認しているので、大きなズレはないと思う。
脱獄してから三、四日は、順調にことを運べていると思っていた。
次にすべきことも、何処に行かねばならないかも、見当はつけ、後は、それを実行するだけだ、そう思っていたのだけれど。
何事も、そんなに上手くはいかないようだ。
疲れが溜まっていたのだろう。エレミエルが倒れてしまった。
しかも、酷い熱だ。
この森の奥底で、彼女が養生できる場所を見つけなければならない ・・・・・・・ 。




