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第1章 脱走 1-2. 悔悟


私はつい最近まで、王立セント・グロリアーナ学院の生徒でした。


セント・グロリアーナ学院は、貴族の子女が集う名門校で、侯爵令嬢であった私は初等科からそこに通っていました。

全寮制であったため、実家に帰るのは夏と冬のひと月間だけで、それ以外は学院が、学業のみならず生活の場ともなっていました。つまり、学院が私の知る世界の全てだったのです。


初等科から学院に在籍していた私は、侯爵令嬢でもあったので、自然と取り巻きの方々に囲まれるようになっていきました。

別に取り巻きなど欲しくはありませんでしたが、それを拒めば却って孤立してしまいます。

集まってくる生徒の魂胆は解っていました。

私を担ぎ上げて、派閥を作るのが目的だったのです。


貴族というものは、社交界で派閥を作り、国政への影響力を拡大することで、既得権益を守ろうとする生き物です。つまりは、創造なき消費豚。

なにも酔狂で、毎晩々々晩餐会をやっている訳ではないのです。

参加すれば派閥の内部政治に話の華が咲き、しなければハブられる、そんなことろでしょうか?

学院で培った派閥の人脈は、さぞかし、あの方々のこれからの人生に富をもたらしてくれるのでしょう。


初等科、中等科までは、クラスメイトも取り巻きの方々も、メンバーはほとんど変わりませんでした。

しかし、高等科になって大きな変化が訪れます。

何故なら、高等科からは男女共学となるからです。


そこで私は、クリストフ・マクルーム殿下とお会いしました。

ただでさえ王族というハイ・スペックの彼は、その甘いマスクと洗練された振る舞いで、あっという間に女子生徒達を魅了してしまいます。

私も魅了された生徒の一人だったのかも知れませんが、殿下と恋人などと云う特別な関係になりたいと考えたこともありませんでした。


しかし、私が多少なりともクリストフ殿下に好意を寄せていると知った取り巻きの方々は、なんとか私を殿下と結びつけようとします。

いえ、私に好意がなくともそうしていたでしょう。

ハッキリ言って迷惑でした。

私が殿下と付き合えば、王族を恋人に持つ首魁が束ねた派閥に成り上がる、そんな彼女たちの目論見が見えみえだったから。


一方で、クリストフ殿下には、気にかかる女生徒がいました。それが、マリエル・アレキサンドラ・リッシュモンド様だったのです。

私の取り巻きの方々は、無論、それを快く思われません。事ある毎に、マリエル様に嫌がらせをしようとしました。

でも、伯爵令嬢である彼女にも派閥があります。


派閥同士の争いはどんどんエスカレートしていき、遂には、マリエル様の殺人未遂という重大事件に発展していったのです。


事の起こりは些細なことでした。

学園祭の出し物の場所取りで、二つの派閥が揉めました。

学園祭の場所取りが殺人未遂事件に発展するのだから、その大仰さには笑ってしまいます。


私の取り巻きの方々とマリエル様の取り巻きの方々が、同じ場所に模擬店を出店しようと登録していたことが、両派閥の争いに拍車を駆けました。

どちらがその場所をとるかで言い争い、終には掴み合いの喧嘩になる始末。

私もマリエル様も、争いを止めるために必死でした。彼女も迷惑だったに違いありません。


考えてみれば、こういった状況を演出するために、クリストフ殿下はマリエル様に好意を示したのかも知れません。

二つの派閥が争うように、それぞれの取り巻きの方々を掌の中で転がしながら。


争いの最中、深刻な問題が発生します。

マリエル様派閥の女生徒の一人が、ナイフをかざして私に突っ込んで来たのです。

しかし、凶刃は私には届かず、代わりにマリエル様を貫きます。


幸い大事には至りませんでしたが、そのことが、私の運命を翻弄することになります。

マリエル様を傷つけた女生徒はなんと、私からマリエル様を刺すように命じられたと証言したのです!


そもそも、その生徒はマリエル様の派閥だったのですから、私が命じること自体、不自然ではありませんか?!


しかし、貴族の子女が通う学院だけあって、親族である貴族が介入してきます。

事件に関係有る無しに関わらず、誰もが好き勝手な解釈を並べ立て、憶測が憶測を呼んでいく事態に。


そして、極めつけが、クリストフ殿下が、マリエル様を刺した女生徒の証言を認めたことでした。


良いのは顔だけで論理的に物事が考えられない馬鹿なのか、あ、失礼、それとも、最初から私を嵌めるのが目的だったのか。

一瞬でも、こんな男に心がときめいたかと思えば、自分が情けなくなります。

階級や顔で男子を判断してはならないと、この時、痛烈に理解させられました。


いま思えば、最初から、貴族の権力抗争に巻き込まれていたのでしょう。

刺した生徒の狙いは端からマリエル様で、私に殺人教唆の罪を着せることで、ブラウンズウィック侯爵家の力を削ぐのが目的だったに違いありません。

例え侯爵であっても、その家から罪人が出れば貴族社会でのステータスはがた落ちなのですから。


刺した生徒が、セント・グロリアーナ学院の生徒だったかどうかも怪しいものです。


一方で、王族のクリストフ殿下が犯人の証言を支持したことは、私の取り巻きの方々達にも少なからず衝撃を与えました。

彼女たちは、それまでのマリエル様への嫌がらせも、私の指示で仕方なくやったのだと証言し始めました。

貧すれば鈍するとは良く言ったものです。

自らの派閥の力がなくなったと知るや、自分たちの罪を私になすりつけるために嘘を並び立てるとは。


そうやって、エレミエル・アウグスタ・ブラウンズウィックという悪役令嬢が出来上がりました。


そして、私を最も傷つけたのは、侯爵家が私を見捨てたということでしょう。

お父様は、貴族社会に於ける侯爵家の地位を護るために、苦渋の決断を迫られたに違いありません。

それでも、私に一言あっても良かったのではないでしょうか?!


孤立無援で法廷に立たされ、そして、どういう訳か、私に極刑が言い渡されました。

嘘の証言は仕組まれていたものだし、あの風見鶏な方々たちは仕方ないとして、殺人教唆で死刑とはどういうことでしょう?!

しかも、未遂じゃありませんか!?

証言の真偽も、何も審議されなかったし。


つまり、私は、この度の貴族間の権力抗争の生贄に捧げられるよう定められていたのです。

端から結果が判っている出来レース。

うがった見方をすれば、学院の関係者全員が、ブラウンズウィック侯爵家を陥れるために何かの役回りをしていたとも受け取れます。

この国の貴族達は悪魔崇拝者なのでしょうか?!


私が主導権を握り、取り巻きの方々を制御できていれば、こんなことにはならなかったのかも知れません。

私は、人から後ろ指をさされるようなことは何もしていない。周りの方々が狂ったように騒ぎ立て、そして、私の罪をでっち上げただけのことです。


もし、私に非があるとすれば、それは侯爵家に生まれたということでしょうか?





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