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第4章 逆転の法則 4-3. スパイ


漸く私は、本来、自分が立つべき場所にたどり着きました。


エレミエル様と手を携えて歩いていける場所に。


ですが、その場所で安穏とたたずんでいるだけはいけません。

そこを護っていかないと。


私、マリエル・アレキサンドラ・リッシュモンド伯爵令嬢は、ルクレジア様のサロンで、クリストフ殿下がヴィスコンティ公爵の悪事に加担したという証拠を見つけ出さなくてはならないのです。



テルシウス殿下は、公爵がクリストフ殿下からの支持を取り付けた書面を証拠として握っていると仰っていましたが、こういった密約に使われる書面は得てして、普通の書面ではありません。


おそらく、魔法でプロテクションがかかっているのではないでしょうか?


今日は、ルクレジア様のサロンに顔を出すため、ヴィスコンティ公爵家を訪問しました。


目的は勿論、証拠の確保。



スパイになったようでドキドキしてますが、やっていることは、そのままスパイです。

ビクつくなど言ってられません。



ヴィスコンティ公爵家の御屋敷は、それは、それは大きな御屋敷です。


貴族の御屋敷が大きいのは滞在される御客様が多いからなのですが、公爵家は御客様のために100室以上の部屋を用意されているでしょうか?


さすがは、王の従弟様ですね。



大広間には、既に、20人からの貴族令嬢が集まっていらっしゃいます。


「 あら、マリエル様。ごきげんよう 」


「 ごきげんよう。今日は遅くていらっしゃいますのね 」


「 ごきげんよう。あら、そうかしら。何時も通りですわ 」


皆さん、未だお茶会の時間にもなっていないというのに、自分をアピールするために、我先にとルクレジア様の許に駆け付けていらっしゃいます。


この方たちは、ルクレジア様の婚約者であるクリストフ殿下が次期国王になるなんて、今は思ってもいないんでしょうが、さすがに、その辺の嗅覚は鋭いようです。


“長い物には巻かれろ”を実践されている方々は、“長い物”の臭いに敏感なんですわね?


「 ルクレジア様、ごきげんよう 」


私は、彼女の隣のソファに腰を下ろし、挨拶します。


なんだかんだ言っても、私はルクレジア様の側近という立場なのですから、指定席はいつも彼女の隣です。


それは、ブラウンズウィック侯爵を貶めるためにエレミエル様を罠に嵌める片棒を担いだ報酬だから ・・・・・・。

でも、その立場を利用して、今度はクリストフ殿下の証拠を確保してみせますわ。


「 もうお聞きになっていらっしゃると思いますが、エレミエル様の罪が無効になりましたそうですのよ 」


今頃、黴の生えたような話をしているのは、私が入って来た時に嫌味を言っていた、クリスティーナ・ワインバーガー様。


私が、ルクレジア様の隣にいるのが、よほど気に入らないのでしょう。

大丈夫です。用が済んだら、この席は貴女に譲ってさしあげますから。


「 残念ですわねえ。罪が無効になっても、当の本人が既にいらっしゃらないのではね 」


私は、何食わぬ顔で、クリスティーナ様の嫌味を躱してさし上げます。


要点は、エレミエル様を貶めたことではなく、ブランズウィック公爵を攻撃する糸口を作ったということ。

そして結局、侯爵は攻撃する隙を与えなかった。


私は、やるべき勤めを果したことになっています。不本意ながら。

今更、何が起ころうとも、文句を言われる筋合いはありません。



「 え?えっ、ええ、ほ、ほんとうに ・・・・・ 」


あら、切り返されるとは思われなかったのでしょうか?

瞳を虚空に泳がせて、どこから声を出されているのでしょう?


そんな馬鹿面を曝していては、ルクレジア様に嫌われてしまいますわよ。


私の隣に座る公爵令嬢は、何を考えているかは解りませんが、ハッキリとしているのは馬鹿が嫌いだということ。

慎重に言葉を選びませんと、意味を成さない発言のための発言は命取りですわ。


そう、慎重に言葉を選んで、この方がどこまで知っているのか確かめなければ。


「 お父上であらせられる、ヴィスコンティ公爵閣下が後見されるのであれば、クリストフ殿下が近い将来、国政を担われる日が来るのでしょうね 」


私は、誰にとなく、そんな独り言を言ってみます。


「 マリエル様、この場所で殿方のお話はなさらないで 」


声の主はルクレジア様。私にやんわりと釘を刺したということは、やはり、何か知ってらっしゃるのでしょう。

そして私は、彼女の視線の先にある物に眼をやりました。


一角獣と獅子が向き合う、王家の紋章を刺繍したタペストリー。

近い将来、王家の一員となるご自分に想いを馳せていらっしゃるのでしょうか?


いえ、ちょっと待って下さい。


ルクレジア様は一人娘のはずです。

クリストフ殿下がヴィスコンティ公爵家に降婿されてくると考える方が自然なのでは?


たかが、タペストリーを眺めていらっしゃる様子に、考え過ぎでしょうか?


「 あのタペストリーはクリストフ殿下が? 」


「 ええ、そうですの。私たちの婚約が決まった際に頂いたものです 」


「 ルクレジア様、お幸せそうですわね 」


「 ええ、ありがとう。マリエル様 」


ああ、この短い会話で何故、こんなに疲れるのでしょうか!?

それは、この短い会話の中に考えねばならないことが、たくさん詰まっているから。


タペストリーに施されている刺繍は王家の象徴、それを満足気に眺めるルクレジア様が、クリストフ殿下から下賜されたものだからと云う理由だけで満足されているとは思えません。


クリストフ殿下がヴィスコンティ公爵家に降婿されてくるなら、王家の象徴は、むしろ、不満の対象でしかないのでは?


殿下との婚約で王家に一歩近づいたのに、結局は王族にはなれない、そんな不満の。

それとも、あのタペストリーには何かがあるのでしょうか?


私は、クリスティーナ様に声をかけました。


「 クリスティーナ様、席を代わって頂けませんか?私、お花を摘みにいって参りますので 」

つまり、トイレに立ちたいと言っているのですが、彼女が嬉々として代わって下さったのは言うまでもないこと。


洗面所に入って、個室に鍵をかけると、私は、ポーチから或る物を取り出します。


リッシュモン伯爵家に代々伝わる、隠し文字を見る魔道具。


貴族の家には、隠し文字や隠し紋章を浮き出させたり、見ることができる魔道具が必ずあります。

契約書や遺言状などの偽造を防ぐために、普段見えない文字や模様を仕込んでおくからです。


リッシュモン伯爵家に伝わるものは、片眼鏡型で、魔法を付与して書かれた、普通には眼に見えない文字や模様を見るためのもの。


さあ、それを手に握り締め、サロンに戻りましょう。


クリスティーナ様は、戻って来た私に眼を向けるも、代ろうとはしません。


ルクレジア様を独占したくて必死。

そうそう、そうやって、ルクレジア様の迷惑そうにしているお顔を釘付けにしておいて下さいませ。


私は、手持無沙汰を装いながら、タペストリーに近づいていきます。


早く済ませないと、他の令嬢たちが私を放っておいてくれませんし。



感動して見つめているように、両の手で頬を押えながらタペストリーを眺めます。

そして、眼をかくすように両手を頭まで上げると、片眼鏡を通してタペストリーを視ます。


・・・・・・ やはり、ありました。


『 これは、ヴィスコンティ公爵家と共に王権を打ち立てる証である。クリストフ・マムルークとヴィスコンティ・マムルークは、此処に、新たな時代を宣言する 』


タペストリーの最も下の空白に、物々しい文章が並んでいます。


でも、このタペストリー、どうやって証拠品として押収すればいいでしょう?


盗むにしても奪うにしても、直ぐに見つかってしまうでしょう、これは?



早々に皆さまの許に帰って、作戦を考えないと!





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