第3章 反撃 3-4. 作戦会議
ロザンナ・クルスの恩赦は、リッシュモン伯爵令嬢が彼女の罪を取り消すかどうかだけとなった。
様々な政治的駆け引きがあった挙句、実際に被害にあったのは彼女なのだから。
リッシュモン伯爵令嬢マリエルが彼女を赦すとさえ言えば、ロザンナは晴れて釈放だ。
この世界では、貴族が勝手に法律を解釈して運用しているから、マリエルがそれで良いのなら刑事訴追もないみたいだし。
こんなので、良いのかとも思うけど、今のところは善しとしておこう。
裁判所を後に僕たちは、テオこと、テルシウス殿下の執務室に戻り、今後の作戦を練っている最中だった。
メンバーは、テルシウス殿下とフロスト教授、エレミエルにミレーヌ、そして僕。
「 さて、これで、ヴィスコンティ公爵の悪事の一端が白日の下に晒された訳だ。
しかし、ロザンナの証言だけでは公爵を追い詰めるのは無理だと思う。
シラを切られたらお終りだからね 」
僕は、現状を掻い摘んで皆に説明する。
「 お前が掴んだ証拠があるんじゃないのか?納税簿記に不自然なところを見つけたんだろ?
二重帳簿の疑いがあるって言っていたじゃないか? 」
テオの指摘は正しいのだが、脱税の証拠そのものを突きつけなくては、帳簿の不備だけでは記載のミスだと言い逃れされてしまう。
「 そんな簡単な相手じゃないと思うな。王族の次に偉い公爵様だよ。
証拠を携えて出ていっても、それが確実に公爵を追い詰められるものでなければ、王族侮辱罪だとか違う理由で訴追の邪魔をされる。
もっと、明白な証拠を見つけなければ 」
皆は一様に、腕組みをして考え込んでしまう。
「 公爵は、人としては下品極まりないが、それなりに頭の切れる人物だ。それに、出たとこ勝負にも強い。
僕も以前、牽制の積りで彼と会ったのだけれど、殺人未遂で騒がれるとは思ってもみなかった。
あの時は本当に参った、なりふり構わないんだから 」
「 それより、公爵閣下がお金を必要とする理由って何なんなんでしょう?
そりゃ、公爵だから付き合いも多いでしょうけど、そもそも付き合いは自分の立場を良くするとか、護るとかの理由があってのことでしょう? 」
ミレーヌが、なかなか鋭いところを突いてくる。
そうだ、脱税ばかりに気を取られていたが、脱税で得た余剰資金の使い道からも何かが解るかも知れない。
「 公爵って、王族の次に権力があるじゃないか。これ以上は望めない地位だ。
その公爵が望むとしたら ・・・・・ 」
テオが、核心に迫るようなことを言い始めた。でも ・・・・・・。
「 まあ、脱税して得た資金の流れは、証拠を集めていけば追々解るだろう 」
とりあえず、未だ結論を出せる段階ではないので、資金の使用に就いては此処では議論しないことにする。
突然、扉がノックされ、入室を許可された取次が入ってきて、テオに耳打ちした。
「 ああ、判った。お通ししろ 」
いったい誰が来たのだろうか?公爵の弾劾を議論する危険いっぱいの席に招き入れるなんて?
皆が見守る中、入室してきたのは40絡みの紳士だった。
栗色の髪をオールバックに流し、口髭が精悍な顔を飾っている。
一目で上質と判るスーツで身を包み、テルシウス殿下の執務室に招き入れられたことを除いても、その人物がそれなりの地位にいる人物だと解ろうというものだ。
「 お父様! 」
エレミエルが小さく叫ぶ。
そうか!この人が、ブラウンズウィック侯爵なのか!?
彼女は、侯爵の許に駆け寄っていくが、どうしたことか、途中で立ち止まってしまう。
そして、侯爵に向かって、深々と頭を下げた。
「 侯爵閣下、申し訳ありません。危うく家名に泥をぬるところでした 」
彼女の言葉に、侯爵の顔が引きつる。
「 エレミエル。頭を上げてくれ、謝らなくてはならないのは私だ。侯爵家を護るためとは云え、娘のお前を見殺しにしてしまった。
私の方こそ、父と呼んでもらう資格はない 」
裁判で庇いもせず、罪が決まった途端、エレミエルを絶縁してしまった人物なので、どんな冷徹な人間かと思っていたが、侯爵は至ってまともな人のように見える。
「 そんなことはありません。
私は、これまで漠然と生きてきました。だから、あのような罠にすら気づきませんでした。
お父様は、侯爵家当主として当然のことをなさった迄です 」
王都に還ってくるまで、ブランズウィックの姓を名乗ることすら唾棄していた彼女が、貴族としての父親の生き様に共感している。
陥れられ、貴族社会が魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿であると思い知らされたと同時に、ロザンナ・クロスの様に、強い力に押さえつけられてもなお、家族を護るために必死で抗う人もいると知ら示めらされたからだろう。
「 ああ、エレミエル。お前は、ブラウンズウィック侯爵家を背負って立てるだけの人物に成長したんだね 」
侯爵が、エレミエルを優しく抱きとめる。
「 エレミエル嬢、君に断りもなく申し訳ないが、私の方から侯爵に連絡させてもらった 」
テルシウス殿下は、今ここに、侯爵がいる理由を説明した。
「 とんでもありません、陛下。これまでの事も併せ、なんと御礼を申し上げていいか 」
そして侯爵は、僕の方を向いて頭を下げた。
「 オライリー・タブナート君だね。娘が大変世話になった。
君にも、返しきれない借りができてしまったようだ 」
「 いえ、無実の娘さんを助けるのは、当然のことです 」
そうだよ。だって彼女を連れて脱獄しようと計画した時には、僕は未だ、彼女の正体をしらなかったのだから。
「 エレミエル、お前がどうやって王都までたどり着いたのか疑問だったが、あのような騎士が一緒だったとは。
彼と出会えたのは、お前が神に愛されていたからだろう。
ところで、彼も再審を申し立てるのだろう? 」
テオから事前に説明があったのだろう。侯爵は僕の事情も判っているようだ。
「 お父様、タブナート様は、公爵閣下に濡れ衣を着せられて、大変苦しいお立場にあります。
私は、命の恩人である彼を、なんとか救ってさし上げたいのです 」
「 私もできれば、そうしてやりたい。
公爵殺害未遂事件では、納得がいかないことが多かったにも関わらず、証拠不十分のまま判決が出てしまったからね 」
さすがに、公爵の殺害未遂は、世の中を騒がせてみたいだ。
でも、侯爵が証拠不十分で判決が出たことを訝しんでいるくらいだから、この件に疑問を抱く人は他にもいるのだろう。
「 裁判のやり直しを求めるのが筋だが、おそらく、公爵閣下は、再審には首を縦に振らんだろう。
閣下は、彼をひどく怖れていらっしゃるようだ 」
そんなに警戒されていたのか。公爵にあったのは、やはり迂闊だったという他ない。
そこにエレミエルが提案する。
「 ならば、こうしてはどうでしょうか?
公爵閣下は何かと黒い噂の多い方です。その一つが王国に納めるはずの税の着服だと聞きました。
ブラウンズウィック侯爵領は、公爵閣下が管理されている王国直轄領に隣接しているので、領民の往来が頻繁にあります。
王国直轄領に人を遣って、悪事の証拠を見つけられないでようか?
その証拠を見つけ、公爵の罪を隠蔽するためにタブナート様を罠にかけたのだと申し立てれば、公爵に対する別の裁判で、悪事を暴くことができると思います 」
なるほど、エレミエルの再審時の焼き直しで、問題となった栽培を蒸し返すのでなく、全く別に裁判を起こして、その中で前回の裁判の無効を訴える訳か!?
「 お前は、その証拠とやらに何か思い当たることがあるのかね? 」
侯爵は当然のことを彼女に訊いた。
入手できる証拠なんて限られている。手に入るものが有効とは限らない。
「 それは、直轄領の収支ですわ。
お金の流れには入りと出があります。徴税したものを王国に差し出すのが出するならば、入りは各農村が税を払った証明書です。
入りと出のに差額が出るなら、それは何処にいったのか、ということになりませんか? 」
「 なるほど、納税証明か。
だが、そんな大切なもを村の連中は、おいそれと渡してくれんだろう 」
確かに農村は、税を納めた証明を大切に保管する。領主から二重取りされるのを防ぐためだ。
「 お金を支払って借りるのです。
もうすぐ今年の税を納めるという時期に、昨年以前の納税証明は必要ないでしょう。
必要のないものがお金を生んでくれるのだから、村人も喜ぶと思います 」
納税証明書を金を払って借りるだって?それは、なかなか妙案かも知れない。
公爵も、そこまで証拠隠滅の対策は立てていないだろう。
「 なるほど、判った。直ぐに手配させよう 」
ブラウンズウィック侯爵は、娘の提案を快く引き受けてくれる。
これで、次に打つべき手が決まった。




