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第3章 反撃 3-2. エレミエル・アウグスタ・ブランズウィック裁判に於ける、偽証罪の審理


エレミエル・アウグスタの裁判は既に判決が出ており、皆、それが終わったものと思っている。


彼女を冤罪にした、あの、クリストフ殿下でさえ、政経学者であり法学者でもあるナイジェル・フロスト教授からの、“裁判の公平性を確かめるために、証言者に偽証罪の疑いがある裁判は今一度、審理すべきだ”という申し立てに対して、面倒だとしながらも、強く拒否するようなことはしなかった。

もっとも、兄であるテルシウス殿下からも強い要望もあったため、断わるに断れなかったようだ。


「 例え偽証が証明されたところで、エレミエルは還ってこんよ 」

そう、うそぶくクリストフには、エレミエルが生きていないという確信があったのだと思う。


オルセー監獄を脱獄したことぐらいは知っているだろうが、その後、一向に足取りがつかめないのだから、森の中で魔獣に喰われたか、街道で夜盗に襲われたかしたに違いないと思っているのだろう。


それに、ブラウンズウィック侯爵を潰せなかった彼にしてみれば、いまさら、証言者たちが偽証していようといまいと、どちらでもいいことだ。


僕とエレミエルは、変装して傍聴席から裁判を見学することにした。

ニット帽と眼鏡に付け髭で変装した僕と、金髪のウィッグにツバ広帽をかぶり、眼鏡で変装したエレミエルは、少し浮いていたかも知れない。

一応、もしもの時のために、ミレーヌが僕らを随伴してくれている。


「 先輩、上手くいきますかねえ? 」

「 ああ、いくよ。それとミレーヌ、もう少し小さな声で話してくれないか?

変装してるといっても、安心はできないよ 」

「 うすっ、判りました先輩 」

小さな声でお願いすると、囁くように返してくるところが、二人で良く悪巧みをしていた昔を思い出させる。


「 さあ、証言者、今回は被告人だけど、彼女たちが入廷してきたよ 」

そう言ってエレミエルの方を見ると、彼女は真剣な眼差しで法廷を見続けている。


裁判官がジャッジ・ガベル(小槌)を打ち鳴らし、審理が始った。

先ず、裁判官によって、訴状が読み上げられる。


「 先ず、被告人の一人である、ロザンナ・クロスは、マリエル・アレクサンドラ・リッシュモンを傷つけし行為に就いて、エレミエル・アウグスタ・ブラウンズウィックにより脅されてやったと証言している。

原告はその信憑性に不服を唱え、今回、訴えたものである。

次に、エレミエル・アウグスタ・ブランズウィックが、マリエル・アレクサンドラ・リッシュモンに対して殺意があったことの証明として、イザベル・レンブラント、エリザベス・オースティンが、これまでの、マリエル・アレクサンドラ・リッシュモンに対して加えし虐待が、エレミエル・アウグスタ・ブランズウィックから教唆されたものだと証言している。

原告は、これにも不服を唱えている。

よって、本裁判は、3名の証言に嘘偽りがないことを確かめるものである 」


ロザンナ・クロスが被告席に立たされた。

彼女を殺人未遂で収監させてしまったのが、クリストフ殿下の失敗だったね。

もし、彼女が失踪してしまっていたら、手の打ちようがなかった。

まあ、彼女の弱みを握っていて絶対に裏切らないと思っていたからだろうけど、今回の裁判はこちらの主導だからそうはいかない。

嘘を暴く手立ては用意しているのだから。


本来なら、検事が被告の追及のために検事席に座るのだが、この裁判は法的検証の意味合いもあって、普通の刑事訴訟とはちょっと違う。

検事に代わって、教授が検事席に座っているのだ。


「 先ず、ロザンナ・クロスに質問したい。貴女は、エレミエル・アウグスタ・ブランズウィックから、マリエル・アレクサンドラ・リッシュモンを殺害するように命じられたと証言していますが、それに相違ないですか? 」


「 はい、相違ありません 」

短く切った黒髪の少女は、死んだ魚のような瞳で教授からの質問に答える。

生気のないその目は、終わったことなんだろ?ほんと、やめてくれよ、とボヤいているようだ。


審理の方法は幾つかある。

証言が正しいか、嘘偽りないか、集められた情報を元に質疑応答を繰り返し、事実を見極めようとする方法と、もっと簡単に魔道具を使って真偽を確かめる方法だ。


「 それでは、証言の信頼性を精査するために、道具を使わせて頂きます 」

傍聴席から、ざわざわと話声が興る。

法学者の教授が、その知識を駆使して彼女の証言をどの様に論破するのか、楽しみにして来ている傍聴人も多くいるからだろう。

魔道具を使われると、その楽しみが半減してしまう。


まあ、貴方たちは道楽で此処にいるんだろうが、こっちは人の命がかかってるんだ。

楽しみは次回にとっておいて下さい。


「 静粛に!静粛に! 」

裁判官がジャッジ・ガベルを打ち鳴らして静かにするよう命じるまで、雑音はおさまらなかった。

取り分け、クリストフ殿下の顔色が悪い。

やはり、アレに気づいたのだろう。


「 では、『真実の鐘』を使って審理を続けます。

ロザンナ・クロスにもう一度同じ質問をします。先程と同じ様に答えて下さい。

もし、貴女が偽証している場合、ベルが鳴ります。

裁判長、よろしいですな?! 」

「 うむ、真実の鐘の使用を許可する 」

裁判長は、真実の鐘を一瞥すると、その使用を許可した。


真実の鐘とは、前世での嘘発見器のようなもの。

精神系の魔法を付与した魔道具で、嘘に反応して鐘が鳴る仕組みだ。

本来ならエレミエルの最初の裁判でも使われるところだが、意図的に使わなかったに違いない。


クリストフ殿下の顔!男前が焦っている姿って醜悪だね。

「 待て!そんなもの許可できるか! 」

おっと、殿下が立ち上がって何か言ってるよ。


「 クリストフ殿下。殿下はこの裁判では発言権が御座いません。

どうか、お静かに願います 」

裁判長に言われても、クリストフはなかなか座ろうとしない。


教授が、お前なんぞ知ったことか、と言わんばかりに彼を無視して、ロザンナ・クロスに同じ質問を投げかけた。

彼女は、さっきまでの生気のない瞳とは打って変わって、真剣な眼差しで床を睨んでいる。

だが、直ぐには応えられない。

そりゃそうだろう。偽証なんだから。


しかし終に、裁判官から、「 どうしましたか?早く応えなさい! 」と促され、観念したように目をつぶると、先ほどと同じ様に答えた。


その瞬間、真実の鐘が鳴り響く。

途端に傍聴席は大騒ぎだ。

「 静粛に!静粛に! 」

再び、ジャッジ・ガベルを打ち鳴らす音が聞こえ、裁判官が静かにするよう命じる。


続けて行われた、イザベル・レンブラントとエリザベス・オースティンの証言でも、当然のことながら同じことが起こった。

これで、偽証罪が確定だ。


証人台で泣き崩れる二人に、裁判官からの容赦ない質疑が繰り広げられる。

何故、偽証したのか、誰かに頼まれたのか。


彼女たちは、それに対して、或る貴族の名前を言ったが、これは本当のことのようで真実の鐘は鳴らなかった。

その貴族の名前とは、イワン・レゴノドフ。知らない名前だ。

僕の記憶している貴族名鑑に乗っていないのだから、恐らく偽名なのだろう。


ロザンナ・クロスは最後まで黙秘を貫いた。

おそらく、やむにやまれぬ事情を抱えているのだろう。

この裁判が終わったら、テオに言って、そのことを調べてもらおう。


次に、教授から、最も重要なことを宣言してもらう。


「 先程の審理により、偽証罪が成立致しました。彼女たちには、後日、相応の罪が言い渡されるでしょう。

そして、証言が嘘であったことが証明されたため、エレミエル・アウグスタ・ブランズウィックの殺人教唆の罪は取り消されなければなりません。

裁判長、それで宜しいな?! 」


エレミエルの罪を裁いたのが同じ裁判長なら、教授の言い分に異議を申し立てただろう。

しかし、テルシウス殿下は、そんな脇の甘いことはしない。

あらかじめ、他の裁判長と裁判官を用意するよう手を回している。

別に、違法じゃないからね。


「 偽証罪は成立しました。裁判所は、此処に、エレミエル・アウグスタ・ブランズウィックの罪を取り消し、名誉を回復するものとします! 」


喜ぶ顔を見たくて、エレミエルの方に目をやったが、彼女の顔は笑ってはいなかった。

その目はずっと、ロザンナ・クロスを見つめている。


裁判が閉廷されると、クリストフは早々に裁判所を立ち去った。

彼は、ロザンナ・クロスの証言を支持しただけで、裁判そのものには何の権限もないので、これによって彼が裁かれることはない。

だが、相当、バツが悪いだろう。


傍聴人たちは、冤罪で極刑になったはずのエレミエルに同情してか、悲痛な顔をしている者が多い。

彼女が脱獄したことなんて、一般人の誰も知らないのだから。


傍聴人が粗方いなくなると、テオが僕たちの方にやってくるのが見えた。

すると彼の方に向かってエレミエルが駆けていくので、僕らも彼女を追いかける。


彼女は、テオの前まで行くと、彼に懇願した。

「 テルシウス殿下、お願いです。ロザンナ・クロスと面会させて下さい! 」



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