9.ここは何処なんだ問題
「ふぃー食べた食べた!もう食えねぇ」
「…おいしかった」
「あ、そのままで良いですよ。僕が片付けますので」
「悪いわよ。私も手伝うわ」
通算三日目にして、台所や冷蔵庫、ダイニング、ソファといった家具が揃い始めていた。真哉の能力による賜物である。
「にしても、本格的に家っぽくなったなー!なぁ真哉、今度俺の部屋作ってくれよ!」
「良いですよ。どんな雰囲気が良いですか?」
「そうだなぁ。でっけーテレビ欲しい!」
「あんたたち、本当に異世界行く気ないわね」
「あたりめぇよ!」
「僕は綾人くんの気持ちが変わらない以上、半ば諦めてますから」
「…ねぇ。ここ、どこ?」
だだっ広い空間に、ぽつりぽつりと不自然に置かれた家具達。それらを不思議そうに見ながら凛が尋ねる。
「そんなん誰も知らねーよ。ただ日本じゃないのは確かだがなー」
「女神様はここ以外の場所へは行ったことがないのですか?」
「ないわよ」
「ゲーセンとかすんげぇ面白いのにな!勿体ねぇ!」
「ゲーセン?何それ」
「日本にある娯楽施設の一つですね。色んなゲームが置いてある場所のことです」
「へぇ~? あんたみたいな遊び人にはうってつけの場所ってわけね」
「なぁ真哉!今度ゲーセン作ってくれよ!でっけぇクレーンゲームある奴な!」
「ははは。それは追い追いですね」
「にしても広いよなーここ。もしかして地球と同じくらいあったりしてな!」
360度、見渡す限りの地平線。地面と空の境界だけが唯一確認できるだけで、目印となるような建物などは存在しない。
「端まで行ってみたら?戻れなくなっても私は知らないけど」
「…それで、ここはどこ?」
再び凛が尋ねる。
「女神様曰く、転生する場所だそうですよ。言わばここは通過点で、本来はスカイワールドと呼ばれる異世界へ転生されるみたいです」
「異世界…本で読んだこと、ある」
「えぇ。まるでファンタジーですが、夢でないことだけは確かです」
きっと長い夢を見ているだけなのではないか。ここにいる誰もが一度は思ったことだろう。しかし、味覚、痛覚、生理的欲求のそれらが夢でないことを言うまでもなく物語っていた。
「なんで二人は異世界に行かないの?」
「それは…。綾人くんが行きたくないって反対している為ですよ。僕は元々は行きたかったのですが、訳あって残っているって感じです」
「…ふーん」
「そうそう、後が詰まっちゃって困ってんのよ~。誰かさんのせいでね!」
「うるせぇ!お前だってなんだかんだこの生活に慣れてきてんじゃねぇかっ!」
「仕方なくよ!仕方なく一緒に居てあげてんのよ!」
凛は心の奥底で感じ取っていた。感じているだけで言葉にはできない気持ち。この空間があり、この人たちがあり。それらが構成する雰囲気や醸し出す空気を。
「…凛もここにいても良いのかな」
凛のこの言葉は、ただ純粋に彼女の気持ちから出てきた言葉だった。打算などない。純粋な。
「もちろんですよ。凛さんも今日から僕たちの仲間です」
「ま、トイレの件は無かったことにしてあげるわ。なんせ器が広い女神ですから」
少し照れ臭そうにつぶやく女。しかし綾人だけは、思うところがあるようだった。
「あーあ。ゲームしよーっと」
「……うん」
人が人の輪の中に入る。それは常に許容と排除の繰り返しだ。彼女もまた、その勇気を持って一つ壁を壊したのであった。
「で、あなたは誰?」
あ、申し遅れました。私はここでナレーターをしている者です。私はもちろん貴女を歓迎していますよ、子羊さん?
「ふふ…変なの」