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7.夕飯のお時間ですよ


結局、誰一人として転生できないまま、気まずい空気だけが流れていた。


「なんだかお腹空きませんか?」


「あ?」


「いや、ずっと喋っていましたから。違うなら良いんですけど」


「確かに。朝から何も食べてねーな。そういえば」


「なら丁度いいですね。ここらでひとつ休憩しませんか?」


「それもそうだな。俺カレーな」


「激辛カレーですね」


「さらっと仕返ししてくんじゃねーよ。わーったよ、さっきは悪かったな」


「しょうがないですね。中辛くらいにしてあげましょう。僕の方こそ、つい言いすぎてしまったこと、謝るよ」


「で、お前はどうすんだ?」


「……食べる」


「好きな食べ物はありますか?」


「……ぴ」


「ぴ?」


「……ピーマン入ってなければ。なんでもいい」


「子どもかよ! こいつ肉詰めピーマンでいいぜ~真哉」


「」


「はいはい。そうゆうこと言わない」


束の間の夕食タイム。真哉のスキルにより、この場に作り出せないものはないのだ。その意味では3人が一息つく時間も作り出したといえよう。ちなみに私にはアフタヌーンティーを一杯。


……


「なぁ、提案なんだけどよ」


「なによいきなり」


「提案…ですか?」


食事中の綾人が真面目に進言する。いつになく真剣だ。何か毒でも入っていたのかもしれない。


「もう魔王とか転生とかさ、抜きにしてさ、俺らでここに住むってのはどうよ?」


「はぁ?」


「色々と言いたいことはありますが。まあまずは、それに至った理由を聞かせてください」


突然の提案に対し、辺りの反応はいたって正常だ。異常なのはこの空間だけである。


「だからさ、俺は転生なんてしたくない。んでそこの女は友達が欲しい。真哉はよくわかんねーけど、何でも作れるってなら、その猫耳だって作れるんじゃね?」


「要するに、ここで僕たちだけの…楽園を作れば良いってことですか?」


「そーゆうこと」


「あんた馬鹿?」


「馬鹿ってなんだよ!文句あんのかよ!」


「別に、私は友達なんて欲しくないし!」


「じゃあどうしたいんだよ。言ってみろよ」


「どうって。だから魔王を倒すためにたくさん人間を転生するのが私の役目なの。分かる?」


「魔王倒すためって。そんなもんいつまで掛かるか分かんねーじゃん」


「いつまで掛かってもよ!言っとくけどねぇ、こちとらもう何十年もやってんのよ!」


「え、おば…?」


「しね」


「まぁまぁ。彼の言うことも一理あるんじゃないですか?少なくとも僕は可能性の一つとしてアリだと思っています」


「あんたまでどうしちゃったのよ!さっきまで僕に任せてください!なんて言ってたのは何処のどいつよ!」


「いえ、もし彼の言うことが実現可能ならば、という意味でですよ」


「私は嫌よ!魔王に苦しむ人たちを裏切れるわけないじゃない!」


「お前なぁ、魔王倒したらお前も消えるなんてのも勝手な妄想だろ?なんならもう誰かが倒してる可能性だってあるだろ」


「それは…。そうかもだけど…!」


男の発言は、女を惑わす。


「俺だって真実なんてわかんねーよ。ただ、自分のために生きるのが何で悪いんだって話をしてるだけだ」


「そんなの当たり前でしょ!あんたはねぇ、自分勝手すぎるのよ!」


「魔王がいようが、世界が滅びようが、ここにいる俺たちには影響はないんだぜ?」


「少なくとも今は、ですけどね」


真哉の言う通り。それも可能性のうちの一つに過ぎない。


「だとしても、直ぐに結論が出る訳でもねぇんだぜ。ならそれまで悠々自適に生きてもいいんじゃねーか?」


「そんなの、許されるわけ…ないじゃない」


現実から逃げて何が悪い。与えられた役割を拒否して何が悪い。生きているのは誰でもない自分なのだから。男の理論は突飛だが否定できない強さを感じる。


「私は…私はそれでも苦しむ人たちを放って置けないし、見捨てることなんてできない」


「俺と真哉がいた日本って場所はな。超がつくほどの平和ボケした所なんだわ」


男は持っていた箸を置き、姿勢を変える。


「知ってるわよそれくらい。だから日本人は優しいって聞いたわよ」


「毎日毎日、テレビやら新聞やらで世界中の悲惨なニュースを目にするわけよ。お前らこれが現実だ!ってな」


「ええ。つい最近も、テロのニュースが流れていましたね」


「あぁだがな。その爆弾は俺たちの頭上に落ちてきた訳じゃねーんだ」


「…何が言いたい訳?」


「悪い存在を知っていても行動に起こす奴はごく一部なんだよ。俺たちみたいに大半の人間は自分の生活のために生きてる。日本の全員が仕事ほったらかして慈善活動してみろ?普通に考えて不可能だろ」


「そんなの当たり前じゃない」


「だからよ。俺が言いたいのは、魔王をどうこうするってのは、そのスカイワールドっつーとこに住む奴らの問題なわけで、俺らの問題じゃない。俺らはそいつらの為に生きてるわけじゃねぇ」


「だから見て見ぬ振りをしろってわけ?」


「言っとくがな、魔王倒して英雄にでも祀り上げられてみろ?そいつら絶対寄生するぜ?」


「そ、そんなの分かんないじゃない」


「やれ今度はこんな問題が出てきたから対処してくれ。税金を下げろって国王に直談判してくれ。汚い貴族を堕落させてくれだの」


「それは…」


「勇者の仕事ってそんなくだらないもんなんかよ?」


「確かに。僕の場合、猫耳たちが危険な目に遭っているのであれば見過ごせませんが、本来は異世界の彼らの問題なのは事実だとは思いますね」


「だろ? 要は関心があるかないかだけなんだわ。関心のある奴だけ魔王退治でも何でもすりゃいい。他人を巻き込むなってことだ」


「わかったわ」


「お?やっと理解できたか」


「ええ。貴方は血も涙もない、どうしようもなく冷たい人間だということが分かったわ!」


「何とでも言え。俺は魔王退治なんてする気はさらさらない」


それぞれの思想。それぞれの正義。それぞれは決して交わることはないのだ。


「正直、僕にも本当に異世界に行きたいかと聞かれたら…分からなくなってきました」


ここには太陽も月もない。時間の感覚もない。区切りという概念がないこの場所で、結論の二文字はあまりにも霞んでいた。


「ま、お前はお前で考えるんだな。間違っても俺を頼るんじゃねーぞ」


そう言って男は横になる。


「…ベッドでも作りましょうか。あ、もちろん女神様の分もありますからご安心ください」


「誰があんた達なんかと寝るか!私は向こうで…一人で勝手にやるから邪魔だけはしないで頂戴」


腹は膨れた。だが夜は更けない。彼らは腑に落ちない気分を抱えながら休息に入ったのだった。


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