6.物語は進まない その2
「いってぇ!俺のせいかよ!」
「あんたが転生したくないとか言わなければ良かった話じゃない!」
「お前がマニュアル無くしたのが悪いんだろ!」
「あんたは黙って大人しく転生されてればいいの!そんなのも分かんないから無能って言ってんのよ!この無能!」
「うるせー!このやらかし女!」
「無能!ヘタレ!」
子どもの喧嘩のように喚き散らす男女。しかしこの中の誰よりも不満を言いたいのは真哉なのだった。
「えーっと。その。僕は転生できないってことで良いんですか?」
「そうよ!コイツのせいでね!」
「そもそも俺は転生なんてしたくねーんだよ!」
誰に非があるのか。誰が諸悪の根源なのか。論争は続く。
「つまり僕はあれだ。猫耳もようじょも、金髪美女も黒髪清楚にも会えないってこと…ですか?」
「あぁそうだよ!お前は一生!ここで!死ぬまで生きるんだよ!ざまぁねぇぜ!」
ゲームを貸してくれた恩人への態度とは到底思えない程、男は真哉に現実を突きつける。
「貸した覚えは全くないんですが…まぁゲームなんてものはどうでも良いんですよ。だが猫耳だけは許せません!断固として!」
「お?やるか?」
「えぇ、貴方だけは絶対に許しません!」
まさに喧嘩の即売会。真夏の青春。
「あんた達の青春とかどうだっていいのよ。いいからさっさと仲良く転生してくんない? 暑苦しくて日焼けしそうだわ」
「元はと言えばお前が勝手にこんな変な場所に呼んだんだろ!つかここ何処だよ!」
今まで誰もが気になっていた疑問を改めて提起する男。今更すぎる。
「ここはあれよ。ほら…あー、転生するところよ!」
「お前も知らねぇんじゃねーか!」
「ここが何処かなんて最早どうでも良いんですよ。なぜなら転生さえすればこんな場所二度と来ることはないんですから。だから綾人、貴方だけは決して許しません!」
「いや大事だろ! 実は日本のどっかってオチかもしれないだろ!」
「「それはない」」
それは、ない。
「クソッタレがっ!」
「問題はなんでこの男が転生しないかってことよ!」
「ちげーよ!ここが何処だって問題だろ!つか何だよ転生する場所って!頭悪すぎだろ! 転生くらい便所でもできるだろ!」
「はぁ!?あんた馬鹿!? 何で私がトイレなんかで転生させなきゃいけないのよ!」
議論は宙を舞う。誰もが己の正しさを信じて止まないのだ。業が深い。
「あんたは黙ってて!話がややこしくなる!」
「お前が黙ってろよ!この無能女!」
「女神様を悪く言うな!悪いのは全て貴方だ綾人! なぜ転生しないのですか!?」
「ゲームしたいからに決まってんだろ!何回言わせんだっつの!」
「ゲームならスカイワールドでもできでしょう!?」
「……いや、それは」
「真哉くん、違うわ。コイツはただ引きこもりたいだけなの。転生なんてしたら自分の力で生活しないといけなくなるから逃げてんのよ。だから屑なの」
そう。男にとって場所というのはそれほど大きな問題ではない。そこで何をするかが問題なのだ。
「ち、ちげーよ!俺は意味不明なことに巻き込まれてるこの現状がイラつくんだよ!」
「説明ならさっき最初にしたじゃない!馬鹿なの!?」
「だから納得できねーつってんだよ!」
「あーもう埒が明かないわね! いいわよずっと一人で引きこもってなさいよ!あんたなんか孤独死がお似合いよ!」
「ああ!お望み通りそうしてやるよ!ケッ!」
「待ってくれ、それでは僕が転生できない。それは困ります。別の方法を考えてください」
あらぬ方向へと話が展開するのを修正しようとするのは真哉。彼にとっては猫耳が最重要なのだ。
「あんたのことなんて知らないわよ!勝手に一人で考えてれば?」
「女神様考えてみてください!僕は必ず魔王を倒せる実力がある!それは貴女から授かったこのスキルがすでに証明しているでしょうに!」
「はっ、良く言うわ!知ってるわよあんた。どうせ魔王なんてどうでも良いんでしょ」
「そ、そんなことは…。世界を守ること。それがここにいる全員の共通の目的でしょう?」
「違うわね。魔王を倒してしまったら日本に戻らないといけない可能性がある。つまり、やましいことができなくなる選択をあんたがする筈ない!この変態!」
「へ、変な言いがかりはやめてください!僕は純粋無垢な少女を見守りたいという、決してやましい考えなんてしていませんよ!」
「へ~そうかしら?どぉうせ、その変態スキルで幼気な女の子を好き勝手するんでしょ!」
ここにも図星を抱えた若者が一人。己の正義に悩みを抱いていた。
「図星ではない!…決して!」
「あんたたち、とんだ屑ね。こんななら転生させない方がまだマシだわ!」
床に唾を吐き捨てる女。しかし彼女もまた等しく、運命からは逃れられない。
「お前はどうなんだよ!この無能女!」
「わたし?私に何か言いたいのかしら?あ?」
「知ってるぜ?お前。ずっと一人でここに居るもんなぁ。イキがってるフリして、本当は寂しいんだろ?なぁ」
「は、はぁ!?なに言っちゃってくれてんのかしら!? どこに証拠があるってんのよ!」
そしてここにも図星をクリーンヒットされた女がいた。なんなんだよもう。
「分かるぜお前の気持ち。転生して見送った後は一人だもんな。送ってった奴らはきっと楽しいことしてんだろうなって、枕濡らしてんだろーよ?」
「な、何が分かるってんのよ!あんたなんかに!あんたなんかにいいい!!!」
容赦ない言葉が女の心臓を射抜く。男はとんだサディストだったのだ。
「やめよう綾人。彼女泣いてるよ」
「はっ!これに懲りたら二度と転生なんてすんじゃねーぞ!けっ!」
「うぅ…! ひっぐ…おまえ、なんて……しねぇ…しんじゃえぇ」
最初に泣かしたのは、あー、綾人くんですね。はい。向こうで一人反省してください。