21.死神は語る
「言わなきゃいけないことって…?」
「凛、みんなに隠してた。だから謝ら…なきゃ…いけない、のに…ぃ」
言葉は段々と上ずり、声にならない声を懸命に振り絞る。
「みんあに…ごめっ、なさぃい…っひっぅ!」
突然涙を流し始めた凛をそっと抱き寄せる女。
「凛ちゃんは悪くないよ…? 大丈夫だから、ね?」
暫くの間、小さな嗚咽だけが耳に突き刺さる。
だが、誰しもそれを止めようとはしなかった。
彼女はずっと、ずっと我慢していたのだ。
誰にも語らず。誰にも打ち明けず。ただ一人、その小さな胸で抱えていたのだ。
女はその小さな心を護るように背中をさする。
男は横を向き、真哉はただその光景をじっと見つめていた。
「凛ちゃんのスキル。『リーパー』って言うの」
ゆっくりと背中をさすりながら女は話し始めた。
「死神…ですか」
「うん」
「どういう意味なんだ?」
「わからない。でも、良い意味ではないと思う…」
「他にも、狩り手、という意味もありますが」
そこで、ようやく落ち着いた凛が口を開く。
「……数字が、見えるの」
「数字というと、どんな数字ですか?」
その質問に返答するかのように、凛は真哉の頭上を指さし--
「今日は、341。綾人にもある」
「はぁ!?俺もかよ!」
凛に指を刺され、男は思わず後ずさる。
「僕たちには見えないみたいですけど、凛さんにだけ見える数字があるのでしょうか」
「うん。赤っぽい黒い数字が、頭の少し上に見える」
男と真哉は向き合い目を凝らしてみるも、数字らしきものは見えなかった。
「まって、今日はって…今までも見えてたってこと?」
「うん。昨日は、342」
「減ってるわね」
「減ってるな」
「それっていつからなんですか?凛さん」
「凛が最初に見たのは、女神にスキルを貰ったとき。その時は…」
「その時は?」
「365…だった」
凛の言葉に、目を見張る3人。
「それって…」
「ええ…おそらくは」
「カウントダウン…ってやつか」
……
再び沈黙が押し寄せる。
「おまえなぁ!何でそんな大事なっ…」
「まって綾人!今そんなこと話してもどうしようもないことくらい分かってるでしょ!?」
「そうですよ綾人くん。問題はこれからどうするかです」
「ごめんなさいっ!」
地面に擦り付けんばかりに謝ろうとする凛を、女が制止する。
「いいのよ凛ちゃん。話してくれてありがとう…」
「凛もだけど、お前もだぞ女!」
「まあまぁ。女神様も能力の中身までは知らなかったみたいですから…ね?」
「チッ!どうすんだよ…これからよぉ」
これからどうするか。
タイムリミットと思われる状況に陥った以上、無策ではただ死を待つのみである。
「女神は、たぶん…大丈夫」
再び口を開いた凛の言葉は、誰もが予想していないものであった。
「え? それってどうゆうこと?」
「女神は、数字がない。から」
「はぁ!? なんでコイツだけねーんだよ!」
予想通りに叫ぶ男を、真哉がすかさず取り押さえる。
「それはきっと、私が人間じゃないから…。そういうことよね?凛ちゃん」
神妙な面持ちで尋ねる女に対し、
こくり、と頷く凛。
それからまた暫く、沈黙が続いたのであった。
「あ、カップが空になりましたね。い、入れてきましょうか」
「……」
真哉は無言の3人からカップを回収し、キッチンの方へと離れていく。
「はぁ…。こんな状況だってのに、あいつは何で平然としてられんだ?」
「…それが彼の良いところなのよ」
「女神…スキルは、消せたりしないの?」
凛の切実な願いも虚しく、女は首を横に振る。
その反応が男をさらに混乱させる。
「ああああ!! だから嫌なんだよ!! いらねぇ能力押し付けやがってよお!!」
勢い良く蹴り上げたごみ箱が、これまで一番の激しい音を立てて宙を舞う。
「っ!何すんのよ!」
「なんだも何もねぇ! 今すぐ俺を元の世界に戻しやがれ!このクサレ女神!!!」
「だから無理だっていってるでしょ!何度言えば気が済むのよ!」
「お前がそもそも俺を呼んだのが間違いなんだよ!その腐った脳みそで少しは考えろよ!」
「は、はぁ!?言っとくけどね! その気になれば強制的にあんたを転生させることだってできるのよ!?そうしてないだけマシだと思わないわけ!?」
「ならそんなに追い出したきゃさっさとすりゃ良いだろ!あぁ!?」
「ええ良いわよ!あんたなんて魔物に襲われてさっさと死んじゃえば良いんだわ!このクズ!!」
「ふ、二人とも! 一旦落ち着きましょう!」
「止めないで真哉くん! もう分かった。こいつと仲良くなろうとしてた私がバカだったんだわ!」
「はっ!お前と仲良くなんて死んだほうがまだマシだな!」
「……っ!」
「綾人」
「うるせぇ!お前には関係ないだろ!真哉!」
「綾人!!いいからこっち来い!」
真剣になろうとするほど、空周りすることがある。
良くしようとするほど、却って悪くすることがある。
だが、女神の選択は間違っていなかったと、心の底から思いたい。