18.北風と太陽作戦 その2
「使えなくなったってどういうことだよ!」
男は吠える。男にとってゲームができないというのは死活問題である。
「先ほどから作ろうとしてはいるのですが、何故かダメで…」
これまで際限なくスキルを使用してきたツケが回ってきたのだろう。
「じゃあ何だ? これからずっと飯も作れねーってことか!?」
「ドライヤーも?」
「ずっとかは分かりませんが…今の段階では」
「どーすんだよおい! 女!お前が何とかしろよ!」
男はスキルを授けた本人へ矛先を向ける。
「知らないわよ!こんなこと今まで無かったんだから何もできないわよ!」
「はっ!こんな欠陥品押しつけてよくそんなこと言えんなぁ!」
「…面目もございません」
「真哉くんが謝る必要なんてないわ」
「で、これからどうするの?」
本来の目的が曖昧になった空気を感じた凛が話を修正する。
「そこで提案なんだけど」
女は気を見計らったように言う。
「なにか名案でもあるんですか?女神様」
そして真哉が示し合わせたように尋ねる。
「これはマニュアルに書いてあったんだけど…ちょっとこれ、見てくれない?」
そう言って女は皆の前でマニュアルを出し、あるページを見せる。
「なんだこれ? 日本語じゃねえな」
「なんて書いてあるの?」
そう。女が見せたのは、例の手書きの一文であった。
「英語でもないようですし…女神様、何て書いてあるのですか?」
「読むわね…『10000人目の転生者には、天地神明の加護、金銀財宝の富、森羅万象の叡智を授ける』って書いてあるわ」
「はぁ!?なんだそりゃ。うそくせー」
「本当よ! 他のところは読みにくくて分からないけど、本当にそう書いてあるのよ!」
「1万人目ということはその人限定ということでしょうか?」
「つか何人目かなんてわかんねーだろ」
「それがね!聞いて驚きなさい綾人! あなたでちょうど1万人なのよ!ね、これ凄くない!?」
「はぁあああ!? そんなのぜってえウソだろ!」
そう。男は最初の転生者から数えて、丁度一万人目なのである。まさに主人公の器のなせる業である。
「綾人、いいな」
「さすが綾人くんですね。いやはや驚きました」
一同が男を称賛する。
「どう?これなら綾人だって転生しても何不自由なく暮らせるんじゃない?」
「いやいやいや、ぜってーおかしいだろ! そもそもその本に書いてあることが本当かどうかなんて分からねーじゃねぇか!」
「何よ私がウソついてるってゆうわけ!?」
「ああそうだよ! 見え見えのウソついてバレてねぇと思ってんのかよ!」
「本当のことならこんなに嬉しいことはないですよ?綾人くん。僕なら真っ先に猫耳ハーレムを作るところです」
「……真哉、キモイ」
「あ、いえ!それは言葉のあやでして…! 本当は真っ先に魔王を討伐するって言いたかったんですよ!あはは…」
「まぁ変態は置いておいて、綾人。この力があればゲームだってなんだって、転生してからも一日中ダラダラできるんじゃないの?」
「だから待てっつてんだよ!何でそういう流れになってんの!?」
「これは綾人の為に言ってあげてるのよ? それとも、このままゲームができない状態でずっとここにいるわけ? ま、私はどっちでも良いけど~」
男は新たな選択肢を与えられた。ゲームのできない不自由な生活か、それとも賭けに出て一歩前に踏み出すか。
「そんな意味のわからねー賭けをするつもりはねぇ!」
「ま、私にとってはあんたがゲームできなくても知らないんだけどねー」
そう言ってマニュアルをしまう女。
「お前だってドライヤー使えねーじゃねーか!つか問題はそこだろ! これから電化製品が一切使えなくなったらどーすんだよ!」
「知らないわよ、そんなの。私お風呂入らなくても困らないし~」
「女神様…そこは入りましょうよ。髪なら自然乾燥で何とかなると思いますし…」
「え~。凛は困る」
「あんたが転生すればすむ話なんだから、さっさとどっか行きなさいよ!」
「お前が不良品押し付けるから悪ぃんだろ!何とかしろよ! お前も文句言ったほうが良いぞ?真哉」
「僕はまぁ…今となっては何もできないお荷物なので…」
「ねーねー、せめて扇風機ない? 髪、かわかしたい」
「あ、扇風機なら確か向こうにありましたよ、凛さん」
それを聞いてそそくさと髪を乾かしに行く凛。
「どうすんのよ綾人! さっさと決めない!今!はやく!」
「うるせえええなああ!!」
「綾人くん、僕からもお願いします。ここで何もできない以上、残るはスカイワールドへの転生だけですから」
迫られる男。決断の時は今。彼にしかできないのである。
「あああああ”あ”ああ”!!!!」
これまでの男は自堕落であった。なぜなら何も決断せず、全て先送りにしてきたからだ。
変われないのは、変わる決心をしているかどうかである。口ではなく、どう行動するか。
今回、環境の変化という現象が彼の背中を、未知なる先へと押そうとしていた。
「さぁ綾人!転生しなさい!」
「綾人くん!がんばれ!」
周りの人間は応援している。残るは自分の中の葛藤とどう決着をつけるかだけである。
「うぐぐぐ…ああああ”あ”!」
男の中では様々な想い、考えが交錯している。あらゆる可能性。あらゆるメリット。しかし、そのどれも完璧な答えには行きつかない。
「今なら大きな町の近くまで転生させてあげるわよ?! いつもはしない特別なんだからね!」
「そうですよ綾人くん! 後で僕と凛さんも追いかけますから!ね?」
「んんんん”ん”ん”ん”ん!!」
物語は始まる。たった一つの決断が、新たな時代の幕開けとなるのである。
「あああああもう! 転生でもなんでも好きにしろよ!もうどうにでもしやがれえええ!!!!」
「まって!」
男は遂に折れた。が、その後の言葉は誰が予想できただろうか。
「凛…ちゃん?」
そこには凛が立っていた。乾きかけた髪が軽いウェーブを描く。
「り、凛さん? どうしたんですか急に?」
女に続いて真哉も尋ねる。
「転生…しないで」
凛は唇を固く閉じ、振り絞るようにそう告げる。両肩がかすかに震えていた。
「どいうこと?どうして転生しちゃいけないの?」
「そ、そうですよ。何か理由があるんですか?」
「……」
凛は下を向いたまま答えようとしない。
「…っ! おいおいおい!なんなんだよったくよぉ!」
まさに転生しようとしていた本人は尚更のこと、凛の言葉の意味を理解できなかった。
「転生しろって急かすと思ったらよぉ!今度はするなだぁ!? お前ら俺をバカにしてんのかよ!」
「…ひっ!」
本気で怒る男に、凛が後ずさる。
「ちょ、ちょっと綾人! 脅かしてどうすんのよ…凛ちゃんも、どうしちゃったのよ…」
「…」
「よく分かりませんが、凛さんなりの事情があるのでしょう。今日のところは…」
「ちっ! 何なんだよ!ったく」
こうして作戦は失敗に終わったのである。
4人の中に煮え切らないわだかまりを残して。