14.神の言葉
女はマニュアルを読んでいた。
「これ、どんな意味なのかしら…?」
マニュアルの最後のページに書かれていたある一文。他の文章とは違い、その一文だけは誰かの手によって走り書きで書かれている。よほど焦っていたのだろう。ところどころ読みづらい。
「一応、真哉に見てもらおうかしら」
女はソファで本を読む真哉に相談することにしたのであった。
……
「ねぇ、ちょっと良いかしら?」
「どうかされましたか?女神様」
彼は私のことを今でも女神様と呼んでいる。律儀というか、真面目というか。綾人と違ってしっかりしている。
「邪魔して悪いわね。ちょっと気になることがあって」
「いえいえ、これはただの暇つぶしなので」
「何読んでたの?」
「料理の本ですよ。せっかくなので自分で調理したいなと思いまして」
こういうところが真面目だと思う。料理でもなんでもスキルを使えば一瞬で作ることができるのに。
「へぇ~。私料理とかしたことないから、今度手伝ってもいい?」
「ええ、勿論いいですよ。それで気になったというのは…?」
「あ、そうそう。これなのよ。…ここに書いてあることなんだけど」
女はマニュアルに書いてある例の一文を真哉に見せる。
「これは…見たことがない文字ですね。日本語でも英語でもないようですし…僕には読めそうにないですねぇ」
すみません、と謝る真哉。
「そうなの? 私は読めるんだけれど、意味が分からなくて」
「何て書いてあるんですか?」
「えっと。『真なる心。真なる行い。それらが試される。それすなわち…死をも克服する奇跡なり』」
「…なるほど」
「その前後は読みにくくて分からないのだけれど。これどういう意味だと思う?」
「ん~。何かしらの試練があって、それを克服できれば奇跡が起こる…ということでしょうか?」
「試練って?」
「それは僕にも分からないですね」
「死をも、ねぇ…」
女には心当たりが一つだけあった。そう。凛のスキルである。
「綾人くん達にも聞いてみましょうか?」
「いや、いいわ。どうせ聞いたところで分かりっこないだろうし」
綾人はともかく、凛には皆の前では相談できないと思った。
「そうですか。お役に立てずすみません」
「そんなことないわよ。考えてくれてありがとう、真哉くん」
「いえいえ。そういえば、マニュアルには他にどんなことが書いてあるのですか?」
真哉は女に尋ねる。
「転生の儀式の方法とか、ステータスの見方とか…あとは、禁止事項とかね」
「禁止事項とは?」
「人間を殺めてはいけない。スキルの再付与はできないとか。割と当たり前のことよ。転生は順番に行うことっていうのもそこに書いてあったわ。こんな大事なこと書いてあるなんて、もっとちゃんと読んでおけばよかったわ」
「そうですか…」
「どうかした?真哉くん」
「いえ。先ほどの『死の克服』と禁止事項の『人間を殺めてはいけない』というのがどこかで矛盾している気がしまして…」
「確かに。死なないのに、殺してはいけないってことになるわね」
「因みに、禁止事項にある罪を犯した場合、どうなるのでしょうか?」
「そこまでは分からないわ」
真哉を転生させようとした時のように、アラートがなるだけなのか。それでも強行しようとすると何らかの制裁が行われるのか。マニュアルには該当する記述はなかった。
「あんたは何か知らない?」
「…? あぁ、僕ではなくあなたへの質問でしたか」
ナレーターの私にはわかりませんが、一つ言えるとするのであれば、私は何故いるのでしょう?ということですね。
「私?ってあなたのこと?」
「あなたというのは、貴方のことでしょうか?」
「あーーもう!ややこしい!」
我思う。故に我あり。
私の存在自体への問いかけ。その問いかけ自体が、生きる意味なのである。
「何言ってんのかしら、コイツ」
「と、とにかくですね。今はさほど必要のない情報かもしれませんし、その内考える時が来ると思いますよ」
「そうね。頭がこんがらがってきたわ。考えるのって頭使うから嫌いなのよね」
「何か甘いものでも食べてリフレッシュしますか?」
「そうね! 私イチゴパフェがいい!」
「では、皆さんも誘って休憩しましょう」
二人は気分を入れ替える為、リビングへと向かう。
……
人間は考える葦である。
先人たちは人を葦に例えた。
葦は考えない。だが人間は考える。だから人間なのである。
彼らは着実に真なるものへと駒を進めていた。
死神。神の言葉。女神。そして人間…。
考えるのを止めた時。人は人ではなくなる。
女神は役目を終えた時。
…女神ではなくなる。