12.それぞれの心にあるもの
男は悩んでいた。
「あーー!暇だ!暇すぎる!」
ゲーム、テレビ…何でもあるとはいえ、時が経つにつれ、彼でさえある種のフラストレーションを感じていた。
「何か面白いことねーかな」
日本にいた頃の彼は、毎日が退屈だった。周りと同じように進学し、大した志もなく、ただ流されるままに社会へ出されるのを待つだけだった。
友達が居なかったわけではない。ただそれが本来の友達であるかは分からない。
厳しい親でもなく、かと言って過保護でもなく。
うざい先生がいたわけでもなく、不良に走るわけでもなく。
ライバルがいたわけでわなく、熱中できるものに出会ったこともなく。
「…ゲームするか」
ただ、することがないのでゲームをしていたに過ぎないのだ。
必死に生きて何になる? 人はどうせいつかは死ぬ。
人の為に生きて何になる? 結局は自己満足だろ。非合理すぎる。
人生なんて、つまらない。
面白くもねぇ話を聞かされても愛想よく笑う奴。優等生ぶって誰かに認められないと生きていけない奴。自慢しかしない奴。自分のことを面白いと思ってる奴。自分の意見を言いもしないのに文句ばっか言う奴。
……
俺は違う?
俺は奴らとは違う。
本当にそうか?
俺も俺のことを面白いと思ってるし、俺は特別だと思ってるし、俺なんてつまんねー奴だと思ってる。
俺は何なんだ? 俺は誰なんだ?
ゲームはそれを忘れさせてくれる。だからやっている。
「ちっ…何なんだよ!…くそ!」
ゲームには目的がある。役割がある。成功がある。失敗してもやり直せる。
俺の人生には無いものがある。だからやっている。
「あー…やめだやめだ。ゲームとか糞ほどつまんねぇ」
だが彼は、今も、そしてこれからもゲームをするのであった。
……
あくる日の朝。真哉も悩んでいた。
「どうすればいんだ…っ」
彼は皆の世話をする為に生きているわけでは無い。料理洗濯掃除をする為にいるのでは無い。
だが、誰もやろうとしないから嫌々ながらもしているのだ。
そう。彼の悩みは、家事の一切合切を押し付けている皆への不満だったのだ。
「いや、僕が悩んでいるのは、どうすれば猫耳に会えるかだよ」
…そう。彼の悩みは、どうすれば猫耳に会えるかというどうでも良い悩みだったのだ。
「僕にとっては一番の悩みなんだよ…はぁ」
ため息をつき、空を眺める。ここだけ切り取ればロマンチックな光景だが、彼の頭の中は煩悩がひしめき合っている。
彼のスキル「創造」は、あらゆる物体を無から生み出すことのできる能力だが、生身の人間だけは不可能なのである。
「やっぱりスカイワールドに行くしか無いのかなぁ…」
例え転生したとしても、そこに友好的な獣人がいる根拠はない。言って仕舞えば、可愛い獣人がいる根拠もない。
理想の猫耳を自分の力で作り出せない以上。その幻のような奇跡を祈るしかないのである。
「…はぁ。僕はどうするべきなのだろうか」
恐らく誰よりもどうでも良い悩みであろう。だが、彼にとっては世界の救済よりも重要なことなのだ。
「いや、さすがの僕でも困っている人がいたら助けたいと思うよ?そこは綾人くんとは違う」
どちらかと言うと、世界を救った見返りに、猫耳天国を築く口実を作りたいだけである。真哉という男はどこまでも打算的な人間なのだ。
「確かに。結果的には利己的な理想なんだろうね。僕は」
口ではどうとでも否定できる。欲望は常に自分を苦しめるのだ。
綾人のように、自分の気の赴くまま、自由にできたら何と自由なことか。
「自由に…か」
そう。どうせ死ぬのであれば。最期に後悔するくらいであれば。
「ちょっと待って。僕を犯罪者にしたいのかい?君は」
男女4人。一つ空の下。何も起きないことの方が不思議ではないだろうか。正直視聴者は退屈しているのだ!
「悪魔か君は! 僕はそこまで落ちぶれてやいないよ!」
女神は気が強く近づきにくい女であり長寿だ。対して凛は小柄で臆病。まさに理想的ではないか。
「待て待て待て!僕はそんなこと考えていない!冤罪だ!」
凛を視界の端に捉える。彼女はぬいぐるみを抱えて宙を眺めていた。
「だから見てないって!それに彼女が抱えているのはぬいぐるみじゃなくて、抱き枕のはずだよ」
……変態はいつも墓穴を自分で掘る。
「いや、本当に見てないよ!?作ったのは僕だから知ってるって話だよ!?ホントだよ!?」
慌てるあたりが変態のそれである。紳士だった真哉はもはや居ない。
「どこが変態なのさ!あまりにも理不尽すぎやしないかい!?」
世知辛い世の中である。善意のつもりが、周りから見たら犯罪者予備軍に仕立て上げられてしまうのである。
「仕立て上げたのは君だろう!…でもまぁ本当そうだよ。僕がボクっ娘だったら許されるのに、なんて理屈おかしいと思わないかい?」
おかしいのはお前の頭だ。
「ぼくぁね!そんな世の中が生き辛いんだよ!わかるかい?この気持ちが!」
仕方ない。人は誰でも皆、自らが犯罪に巻き込まれるのではないかと恐れているのである。正義のお巡りさんだって絶対安全とは言えないのだ。
だが。
だがここは日本でもなければ、法治国家でもない。どこでもない場所なのだ。
「…だから君は僕はどうしたいんだい!?」
真哉は悩むのであった。
……
凛も一人、悩んでいた。
先ほどから言いようのない不安感に襲われているのである。凛は大好きな抱き枕を手元に引き寄せた。
昨日。女神から恩恵を受け「死神」のスキルを得た後、奇妙なことが起こったのだ。
「…なんなんだろう。あれ」
あれ。とは、数字のことである。
気のせいかもしれない。それこそ夢なのかもしれない。
凛は真哉のいる方向に目を向ける。
「…減ってる」
だが、一度寝て起きても消えないこの事実に、凛はある可能性を考えていた。
とても恐ろしい可能性を。
凛には他の誰にも見えない数字が見えていた。凛だけが見えていた。
【364】という数字。
昨日は【365】。一つ減っている。
その数字は男と真哉の頭上に漂い、血のように赤黒く発光している。
その数字が【0】になった時…。考えるだけでも恐ろしい。
死神のスキルというだけで、何となく予想はつく。
凛は今度は女を見る。
女に変化はない。頭に数字がないのだ。
「女神だから?死なない…から?」
3人全員に数字があれば納得できる。だが、一人だけない。だから凛は考えているし、怖いのだ。
私の頭上にもあるかもしれない。そう思い鏡で自分を見たが数字はなかった。
でも自分のは見えないのかもしれない。
女神のイタズラか何かなのかも。だから私じゃない…?
一度、女神にこのことを相談しようと思った。
けどしなかったのは、彼女を頼るのを躊躇ったからである。
彼女だから、ではない。
自分が無能だということを証明することになるから。それが嫌なのだ。
でも…。数字が数字なだけに、そしてスキルがスキルなだけに、相談しない訳にもいかないのではないか。
「……はぁ」
皆に伝えるべきなのだろうか。
「…やっぱ。話した方がいいよね」
でも、話してしまったら。本当のことを言ったら…嫌われてしまうかもしれない。
「…もう誰にも嫌われたくないよ」
私は皆の中で一番遅くここに来た。やっと皆と少しずつ話せるようになったところなのに…。
彼女は人から嫌われることを極端に恐れていた。
輪から外されてしまうことを何よりも恐れていた。
もうそんな経験はしたくない。
「…怖いよ」
彼女は、彼女自身を守るために、もう少し。もう少しだけ様子を見ることに決めたのであった。